第三章(4)

初めてのお酒は案外甘くて、とろりと喉越しがよくて、でも頭の芯をしっかり熱くしびれさせた。三杯目を頼んだ頃には沙智子はいつもよりさらにテンションが上がり、和菜も初対面のふたりを目の前にしているという緊張が緩んだのか、かなりえげつない話を肴に飲むようになった。



「和菜はさー、パパ活でどこまで

やらせる? うちはさー、パンツ売るのが限度かな」


「パンツくらいならわたしも売ってる。あと脱ぎたてのストッキングとか、汗のしみ込んだ肌着とか」


「そういうマニア系はいいよね。でも触らせてくれってのは無理! オヤジの手とかマジ、人間の手じゃないよ。生理的に無理。触られるだけでそこから腐ってく感じする」



 中学の頃はJCお散歩で稼いでいたと豪語する割には、結構な潔癖だ。パンツもストッキングも売らないわたしは、完全に話題に置いて行かれてる。



「和菜は彼氏いるー?」

「いたことないな。そういう人」

「ええ、珍しー! 和菜、結構可愛いのに」

「全然可愛くないよ。沙智子や澪のほうが可愛い」



 そんなことを言う和菜は、自分の小さい目や鼻や薄い唇が心からコンプレックスなんだろう。



「澪もいないよねー。彼氏とか、好きな人」


 やっと話題を振られた。カシスオレンジをすすりながら、こくりと頷く。



「わたしは中学から女子校だから、ほんとに出会いがなかった。一度だけ、高校一年生の文化祭で男子校の男の子からナンパされたことあるけど。びっくりしちゃって、全然しゃべれなくって、連絡先も交換しないで別れたの」


「あはは、澪らしいー。でもさ、パパ活してれば、いない? あと二十歳若ければ、この人と付き合ってもいいな、みたいな人」


「うーん。そういう目でみんなのこと見てないからわからない。お金さえもらえればあとはなんでもいいから」


「澪も結構、ズバッて言うよねー」



 その晩は結局、夜十時までバーで盛り上がってしまった。これ以上遅くなると親を心配させるので、今日も演劇部で遅くなったとスマホから連絡を入れた後、新宿駅で沙智子と別れる。沙智子は西武新宿線。わたしと和菜は京王線。



「和菜って、ほんとにパパとは一線、超えたことないの?」



 電車を待っている間、勇気を出して小声で聞いてみた。数秒の沈黙の後、和菜は沙智子には言わないでね、と前置きした後答えた。



「あるよ。お金はいくらだって欲しいもん。三万とか五万くれるって言われたら、ヤッちゃう」


「そういうのって、気持ちいいものなの? 相手は男とも思えないおじさんなのに」



 隣に立っている五十代ぐらいのサラリーマンが、素知らぬふりをしてわたしたちの会話を聞いていることを知っていた。


特別老けてるわけでも醜いわけでもないその人は、たしかに男とも思えず、わたしだったら裸を見た途端気持ち悪いと逃げ出してしまいそうだ。



「気持ちいいよ。だってみんな、優しいもん」



 悲しみを内に湛えた瞳で、和菜が微笑んだ。


 電車の到着を告げるアナウンスがホームに響き渡った。

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