第2話 ベーシックインカム
「んん……?」
目が覚めるが、二日酔いで頭が痛む。
俺はゆっくりと体を起こした。
「は…………? ここは…………?」
あたりを見渡すとそこは草原だった。
意味が分からない……。
俺はさっきまで自分の部屋で寝ていたはずなんだが?
「も、もしかしてこれが異世界転生ってやつなのか……!? はは……まさかな……」
自分の身体を見るが、今までの俺となんら変わらない。
佐藤正吉の肉体のままだ。
だけどここは見るからに日本という感じではない。
少なくとも俺の家の近所に、こんなだだっぴろい草原はない。
「あのまま酒を飲んで死んでしまったのか!? 俺は……!?」
だとしたらあまりにも惨め……いや。
どうせもう勝ち目のない人生だったんだ。
死んで異世界転生できるのならそれも本望だろう。
なんて思っていると――。
虚空から声が聞こえてきた。
いや、正確に言うと俺の頭の中で鳴っている音のようだ。
これが新手のASMRというやつか……!?
『否――。佐藤正吉様、あなたはお酒で死んだわけではありません』
とても無機質な感情のこもっていない声で、そう回答が得られた。
ここには俺以外いないはずだし……。
マジでここは異世界なのか……!?
「だ、誰だ……!? というか状況を説明してくれ……!」
『回答します――。まず私はサポートセンターのAI〈カガリ〉と申します。そしてここは【%#$$#”&*‘‘***】です。あなたはベーシックインカムの受け取りに同意されました』
「べ、ベーシックインカム……!?」
そういえば、酔っていてあまり覚えていないが、そんな詐欺広告サイトを閲覧して記憶がある。
ていうか……【%#$$#”&*‘‘***】ってなんだよ!?
明らかに日本語とは思えない発音で言われても、わけがわからない。
『ここは異世界【%#$$#”&*‘‘***】という場所です。そしてあなたがベーシックインカムの受け取り地に選んだのも、ここ【%#$$#”&*‘‘***】です』
「なんか……そうだった気がする……」
俺の家の住所じゃまずいからと、わけのわからない項目を選んだことは覚えている。
だがまさかそれが異世界の地名だったなんて……。
「ていうか……なんて言ってんだそれ!?」
『おっと失礼しました。今翻訳プログラムをインストールしますのでお待ちください』
そういうとサポート音声AIの〈カガリ〉とやらはしばし黙りこくった。
いったいなんだったんだ……!?
と俺は冷静に今の状況を整理しようとする。
「いや……どう考えてもこの状況は謎すぎるだろ……!? 異世界って……」
すると急に俺の頭にチクチクするような痛みが走った。
さっきまでの二日酔いの痛みとは、明らかに質の違うものだ。
「うう……! いてえ!」
まさかこのまま脳の病気で死ぬのでは……!?
そう思ったが、直後、急になにごともなかったかのように痛みが引いた。
「なんだったんだ……?」
『翻訳プログラムのインストールが完了しました』
「は、はぁ……?」
さっきの痛みは俺の脳になにかをインストールしてたってことなのか……!?
人の身体を勝手に……って、そもそもこんなところまで拉致られてるんだから今更か……。
『これでわかりますかね? ここは異世界【キルキュエール】です。佐藤正吉様』
「ああ……言ってることはわかるけど……。聞いたこともない地名だ……」
まあそりゃあそうか、異世界なんだから……。
「それで……ベーシックインカムってなんなんだよ! それで異世界にいきなり連れてこられたとか意味わかんねーよ!」
『ご説明します。まず、我々は【新世界秩序機構】という組織です』
「新世界秩序機構ぉ……?」
なんだそのクッソ胡散臭え名前の組織は……。
そういえば、あの詐欺広告のサイトにもそんな名前が書かれていたような気がする。
絶対関わっちゃダメなタイプの組織名だろこれ……。
『弊社は、世界の秩序を正しき方向へと修正することをモットーに運営されている企業です』
「は、はぁ…………?」
結局どういう会社なのかわからん……。
『弊社では現在、【ベーシックインカム実験】というものをやっております』
「なんか……それもあのサイトに書いてあったような気がするぞ……」
『佐藤正吉様は、そのベーシックインカム実験の被験者に選ばれました!』
「あ、そっかぁ…………」
ダメだ……。話が通じそうにない。
結局、あの詐欺っぽい怪しいサイトに書いてあったことは全部マジだったってことなのか!?
