第6話 孤児院


「あら……? あなたは……」

「ジャスミンさん……!?」


 なんで俺の家の裏庭にジャスミンさんが……!?

 しかもジャスミンさんは、さっき会った時とは違って修道服に身を包んでいる。

 もともと清楚な私服だったが、シスターさんの恰好をしていると余計に清楚に感じるなぁ。


「えーっと、たしかショウキチさん……でしたよね……?」

「覚えててくれたんですね……!」

「あ、はい……それで、どうしてショウキチさんがここに……?」

「え…………? それはこっちこそ……」


 なんといってもここは俺の家の裏にある井戸なのだ。

 ジャスミンさんがここにいることのほうが、俺からすれば不思議でならない。

 なにか運命めいたものを感じてしまう。


「あの……私、この裏の孤児院で働いているんです」

「え……? 孤児院……?」


 そういえば、道案内をしてくれたときも、ジャスミンさんはそんなことを言っていたっけ。

 だがまさか、たまたま俺の買った家の裏にある孤児院で、彼女が働いているだなんて……。


「ショウキチさんこそ、ここでなにを……?」


 あれ……もしかして俺今不審者扱いされかけてる……!?


「お、俺はここに引っ越してきたんですよ。この家に」

「え……!? こ、この家にですか……!?」


 ジャスミンさんは驚いたような声を上げた。

 心なしか、少しうれしそうな、弾んだ声色に感じられたのは俺の気のせいだろうか。


「ええ、まあ。言ったでしょう? 家を探してるって」

「でも……まさかうちの孤児院の裏の家に越してくるなんて思ってもみませんでしたよ」

「それは俺もです……」

「と、とにかく! これからよろしくお願いしますね。ショウキチさん」

「は、はい……! もちろんですジャスミンさん」


 まさかあの綺麗なジャスミンさんとご近所さんになれるだなんてな……。

 さっきはもう二度と会えないかと思っていたが、これは不思議な縁だ。

 それにしても、孤児院か……。

 こんな平和な街にも、やっぱり孤児がいるんだな。

 俺たちが井戸端会議をしていると――。


「ねーねージャスミン!」


 と、元気な声の子供たちがジャスミンさんを探してやってきた。

 どうやら孤児院の子供たちのようだ。

 みんなあまり服装は綺麗ではないが、それでも子供らしく元気いっぱいといった感じだ。

 ジャスミンさんのことを心から慕っているのが、笑顔からよくわかる。


「はいはい、みんなちょっと待ってってねー」


 子供たちの中心にいるジャスミンさんは、なんだか優しい母親のようだった。

 俺がそうやってなごんでいると。

 一人の子供が俺の顔を指さして言った。


「なあ、あんた! ジャスミンの彼氏かよ……!」

「は、はぁ……!?」


 いきなりなんだこの子供は……!?

 目つきの鋭い、やんちゃなマセガキといった感じの男の子が俺にそんなことを言ってきた。

 すると、ジャスミンさんは顔を真っ赤にして否定した。


「そ、そそそそんなことないから……! しょ、ショウキチさんはただの新しいお隣さんだからぁ!」

「そ、そうですよね……俺なんかただのお隣さん……」

「あ、いや! そういう意味じゃないんです! ショウキチさんは大事なお友達です!」


 ジャスミンさんは子供たちの前で慌てふためき、赤面してパニックになっていた。

 なんだか普段は大人しく清楚な感じだったのに、かわいいな……。意外な一面だ。

 そんなジャスミンさんをさらに追い詰めるように、子供たちはいっせいに煽りだした。


「彼氏ー! 彼氏だー!」

「ジャスミンの好きな人ってことー?」

「うちのパパになるの……? ジャスミンママー!」


 と子供たちの注目が俺に集まる。

 俺も、どうすればいいかわからない。


「こ、こらぁ! みんな中に入りなさぁい!」

「わー!」


 ジャスミンさんがしびれを切らしてそう叫ぶと、子供たちはきゃっきゃと笑いながら孤児院の中に戻っていった。

 なんだったんだ……。

 子供は風の子っていうけど、元気な子たちだ。


「す、すみませんショウキチさん……。その……彼氏だなんて……」

「い、いえ……あはは……。かわいい子たちですね」

「ええ……本当に。大切な子たちなんです」


 ジャスミンさんのその優しそうな瞳に、吸い込まれそうになる。

 最初に知り合った人が、彼女のような人でよかった。


「あの、ショウキチさん……またなにかわからないことがあったら、いつでも頼ってくださいね。私は基本的に孤児院の中にいますので」

「はい、ジャスミンさん。ありがとうございます。俺の方も、いつでも頼ってください。これでも、力だけはそこそこありますから!」

「ありがとうございます。ショウキチさん。それじゃあ、私はこれで……!」


 そう言ってジャスミンさんは孤児院の中に戻って行った。

 ふぅ……。

 これからここで俺の新しい生活が始まるのかぁ……。

 なんだか賑やかになりそうだ。


 すると――。

 ――ぐぅ。


「っと…………」


 一人になったとたん、俺の腹の虫が鳴り出した。

 よくジャスミンさんが去るまで耐えてくれたものだ。

 危うく彼女に聴かれて恥ずかしい思いをするところだった。


「さあて、それじゃあ腹も減ったし、なにか食べにいくかぁ!」


 喉を潤したら次は、食事だ!

 異世界での最初の食事は、いったいどんなものになるんだろうか。



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