ある日

猫之丞

ある日……

もしもあなたの最愛の人が病気で倒れたら……あなたはその時どうしますか?



俺の名前は雪兎。大学3年生だ。


俺には付き合って2年になる最愛の彼女がいる。


彼女の名前は雪菜。短大の2年生だ。


彼女とはボランティア活動の際に出会い、趣味が合うとの事で意気投合した。 それから出会って数ヵ月後、俺は決死の覚悟で告白。 彼女からOKをもらい交際を始める事となった。


彼女……雪菜は短大で保育士を目指す為に日々勉強に励んでいる。 顔は綺麗というより可愛いといったタイプの女性だ。 身長は俺と同じ位の170cmと女性にしては少し背が高い。 彼女は母性が強く、俺も彼女に会う度に甘えてしまう。 料理が滅茶苦茶上手く、いつもデートの際には弁当を作ってきてくれる。


彼女は自分の顔は不細工だから嫌いと言うが、俺には女神としか思えない程可愛い容姿だ。


俺達の交際は彼女の両親も認めてくれていて、俺達は幸せに交際をしていた。



最近の事なんだが、何だか彼女の様子が少しおかしい。


彼女は突然泣き出したり、 " 自分の手が自分の手じゃない様に感じる " なんて言って取り乱したりする事が増えてきた。


心配になった。 俺は雪菜に病院に行く事を勧めるが、雪菜は " 大丈夫だから。心配しないで " と言って病院に行こうとしなかった。


ある日、雪菜の体調が悪くなり、雪菜は実家に帰って療養をする事となった。


俺は雪菜に毎日LINEを送ったり電話をしたりしていた。


初めは雪菜から返事が返ってきていたが、徐々に返って来なくなった。


心配になった俺は雪菜の実家に電話を掛ける事にした。



「もしもし。雪兎です。最近雪菜さんの様子はどうでしょうか? LINEを送っても返事が返って来ないので心配になって電話しました」


「……あのね雪兎さん。雪菜なんだけど、最近は自分が分からなくなっているみたいなの。 自傷行為が増えてきてね。 畳に自分の指を思いっきり擦り続けて指から大量に出血させたりするのよ。それにね、私が呼び掛けても返事をしないし、一点をずっと見つめたまま涎をたらしたり……。 時々まともになる時もあるのよ。 心配になって、主人が心療内科に連れていったりしたのよ。でも原因が分からなくて……」


