やさしい女になれるまで

水花火

第1話

重ねていた資料が、桜の花びらと舞った。

彩香は慌てて窓ガラスを閉めに走った。

「コピー用紙切れてるけど、使ってるのだれ」

「あっ、陽子。私よ」

床に落ちた資料を拾っていた彩香が立ち上がった。

「じゃ、わりこみ」

そう言うと陽子は自分のコピーをし始めた。

「ちょっと待って、用紙をセットしてコピーしてくれるとか優しさないわけ」

「私だって急いでるのよ」

陽子は淡々と言った。

「薄情よね。そんなだから、祐也が他の女にうつつをぬかすよ」

コピー機が止まった。

「彩香、今の話なに」

彩香は、つい口を滑らした事を後悔した。

「ん、、ただの噂よ」

「いいから、ちゃんと答えて」

「はっきりは分からないけど、総務にいる新人の川田を知ってるかなあ、その川田と裕也が先週の土曜日二人で居酒屋にいたらしいのよ」

陽子はひきつった顔をし、コピー機から離れ出す。

「ちょっと、陽子待って、仕事関係の集まりかもしれないしさ、噂だから、あくまで」

陽子は咄嗟に考えても、先週の土曜日の出来事を思い出せず、とりあえず資料を抱え課長の元へ向かった。

「失礼します」

「小野寺、そこに置いててくれ」

「はい」

「どうした、具合いでも悪か、顔色悪いぞ」

「いいえ、別に」

「それならいいが、この資料にそった会議があるから、必ず出席するようにな」

「はい」

陽子はまだ、先週の土曜日の出来事を思い出していた。

これといって何も思い出せないまま帰宅し、ソファーに眠っているタキに声をかけた。

「ただいまタキ」

部家へ入ると、祐也と二人で浜辺で撮った写真が目にはいる。

笑顔をむける二人。

真っ白な空に、青い海。

「彩香の話しなんて嘘よ」

陽子はそう思いながらも、次から次と押し寄せてくる不安をどうすることも出来なかった。

「夕飯たべて~」

母さんの声がする。

食卓には陽子の好物の豚カツが、山になっていた。

「すごい量だねぇ」

「そうかい、いつも陽子の食べてる量だよ」

「えっ、そうだった」

陽子は自然と自分の脇腹に手がいった。

「食い過ぎてタキみたいに太るなよ」

ビールを呑みながら父さんがひやかしてきた。

確かにタキは、ひとまわりふっくらしたような気がする。

なぜたが今日は箸がすすまない。

これも、川田の存在のせいなのだろうか。。

「母さん、今日は食べない」

「どうしたの、どこか具合でも悪いかい」

「なんとなく食欲なくて…」

陽子がそう言いながら椅子を立つと

「気ままいわずに、ちゃんと食べろ」

父さんが口を挟んできた。

「いちいちうるさいわよ、食べたくないときもあるでしょ誰だって」

陽子は苛々しながら部屋へ戻ていった。


時刻は夜の八時過ぎ。

裕也は、まだ仕事中かもしれない。

でも、電話をかけて祐也と話す以外、逃道がないような気がした。

「ただいま、電話にでることができません。ピーという発信音の」

陽子は電話を切った。

何時になっても中々連絡はなく、陽子は気を紛らわそうと彩香にメールした。

「遅い時間だけど、今朝のコピーわりこみしたの、ごめん。」

「どうした急に?なんかあったの?祐也の事なら、ただの噂かもだから気にしないでよ」

陽子は彩香に見透かされような気がして不快になった。

「だめだな、なにやっても…」

あれこれ考える事にも疲れ、気分転換にリビングへいるタキの元へ向かった。

タキの隣に寝そべり顔を近づける。

今は誰でもいいから、そばにいてほしかった。

「タキ、少し太ったね」

タキに話しかけながらも気になる携帯。

「タキ、、祐也から電話こなくてさ」

タキに不安な気持ちを話し出すと、ますます携帯が気になり、一度電源を切った。

