第14話 新しい生き方


 それからも俺はのんびりと異世界生活を楽しんだ。

 不思議なものであれほど死んでいた心も、綺麗な空気の中でゆっくりのんびり過ごすと、こうも回復するなんてな。

 ジャスミンさんからも、


「ショウキチさん、最近顔色がよくなりましたよ?」

「え……? ほんとですか?」


 なんてふうに言われたりもした。

 2か月ほどだらだらと暮らしてみて、どうやらこの金は最低限でしかないことがわかってきた。


「そろそろ金が欲しいな……」


 異世界といっても遊んだり贅沢するには金がいる。

 ちょうどそんなことを思っていた矢先のこと――。



 いつものようにまるねこ食堂で飯を食っていると――。

 ふと、隣に座っていた客が俺に声をかけてきた。

 この前一緒に飲んだ連中の一人だ。

 たしか冒険者の……名前はダンと言ったかな。


「なあショウキチ、お前さんいつもここにいるが、仕事はしてないのか?」


 確かに俺の服装は全然汚れていないし、仕事をしているようには見えないだろう。


「まあ、今のところはな……」

「そうか。それなのに毎日外食とはいい身分だな。もしかして、こう見えてお偉いさんかなにかなのか……? まさか……貴族……!?」

「いやいや……一般人だよ俺は」


 そっか、たしかに俺みたいにブラブラしている奴は珍しいのかもしれないな。

 異世界で不労所得なんてもので暮らしている奴はいないだろうし……。

 だから不思議に思われるのも無理はない。


「そういえばダンは冒険者だっけか?」

「まあな、これでもけっこう強いんだぜ俺は」


 俺もなにか職を探して、余分な金を作りたいところだ。

 ベーシックインカムで生活は保障されているのだから、いろんなことにチャレンジできる。

 日本じゃ新しいことに取り組もうとしても失敗のリスクが付きまとうからな。

 やっぱ異世界といえば、冒険者には憧れるよな。

 ちょうどダンもいることだし、聞いてみよう。


「なあダン。俺も近々冒険者にでもなろうと思うんだけど、いろいろと教えてくれないか?」

「はぁ……? ショウキチ、お前さん戦えるのかよ?」

「あ、そうか……」


 たしかにただのサラリーマンだった俺に戦闘なんてできるはずもないよな。

 ここは異世界だけど、俺にはなんのチート能力もない。

 あるのはただ最低限の金だけだ。


「うーん、じゃあ魔法とかはないのか?」

「魔法……? ショウキチは魔法が使えるのか?」

「そうじゃないけど。使ってみたいなって。それなら、非力な俺でも戦えるだろ?」

「っは……! そういうことならやめておけ」

「なんでだ……?」

「魔法なんてのは貴族様かよっぽどの変わり者しかやらねえもんだ」


 どうやらこの世界では魔法は誰もが使えるようなものではないようだ。

 俺のイメージとは違うな……。


「どういうことだ……?」

「まず魔法は本から学ぶ。だが字を読めるようなのは一部の連中だけだ。それに膨大な時間が必要なのさ。だからよっぽど金と時間に余裕のあるやつじゃないとそもそも習得できないのさ。それこそ、貴族や学者、もしくは世捨て人くらいなもんだ」

「ふぅん……金と時間ねぇ……」


 ダンの話を聞いて、俺はこれだと思った。

 金と時間なら、俺にはいくらでもあるじゃないか……!

 普通の異世界人なら暮らしのために働いて、魔法を勉強するような時間はないのだろう。

 だが、俺はこの世界において貴族のような悠々自適な生活をおくれている。


「よし……! 俺は魔法をきわめてみる……!」

「おいおいショウキチ……俺の話聞いてたか……?」


 俺はその足で魔法の本を買うために、書店へ向かった。

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