雪菜の母親から雪菜がそんな状態になっている事を聞いた。


「そうですか……雪菜さんが心配なので、自分、雪菜さんに会いに行ってもよろしいでしょうか?」


「そうね。その方が雪菜も喜ぶと思うわ」


「じゃあ早速明日お邪魔させていただきます」


「ありがとう雪兎さん。 ……あっ、雪兎さん」


「はい」


「昨日なんだけれどね、雪菜がいきなり " 私、お母さんの娘で良かった。今までありがとう " って言ったのよ。 何故そんな事を言ったのかしら」


雪菜の母親の言葉を聞いて俺は凄く嫌な胸騒ぎを覚えた。 明日は早めに雪菜の実家に行こうと決心した。



次の日、俺は急いでバス等の交通機関を使い雪菜の実家に行った。


玄関のチャイムを押す。 暫くして雪菜の母親が出迎えてくれた。


「雪兎さん。雪菜は自室に居るわ。 どうぞ上がって」


中に通された俺は雪菜の自室の扉をノックする。


「雪菜、雪兎だ」


返事が返って来ない。 もう一度ノックをする。 返事が返って来ない。


妙な胸騒ぎを覚えた俺は


「雪菜入るぞ」


雪菜の返事を待たずに部屋の中に入った。


「雪菜!! どうしたんだ!?」


俺は雪菜の部屋の中の光景を見て悲鳴を上げた。


ベッドの上で雪菜は口から泡を吹き、身体は痙攣を起こしていた。 素人の俺から見てもヤバい状態だ。


俺は急いで雪菜の母親を呼んだ。


「お母さん! 救急車を呼んで下さい! 急いで! 雪菜の様子がおかしい!」


雪菜の母親はただならぬ俺の声にすぐさま反応してくれた。


雪菜の母親が救急車を要請し、それから5~10分後。 救急車が到着。そして直ぐに雪菜を市立病院に搬送した。 そして雪菜はそのまま入院となった。


雪菜の父親にも直ぐに連絡を入れる。 そしてさっき迄有った事を説明した。雪菜の父親は慌てふためいていた。


「落ち着いて下さい。雪菜さんは市立○○病院に救急搬送されました。お母さんも一緒に行っています。直ぐに行ってあげて下さい」


俺の言葉を聞いて雪菜の父親は俺に感謝の言葉をくれた。 そして直ぐに市立病院に向かっていった。


とても心配だ。だけど、俺は家族じゃ無い為付き添う事が出来なかった。 俺に出来る事はただ、雪菜の回復を祈る事だけだった。


そして翌日の早朝……俺のスマホに連絡が入った。 雪菜の父親からだった。


「雪兎君。落ち着いて聞いてくれ。 雪菜なんだが、このままでは命が危ないと言われたんだ。 病気の原因が分からず、この病院では手の施しようが無いとの事らしい。だから今から県立の病院にヘリコプターで搬送する事になった。雪兎君、来れるか?」


俺は即答した。


「今から直ぐに向かいます!」


と。


俺はバイクを飛ばして県立病院へ向かった。


到着し、病院のロビーに向かうとそこに雪菜の両親の姿があった。


「お父さんお母さん! 雪菜は! 雪菜は大丈夫なのでしょうか!?」


「……雪兎君。雪菜は今さっきICUに入ったよ。意識不明で痙攣が止まらないんだよ。……どうして。どうして雪菜がこんな目に!!」


「今から精密検査をして病気の原因が何かを調べて貰う事になってるの」


雪菜の父親は頭を抱えて泣いている。 母親は冷静にそう答えてくれたが、心情は決して冷静ではないだろう。 俺だってそうだ。 今にも発狂しそうな程なんだから。


俺達は今の雪菜の病状を医師から説明を受けた。


搬送中に激しい嘔吐があり、その吐瀉物が肺に入った為、重度の誤嚥性肺炎になっているとの事。


その為、自発呼吸が困難になっていて、このままでは呼吸が止まってしまうと。


医師から人工呼吸器を使用という提案をされる。


雪菜の両親は直ぐに同意。 同意書に署名をした。


それから直ぐに雪菜に気管切開術が施され、人工呼吸器が取り付けられた。


俺は何もする事が出来ず、自分が何も出来ないという無力感をひしひしと感じながらただただ雪菜の病状の回復を祈る毎日を送った。


雪菜が入院してから数日後。 雪菜の両親から連絡があった。 雪菜の病名が判明したとの事だった。


雪菜の両親と俺は病院に行き、医師からの説明を受けた。 俺は頼み込んで一緒に説明を聞かせて貰える事になった。


雪菜の病名は " 抗MNDA受容体脳炎 "


精密検査の結果判明した。 この病気は非常に珍しく、300万人に1人の確率で発症する病気らしい。


本来なら自分の身体を護る為の免疫がなんらかの原因で自分の脳を攻撃してしまっているらしい。


 いまだにこれといった治療法は確立されていないらしく、今は薬物療法と透析による血液の交換で治療するしかない状態らしい。 


病状としては 幻覚 幻視 不随運動 痙攣 意識障害 脳の萎縮 等がある。


幸いな事に雪菜の場合はCTやMRIの結果脳の萎縮は見られていなかった。 でも、意識障害 不随運動 痙攣があり、予断を許さない状態だ。


雪菜の両親が医師にいつ意識が戻るのかを聞いたが、医師からの返答は いつ意識が戻るかは分からない。 半年で戻る人もいるし、2~3年掛かる人もいるとの事だった。


医師からのその返答を聞いた俺達は絶望した。


何故雪菜が。 何故雪菜がそんな目に合わないといけないんだ!?


雪菜は人一倍頑張り屋で、人一倍優しくて。 何にも悪い事なんてしてないのに! 何故雪菜が!?