しばらくして再び電源をいれる。

しかし、裕也からの連絡は入ってなく、やるせない気持ちが最高潮に達し、陽子は携帯を投げつけた。


「陽子起きなさい、風邪引くわよ」

どこからか聞こえる母さんの声。

「携帯、落ちてたわよ」

陽子は一瞬にして昨夜の出来事が思い出された。メールボックスを確認すると、裕也から素っ気ない一文が入っていた。

「こんな返事ってあるかしら」

陽子は無性に腹が立ち、裕也にメールした。

これで少しは裕也が、自分を気にしてくれるのではないかと思った。

その朝は、気持ちを入れ換えようと明るめのシャツを選び、いつもより念入りにメイクをして出社した。

「陽子おはよう、今日のシャツ可愛いいね~」

陽子は彩香にシャツを誉められ嬉しかった。

早く裕也が来ないかと思っていると、祐也が女性と玄関へ向かってくるのが見えた。

彩香が裕也の隣を歩いているのが川田だと耳打ちした。

実物の川田を初めて見ると、自分のメイクがオバサンくさく感じ、陽子は彩香の後ろに隠れるように立った。

裕也は陽子に気付かず話をし続けながら川田の頭をコツンと叩き微笑んだ。

「裕也」

「あっ、陽子おはよ。昨日ごめんな、中々メールするタイミングがなくてさ。接待だったからさ」

「嘘つき!」

「何がだよ」

「聞きたくわいよ、そんな言い訳」

心配そうに見つめる彩香。

「陽子、何を言ってんの、、さっきから」

「彩香、今日の会議は代わりに出て欲しい。やってらんないわ。私早退する。課長には後で連絡するから」

「えっ、急に無理だって」

「誰かに頼めばいいでしょ」

「おい、陽子待てよ。どうしたっていうんだよ一体」

「自分の胸に聞きなさいよ」

陽子は祐也を睨み付けそのまま会社を後にした。


今来たばかりの道を戻りだす。

可愛げに装った全てが滑稽に感じ、恥ずかしさでいっぱいだった。

「ただいまタキ…」

タキはソファーから下りてきた。

陽子はタキが足元にきてくれた事が温かく感じられ、タキを抱きしめ部屋へつれいきベッドで寄り添った。

タキのそばにくっついると、さっきまでの出来事が嘘のように感じ、我に返った。

「裕也、さっきはごめんなさい」

何度もメールをを打ち込んでみても、祐也が川田の頭をコツンと叩いた場面が思い出され、送信できない。

何をどうすればいいのか途方に暮れていると、彩香からメールがきた。

「会議は時間変更で早まったから私でるから。陽子、課長に早退の話をしてなかったでしょ。うまく言っといてあげたからね」

「あっ、そうだった…」

陽子の頭の中は、祐也と川田のことで不安でいっぱいだった。

「タキ…助けて」

陽子は、すがるような思いでタキを抱きしめた。


翌朝、陽子は早く出社し課長の元へ向かった。

仕事だけはしっかりしなくてはと、気持ちを切り替えようと必死だった。

「昨日は連絡もせずご迷惑をかけました。微熱があり眠ってしまっていて」

「あぁ、小島くんから聞いたよ。無理しないで小島くんに任せて少し休みなさい」

「ありがとうございます。」

なんとか気持ちを切り替えて行こうと思ったのに、課長の言い方は、まるで彩香がいればいいようにも聞こえ中々気持ちが上がってくれなかった。

「おはよう。陽子早いね。課長に用事だったの」

背中から聞こえる彩香の声は、ますます陽子の気分を重くしていった。

「ねぇ、陽子、聞いてるの」

「聞こえてるから」

「昨日の会議の件だけどさ」

「今、課長から全て聞いたからさ」

「ありがとうの、ひとことくらいないの?」

恩着せがましく笑う彩香は、本当に鬱陶しかった。

目の前で裕也が待っていた。

「メールの件だけどさ」

「もう、どうでもいいよ」

「なんだよ、その言い方、せっかくこうして待ってたのにさ」