「それで……なんで俺は異世界に連れてこられたんだ?」
『それは佐藤様のご希望通りに、従ったまでです』
確かに、俺はベーシックインカムの受け取り地を【%#$$#”&*‘‘***】という項目に選んだわけだけど……。
まさかそれが異世界の地名【キルキュエール】だなんて微塵も思わなかったぞ……。
「じゃあ、俺はこの異世界に転生させられたってことなのか……?」
『その通りです。我々の持つ特殊技術によって、佐藤正吉様の肉体は異世界に作り替えられました』
「どんなトンデモ技術だよ……」
だが、俺は案外前向きに事をとらえていた。
なにせ、異世界転生なんて俺の一番かなえたかった夢でもあるんだからな。
新世界秩序機構だかなんだかわけのわからない組織の目的は知らないが、とにかくこれは俺にもメリットのある相談だ。
あいつらは俺を使ってなにかの実験を行いたいようだが、俺としては異世界でのんびり暮らせるのならなんでもいい。
「それで……俺はなにをすればいいんだ?」
『なにも』
「は…………? なにも…………?」
『ええ。佐藤様はこの異世界でのんびりと過ごしていただくだけで構いません。それこそが我々のベーシックインカム実験の主題ですので』
「だったらまあ、いいけど……」
「その実験ってのはどういうものなんだ?」
『はい。ベーシックインカムはご存じですよね?』
「最低限の生活を保障する制度だろ? 働かなくてもお金がもらえるっていう……」
『その認識で大丈夫です。要は、それを実際にやってみてデータをとらせていただきたいのです』
「なるほど……」
日本ではベーシックインカムはまだまだ未来のことだと思っていたけど……。
水面下じゃそういう実験も進んでいるということなんだな……。
ということは、新世界秩序機構というのは政府の関係組織かなにかなのだろうか。
「っていうことは……俺は働かなくていいってこと……!?」
『もちろんです。この世界において、佐藤正吉様の生活はすべてこの新世界秩序機構が保証します』
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
そういうことなら、願ったりかなったりだ。
俺はもう働くことに疲れていたし、とにかくあの環境から逃げ出したかった。
そんな俺の夢をこうしてかなえてくれるというのなら、データの提供くらいお安い御用だ。
しかもここは念願の異世界だ。
都会の喧騒や、日本社会のしがらみから抜け出して……。
さらには働かなくてもいいときた。
俺はこれから、なににも縛られずにこの世界を謳歌できる!
『佐藤様にはぜひ、これからこの世界を存分に楽しんで、心の疲れを癒してもらえればと思います』
「ほ、本当にいいのか……!?」
『もちろんです。ベーシックインカムによって人々がどう変化していくか、それを実験することが目的ですから』
「よっしゃあ!」
でも、なんで異世界なんだろうか……?
まあ、それは俺がそこを選んだからなんだろうな……。
あのとき俺が自分の部屋の住所を選んでいれば、俺は日本でこの実験に参加させられていたのかもしれない。
俺としては、いくら働かなくていいといっても、もう現実世界はごめんだった。
それよりも、この異世界での暮らしのほうがやっぱり魅力的だ。
『このプロジェクトは、疲れた現代人の魂を正常に戻すことも目的の一環ですから。存分に異世界暮らしを堪能してくださいね』
「そいつはどうも!」
『毎月はじめに、お金がインベントリに振り込まれますので。最初の月は居住地確保などのもとでのために、多めに振り込まれております。お金の使い道は自由ですが、基本的に最低限の衣食住に足りる程度なので、使い過ぎはご注意くださいね』
「インベントリ……? なんだそれ……?」
『インベントリ・オープンとおっしゃってください』
「…………? インベントリ・オープン! うわ……!」
俺がそう叫ぶと、なんと目の前にゲームのウィンドウのようなものが現れた。
なるほど……異世界らしいじゃないか!
――――――――――――
佐藤正吉 27歳
所持金 1,255,000G
――――――――――――
こうして、俺の
この世界において俺は、なにをしなくてもいい。
それは裏返すと、なにをしてもいい。
これからは何にも疎外されることなく、自分のやりたいことを、やりたいときにするんだ!
俺は今までのすさんだ人生を取り戻すべく、異世界での第一歩を踏み出した――。
「とりあえず……住むところ探すか……」
◆
もし、金と時間に余裕があって、なんにも縛られないで生きられるとしたら――。
あなたは何がしたい――?
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