俺の眼からは涙が溢れて止まらなかった。


病院のロビーで泣いている俺の元に雪菜の両親がやって来て


「雪兎君……とても言いづらい事なんだが良いだろうか?」


「……はい。何でしょうか?」


「雪兎君、雪菜と別れて別の恋人を探しても良いんだよ?  雪菜はほら……あんな状態だから。 君には君の人生がある。もっと素敵な人生がある。 雪菜の為にそんな人生を潰す訳にはいかない。だから……」


雪菜の父親は涙目でそんな事を俺に言ってきた。


「俺は絶対に雪菜さんと別れるつもりはありません! 例え雪菜さんの意識が2~3年の間戻らなくても、俺はずっとずっと雪菜さんの傍にいます! お願いします! 俺をずっと雪菜さんの傍にいさせて下さい! お願いします!」


俺は即答し、懇願した。


俺の気持ちは雪菜の両親に届いたらしく、涙を流しながら " ありがとう雪兎君 " と受け入れてくれた。


俺はそれから時間の許すかぎり雪菜のお見舞いに行った。 そして意識の無い雪菜に話し掛け続けた。


「雪菜。早く退院して色々な所に遊びに行こうな。俺が雪菜の行きたい所何処にでも連れていってやるからさ。 もう少しで桜も咲くから花見に行こうな。夏には花火大会にも行こうな。……だから……早く……目を覚ましてくれよ……雪菜」


雪菜の喉には穴が空き、人工呼吸器が入っている。痛々しくて見ていられない。


「また来るから。雪菜、頑張れよ。俺はいつも、いつでもお前の傍にいるから」


俺は雪菜にそう声を掛けて病室を後にする。 それが俺の日課になっていた。


それから1ヶ月が立ち、俺は雪菜の両親と共に雪菜の住んでいたマンションの片付けに来ていた。 退去の期限が近づいていたからだ。


俺と雪菜の両親は話をしながら雪菜の私物や家具等の片付けをしていた。 すると、インターフォンがなる。


外にでると郵便配達の人がいて、大きめの茶封筒を差し出してきた。 俺はそれを受け取り中に戻った。


宛先を確認すると、○○保育園と書いてある。


俺は急いで雪菜の両親に茶封筒を渡す。


両親は茶封筒を開封し中身を確認する。 茶封筒の中には " 合格通知 " が入っていた。


……雪菜は○○保育園の採用試験を受けていたのだ。 そして見事合格していたのだ。


俺達はその採用通知を前にして号泣してしまった。


……雪菜。○○保育園合格していたよ。おめでとう。 でも……。 何故こんな事に……。 神様……こんな事、あんまりじゃありませんか。 こんな仕打ち無いですよ。 雪菜が何をしたって言うんですか? 悪い事をしたなら代わりに謝ります。どうか許して下さい……神様。どうか許して下さい。


後日雪菜の両親は○○保育園に採用辞退の報告を入れた。 今の雪菜では就職は出来ないので見送らせて下さいと。


俺は雪菜の病室に行き、雪菜に報告をする。


「雪菜。○○保育園受かってたよ。頑張ったね。おめでとう。でも、辞退しちゃった。勝手な事をしてごめんね。でも、元気になった時にまた採用試験受けよう。雪菜なら絶対大丈夫だから。俺も全力…で…サポート…する…から…さ」


俺は涙ながらに雪菜に報告した。 気のせいだとは思うが、雪菜が少し笑った様に見えた。




あれから数ヵ月の月日がたった。


雪菜はまだ意識を取り戻していない。 点滴や機械に繋がれたままの姿だ。


俺は毎日という位に雪菜のお見舞いに来て話し掛けている。


雪菜……俺、いつまでも待ってるから。 お前の笑顔にもう一度会えるその日まで。


だから……早く目覚めてとびきりの笑顔を見せて欲しいな。


俺の……一番可愛くて素敵なお姫様。






ここまで読んで頂きありがとうございますm(__)m




















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ある日 猫之丞 @Nekonozyo

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