「別に頼んでないわよそんなこと」

「あのさ、少しは大人になれよ」

「何がよ、もうどうでもいいから、裕也が川田と呑みにいこうが、何をしようが、私には関係ないってこと」

陽子の声は震えていた。

「何の話だよ」

「彩香、行こ」

「行こうじゃねーよ。説明しろよ」

「説明するのは私なの、祐也の方でしょ。もううんざりなのよ。こんな毎日」

陽子の目には涙が溢れていた。

「陽子、落ち着いて、、ごめんね、私がいらないことを言ったばかりで…」

「いいのよ彩香。事実なんだろうから」

裕也は呆れた顔をし、その場を去っていった。

陽子は立ち去る裕也が、本当にどこかへいってしまったようで、胸が締め付けられていった。

「ごめんね陽子…わたしの発言のせいで迷惑かけて」

「しつこいわよ。何回も謝らないでよ」

陽子はやり場のない気持ちを彩香にぶつけた。


帰宅した陽子はタキを探した。

ソファーにも、部屋にもタキの姿が見えない。

今日あった辛すぎる出来事を聞いてくれるのは、もうタキしかいないのだった。

その時携帯が鳴り響いた。

祐也だった。

陽子は、中々鳴り止まない電話に迷いながら、出ようと決心した時、電話は切れた。

そして追いかけるようにメールがきた。

「陽子、悪いけど陽子の自己中な性格に付き合いきれない」

何かを返信しなきゃ手遅れになると焦る指先に、言葉は見つからなかった。

「自己中か…」

自然と涙が落ちてきた。

「裕也は私の何をわかってるというの…」

わかってもらえない悔しさと、自己否定された虚さとが入り交じり、陽子は祐也が憎らしかった。

陽子は立ち上がり窓の外を眺めた。

「あっ、タキだ」

陽子はタキを見つけると、すぐに外へ出た。

「タキ待って」

追いかけた先に陽子は立ち尽くした。

タキは、タキと同じ色の二匹の赤ちゃんと、白黒色の一匹の赤ちゃんに乳をあげていたのだ。

「タキ、赤ちゃんを産んだのね」

陽子は撫でてあげようと手を伸ばす。

するとタキは陽子に爪を立てた。

「えっ、なんで、、、」

陽子は手の甲からにじむ血を見て戸惑った。

タキに追い払われるように、家の中に入っていくと、母さんが買い物袋を広げていた。

「母さん、タキが赤ちゃん産んでたよ」

「そうかい、なら陽子、タキには近づかないのよ」

「なんで」

「出産したばかりで気がたっているから、噛まれたら大変よ」

「えっ、家族なのに」

「ばかね、タキは猫でしょ、それより夕飯つくるの手伝ってちょうだい、父さん今日は早いらしいから」

「父さんは帰ってくればどうせ先にビールじゃん、ゆっくりでいいじゃん」

「そうもいかないのよ。いつか陽子も結婚したらわかるわよ。男と女は、暗黙のルールがあるもんなのよ。」

「暗黙のルール?」

陽子は一瞬祐也を考えた。


夕食をすませ部屋へもどっても、タキはいない。

誰かに埋めてほしい穴だけが、どんどん広がっていきそうで怖かった。

くるはずも無くなった裕也からのアドレス。

「寂しい…」

陽子はタキだけでも、以前のようにそばにいてほしい気持ちばかりが高まった。

次の日陽子はペットショップへ向かった。

タキをどうしても側に置きたくて、普段より沢山オヤツを買い込みレジに進む。

「あの箱なんですか」

お譲りしますと書かれた看板が見えた。

「あぁ、赤ちゃん猫を持ってくる人がいるんですよ。」

陽子は、ふと三匹を思い出した。

「あの、、私もお願いしたいんですが、もってきていいですか?」

「後三匹ぐらいなら大丈夫です」

陽子は急いで家に戻り、三匹の赤ちゃんを箱に入れ、ペットショップへ戻った。

家へ帰るとタキの大きな鳴き声が聞こえた。

「陽子、ずいぶんとタキが鳴いてるから庭を見てきてくれないかい」

陽子は原因はすぐに分かったが素知らぬ顔をして見に行った。

「餌も食べに来てないし、庭へ置いてきてちょうだい」

陽子は餌を持ってタキを呼んだ。

タキは陽子を見たが、餌にも寄り付かずうろうろしている。

陽子はしばらくタキの様子を見つめていた。

タキの身体から白い液体がこぼれていて、陽子は驚いて家へ戻り母さんに話した。

「あっそうゆうことか、どおりで鳴いてるわけだ。赤ちゃんが目が開いたからどこかに行ったんだろうね。それで探してるんだよ。

タキもおっぱいを呑んでもらわないと、おっぱいが張って痛いんだよ。お乳が流れ落ちているくらいだからね。」

陽子は初めて聞く話に戸惑った。

「母さん、乳を呑ませないと、タキは死ぬの」

「死にはしないけど、赤ちゃんが急にいなくなったら、人も猫も同じでしょ」

陽子は黙った。

「まずい、なんてことをしてしまったんだろう」

時計の針をチラリと見る。

既に店が閉まっている時刻だったが電話した。

「本日は終了しております。明日9時より開店てなっております」

「あ、、、だめか」

陽子は肩をガックリと落とした。

鳴き止まないタキの鳴き声が胸に刺さり、自分の身勝手さを責めた。

「タキごめんね、ゆるして」

陽子は、赤ちゃん猫がそろって三匹いるのかだけが心配で眠れぬ夜を明かした。

翌朝、陽子は開店前に店の入口に立った。

ドアが開くや否や赤ちゃん猫の元へ走った。

「いない」

陽子は店員さんを探した。

「すみません、昨日三匹の赤ちゃん猫をお願いした者ですが」

十分ほどすると、タキの赤ちゃん三匹を手にした店員さんが笑顔でやって来た。

陽子は心の底からホッとした。

「あの、その三匹、家に連れて帰ることにします」

陽子は三匹を大事に箱にいれ、タキの元へ向かった。

「タキ、タキ、」

陽子は庭へ走った。

タキはすぐさま駆けてきた。

「タキ、ごめんね…本当にごめんね。」

タキは三匹にお乳をあげ出した。

「タキ、私ってダメだね、自己中でさ」

思わず自分の口から自己中という言葉がもれてハッとした。

「裕也…」

陽子は携帯を取り出した。

「裕也、ごめんね。」

陽子は、やっと春風を気持ちいいと感じ、空を見上げた。


「わあ~可愛いですね~悩んじゃう」

ひとまわり大きくなった三匹を、川田が見つめた。

「二人でゆっくり決めたら」

陽子の声に、裕也と話してい拓磨が立ち上がった。

「裕也、二人に飲み物渡してくれる」

「オッケー」

来年から同棲することになった猫好きの川田と拓磨に、陽子はタキの赤ちゃんを譲ることにしたのだ。

「小野寺先輩」

「何?どの子にするか決まったの」

「いいえ、その前に、私あやまらなきゃ」

「いいのよ、そのことはもう、私の早とちりだったんだから」

「でも、、、峰岸君に告白できなくて、つい裕也先輩に相談したせいで、小野寺先輩に迷惑をかけてしまってたなんて知らなくて」

「川田、気にするな。俺達もその事件のおかげで、絆が深まったんだからな~」

陽子は照れ臭そうに笑い、寝転んでいるタキの隣に座った。

「タキ、色々とありがとうね。私、今日から変わることにしたの。思っていることは、裕也に素直に話していこうと思って」

タキは茶色自慢のしっぽを揺らした。

「小野寺先輩」

川田が庭の木を指差した。

「わたし白黒猫にします」

見ると白黒猫は、木登りの練習をしていた。

「わかったわ。もう少し大きくなったら連絡するから、引き取りに来てね」

「はい」

白黒猫は小さな爪をたて、何度も上を目指していた。





重ねていた資料が、桜の花びらと舞った。

彩香は慌てて窓ガラスを閉めに走った。

「コピー用紙切れてるけど、使ってるのだれ」

「あっ、陽子。私よ」

床に落ちた資料を拾っていた彩香が立ち上がった。

「じゃ、わりこみ」

そう言うと陽子は自分のコピーをし始めた。

「ちょっと待って、用紙をセットしてコピーしてくれるとか優しさないわけ」

「私だって急いでるのよ」

陽子は淡々と言った。

「薄情よね。そんなだから、祐也が他の女にうつつをぬかすよ」

コピー機が止まった。

「彩香、今の話なに」

彩香は、つい口を滑らした事を後悔した。

「ん、、ただの噂よ」

「いいから、ちゃんと答えて」

「はっきりは分からないけど、総務にいる新人の川田を知ってるかなあ、その川田と裕也が先週の土曜日二人で居酒屋にいたらしいのよ」

陽子はひきつった顔をし、コピー機から離れ出す。

「ちょっと、陽子待って、仕事関係の集まりかもしれないしさ、噂だから、あくまで」

陽子は咄嗟に考えても、先週の土曜日の出来事を思い出せず、とりあえず資料を抱え課長の元へ向かった。

「失礼します」

「小野寺、そこに置いててくれ」

「はい」

「どうした、具合いでも悪か、顔色悪いぞ」

「いいえ、別に」

「それならいいが、この資料にそった会議があるから、必ず出席するようにな」

「はい」

陽子はまだ、先週の土曜日の出来事を思い出していた。

これといって何も思い出せないまま帰宅し、ソファーに眠っているタキに声をかけた。

「ただいまタキ」

部家へ入ると、祐也と二人で浜辺で撮った写真が目にはいる。

笑顔をむける二人。

真っ白な空に、青い海。

「彩香の話しなんて嘘よ」

陽子はそう思いながらも、次から次と押し寄せてくる不安をどうすることも出来なかった。

「夕飯たべて~」

母さんの声がする。

食卓には陽子の好物の豚カツが、山になっていた。

「すごい量だねぇ」

「そうかい、いつも陽子の食べてる量だよ」

「えっ、そうだった」

陽子は自然と自分の脇腹に手がいった。

「食い過ぎてタキみたいに太るなよ」

ビールを呑みながら父さんがひやかしてきた。

確かにタキは、ひとまわりふっくらしたような気がする。

なぜたが今日は箸がすすまない。

これも、川田の存在のせいなのだろうか。。

「母さん、今日は食べない」

「どうしたの、どこか具合でも悪いかい」

「なんとなく食欲なくて…」

陽子がそう言いながら椅子を立つと

「気ままいわずに、ちゃんと食べろ」

父さんが口を挟んできた。

「いちいちうるさいわよ、食べたくないときもあるでしょ誰だって」

陽子は苛々しながら部屋へ戻ていった。


時刻は夜の八時過ぎ。

裕也は、まだ仕事中かもしれない。

でも、電話をかけて祐也と話す以外、逃道がないような気がした。

「ただいま、電話にでることができません。ピーという発信音の」

陽子は電話を切った。

何時になっても中々連絡はなく、陽子は気を紛らわそうと彩香にメールした。

「遅い時間だけど、今朝のコピーわりこみしたの、ごめん。」

「どうした急に?なんかあったの?祐也の事なら、ただの噂かもだから気にしないでよ」

陽子は彩香に見透かされような気がして不快になった。

「だめだな、なにやっても…」

あれこれ考える事にも疲れ、気分転換にリビングへいるタキの元へ向かった。

タキの隣に寝そべり顔を近づける。

今は誰でもいいから、そばにいてほしかった。

「タキ、少し太ったね」

タキに話しかけながらも気になる携帯。

「タキ、、祐也から電話こなくてさ」

タキに不安な気持ちを話し出すと、ますます携帯が気になり、一度電源を切った。

しばらくして再び電源をいれる。

しかし、裕也からの連絡は入ってなく、やるせない気持ちが最高潮に達し、陽子は携帯を投げつけた。


「陽子起きなさい、風邪引くわよ」

どこからか聞こえる母さんの声。

「携帯、落ちてたわよ」

陽子は一瞬にして昨夜の出来事が思い出された。メールボックスを確認すると、裕也から素っ気ない一文が入っていた。

「こんな返事ってあるかしら」

陽子は無性に腹が立ち、裕也にメールした。

これで少しは裕也が、自分を気にしてくれるのではないかと思った。

その朝は、気持ちを入れ換えようと明るめのシャツを選び、いつもより念入りにメイクをして出社した。

「陽子おはよう、今日のシャツ可愛いいね~」

陽子は彩香にシャツを誉められ嬉しかった。

早く裕也が来ないかと思っていると、祐也が女性と玄関へ向かってくるのが見えた。

彩香が裕也の隣を歩いているのが川田だと耳打ちした。

実物の川田を初めて見ると、自分のメイクがオバサンくさく感じ、陽子は彩香の後ろに隠れるように立った。

裕也は陽子に気付かず話をし続けながら川田の頭をコツンと叩き微笑んだ。

「裕也」

「あっ、陽子おはよ。昨日ごめんな、中々メールするタイミングがなくてさ。接待だったからさ」

「嘘つき!」

「何がだよ」

「聞きたくわいよ、そんな言い訳」

心配そうに見つめる彩香。

「陽子、何を言ってんの、、さっきから」

「彩香、今日の会議は代わりに出て欲しい。やってらんないわ。私早退する。課長には後で連絡するから」

「えっ、急に無理だって」

「誰かに頼めばいいでしょ」

「おい、陽子待てよ。どうしたっていうんだよ一体」

「自分の胸に聞きなさいよ」

陽子は祐也を睨み付けそのまま会社を後にした。


今来たばかりの道を戻りだす。

可愛げに装った全てが滑稽に感じ、恥ずかしさでいっぱいだった。

「ただいまタキ…」

タキはソファーから下りてきた。

陽子はタキが足元にきてくれた事が温かく感じられ、タキを抱きしめ部屋へつれいきベッドで寄り添った。

タキのそばにくっついると、さっきまでの出来事が嘘のように感じ、我に返った。

「裕也、さっきはごめんなさい」

何度もメールをを打ち込んでみても、祐也が川田の頭をコツンと叩いた場面が思い出され、送信できない。

何をどうすればいいのか途方に暮れていると、彩香からメールがきた。

「会議は時間変更で早まったから私でるから。陽子、課長に早退の話をしてなかったでしょ。うまく言っといてあげたからね」

「あっ、そうだった…」

陽子の頭の中は、祐也と川田のことで不安でいっぱいだった。

「タキ…助けて」

陽子は、すがるような思いでタキを抱きしめた。


翌朝、陽子は早く出社し課長の元へ向かった。

仕事だけはしっかりしなくてはと、気持ちを切り替えようと必死だった。

「昨日は連絡もせずご迷惑をかけました。微熱があり眠ってしまっていて」

「あぁ、小島くんから聞いたよ。無理しないで小島くんに任せて少し休みなさい」

「ありがとうございます。」

なんとか気持ちを切り替えて行こうと思ったのに、課長の言い方は、まるで彩香がいればいいようにも聞こえ中々気持ちが上がってくれなかった。

「おはよう。陽子早いね。課長に用事だったの」

背中から聞こえる彩香の声は、ますます陽子の気分を重くしていった。

「ねぇ、陽子、聞いてるの」

「聞こえてるから」

「昨日の会議の件だけどさ」

「今、課長から全て聞いたからさ」

「ありがとうの、ひとことくらいないの?」

恩着せがましく笑う彩香は、本当に鬱陶しかった。

目の前で裕也が待っていた。

「メールの件だけどさ」

「もう、どうでもいいよ」

「なんだよ、その言い方、せっかくこうして待ってたのにさ」

「別に頼んでないわよそんなこと」

「あのさ、少しは大人になれよ」

「何がよ、もうどうでもいいから、裕也が川田と呑みにいこうが、何をしようが、私には関係ないってこと」

陽子の声は震えていた。

「何の話だよ」

「彩香、行こ」

「行こうじゃねーよ。説明しろよ」

「説明するのは私なの、祐也の方でしょ。もううんざりなのよ。こんな毎日」

陽子の目には涙が溢れていた。

「陽子、落ち着いて、、ごめんね、私がいらないことを言ったばかりで…」

「いいのよ彩香。事実なんだろうから」

裕也は呆れた顔をし、その場を去っていった。

陽子は立ち去る裕也が、本当にどこかへいってしまったようで、胸が締め付けられていった。

「ごめんね陽子…わたしの発言のせいで迷惑かけて」

「しつこいわよ。何回も謝らないでよ」

陽子はやり場のない気持ちを彩香にぶつけた。


帰宅した陽子はタキを探した。

ソファーにも、部屋にもタキの姿が見えない。

今日あった辛すぎる出来事を聞いてくれるのは、もうタキしかいないのだった。

その時携帯が鳴り響いた。

祐也だった。

陽子は、中々鳴り止まない電話に迷いながら、出ようと決心した時、電話は切れた。

そして追いかけるようにメールがきた。

「陽子、悪いけど陽子の自己中な性格に付き合いきれない」

何かを返信しなきゃ手遅れになると焦る指先に、言葉は見つからなかった。

「自己中か…」

自然と涙が落ちてきた。

「裕也は私の何をわかってるというの…」

わかってもらえない悔しさと、自己否定された虚さとが入り交じり、陽子は祐也が憎らしかった。

陽子は立ち上がり窓の外を眺めた。

「あっ、タキだ」

陽子はタキを見つけると、すぐに外へ出た。

「タキ待って」

追いかけた先に陽子は立ち尽くした。

タキは、タキと同じ色の二匹の赤ちゃんと、白黒色の一匹の赤ちゃんに乳をあげていたのだ。

「タキ、赤ちゃんを産んだのね」

陽子は撫でてあげようと手を伸ばす。

するとタキは陽子に爪を立てた。

「えっ、なんで、、、」

陽子は手の甲からにじむ血を見て戸惑った。

タキに追い払われるように、家の中に入っていくと、母さんが買い物袋を広げていた。

「母さん、タキが赤ちゃん産んでたよ」

「そうかい、なら陽子、タキには近づかないのよ」

「なんで」

「出産したばかりで気がたっているから、噛まれたら大変よ」

「えっ、家族なのに」

「ばかね、タキは猫でしょ、それより夕飯つくるの手伝ってちょうだい、父さん今日は早いらしいから」

「父さんは帰ってくればどうせ先にビールじゃん、ゆっくりでいいじゃん」

「そうもいかないのよ。いつか陽子も結婚したらわかるわよ。男と女は、暗黙のルールがあるもんなのよ。」

「暗黙のルール?」

陽子は一瞬祐也を考えた。


夕食をすませ部屋へもどっても、タキはいない。

誰かに埋めてほしい穴だけが、どんどん広がっていきそうで怖かった。

くるはずも無くなった裕也からのアドレス。

「寂しい…」

陽子はタキだけでも、以前のようにそばにいてほしい気持ちばかりが高まった。

次の日陽子はペットショップへ向かった。

タキをどうしても側に置きたくて、普段より沢山オヤツを買い込みレジに進む。

「あの箱なんですか」

お譲りしますと書かれた看板が見えた。

「あぁ、赤ちゃん猫を持ってくる人がいるんですよ。」

陽子は、ふと三匹を思い出した。

「あの、、私もお願いしたいんですが、もってきていいですか?」

「後三匹ぐらいなら大丈夫です」

陽子は急いで家に戻り、三匹の赤ちゃんを箱に入れ、ペットショップへ戻った。

家へ帰るとタキの大きな鳴き声が聞こえた。

「陽子、ずいぶんとタキが鳴いてるから庭を見てきてくれないかい」

陽子は原因はすぐに分かったが素知らぬ顔をして見に行った。

「餌も食べに来てないし、庭へ置いてきてちょうだい」

陽子は餌を持ってタキを呼んだ。

タキは陽子を見たが、餌にも寄り付かずうろうろしている。

陽子はしばらくタキの様子を見つめていた。

タキの身体から白い液体がこぼれていて、陽子は驚いて家へ戻り母さんに話した。

「あっそうゆうことか、どおりで鳴いてるわけだ。赤ちゃんが目が開いたからどこかに行ったんだろうね。それで探してるんだよ。

タキもおっぱいを呑んでもらわないと、おっぱいが張って痛いんだよ。お乳が流れ落ちているくらいだからね。」

陽子は初めて聞く話に戸惑った。

「母さん、乳を呑ませないと、タキは死ぬの」

「死にはしないけど、赤ちゃんが急にいなくなったら、人も猫も同じでしょ」

陽子は黙った。

「まずい、なんてことをしてしまったんだろう」

時計の針をチラリと見る。

既に店が閉まっている時刻だったが電話した。

「本日は終了しております。明日9時より開店てなっております」

「あ、、、だめか」

陽子は肩をガックリと落とした。

鳴き止まないタキの鳴き声が胸に刺さり、自分の身勝手さを責めた。

「タキごめんね、ゆるして」

陽子は、赤ちゃん猫がそろって三匹いるのかだけが心配で眠れぬ夜を明かした。

翌朝、陽子は開店前に店の入口に立った。

ドアが開くや否や赤ちゃん猫の元へ走った。

「いない」

陽子は店員さんを探した。

「すみません、昨日三匹の赤ちゃん猫をお願いした者ですが」

十分ほどすると、タキの赤ちゃん三匹を手にした店員さんが笑顔でやって来た。

陽子は心の底からホッとした。

「あの、その三匹、家に連れて帰ることにします」

陽子は三匹を大事に箱にいれ、タキの元へ向かった。

「タキ、タキ、」

陽子は庭へ走った。

タキはすぐさま駆けてきた。

「タキ、ごめんね…本当にごめんね。」

タキは三匹にお乳をあげ出した。

「タキ、私ってダメだね、自己中でさ」

思わず自分の口から自己中という言葉がもれてハッとした。

「裕也…」

陽子は携帯を取り出した。

「裕也、ごめんね。」

陽子は、やっと春風を気持ちいいと感じ、空を見上げた。


「わあ~可愛いですね~悩んじゃう」

ひとまわり大きくなった三匹を、川田が見つめた。

「二人でゆっくり決めたら」

陽子の声に、裕也と話してい拓磨が立ち上がった。

「裕也、二人に飲み物渡してくれる」

「オッケー」

来年から同棲することになった猫好きの川田と拓磨に、陽子はタキの赤ちゃんを譲ることにしたのだ。

「小野寺先輩」

「何?どの子にするか決まったの」

「いいえ、その前に、私あやまらなきゃ」

「いいのよ、そのことはもう、私の早とちりだったんだから」

「でも、、、峰岸君に告白できなくて、つい裕也先輩に相談したせいで、小野寺先輩に迷惑をかけてしまってたなんて知らなくて」

「川田、気にするな。俺達もその事件のおかげで、絆が深まったんだからな~」

陽子は照れ臭そうに笑い、寝転んでいるタキの隣に座った。

「タキ、色々とありがとうね。私、今日から変わることにしたの。思っていることは、裕也に素直に話していこうと思って」

タキは茶色自慢のしっぽを揺らした。

「小野寺先輩」

川田が庭の木を指差した。

「わたし白黒猫にします」

見ると白黒猫は、木登りの練習をしていた。

「わかったわ。もう少し大きくなったら連絡するから、引き取りに来てね」

「はい」

白黒猫は小さな爪をたて、何度も上を目指していた。
































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やさしい女になれるまで 水花火 @megitune3

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