プロパガンダ

| 藤堂京介



 僕は今、濡れたボロ雑巾のように打ち捨てられていた。


 具体的には仰向けで…そう、まるで死んだバジリスクみたいにってそれはもういいか。


 こっちで言うなら蛙だな、蛙。どこのナニとは言わないけど、いろいろな汁塗れで、まるで両生類かのような濡れっぷりで、身体のあちこちをびちゃびちゃに嬲られた僕は、ぺちゃんこに轢かれたヒキガエルみたいになっていた。


 ヒキガエルと言えば、こんな風に鳴くのをご存知だろうか。



「クックックックックッ」


「清恋…この子壊れてないかしら…?」


「ご主人様の限界はこんなものではないです。生意気な可愛らしさに騙されないでください。噛まれますよ」



 ダメか。まあ、壊れるというか、なんか悪だくみして高笑いする前のイントロみたいになってしまったけど、何にも企めないし笑えない。


 これどうしようか。


 ちなみにゲコゲコやクワックワッの鳴き声はアマガエルで、トノサマガエルはグゲゲ、グゲ、グゲゲゲゲゲという感じ。


 だからなんだと言う話だけど。


 蛙以外で表現するならば、犬の服従ポーズみたいな感じに見えなくもないか。


 そんな格好で無様にも仰向けになっている僕を、清恋お姉ちゃん達は丸く囲みながら女の子座りで見下ろしながら小休憩していた。



「おいにがすごいわね…くらくらするわ」


「アグリー、これがマンガ汁…ぷりぷりしています」


「ふふ。知ってのとおり成人男性の搾り汁は一度に1億から3億。そしておよそ約79億266万人いる人口の中から、我々はこの藤堂京介くんという一人の男の子に巡り逢ったのです」


「しかもこの不思議な空間で悪夢の抜けた先で出逢えた」


「つまりこれってもう?」


「奇跡なのです!」


「フォーチュンっしょ」


「ディスティニーだよ〜」


「ふむ。やはり買い…飼いだな」


「なんかキティが言うと犯罪くさいのよね…」


「いや、くさいんじゃなくて、どっぷり犯罪を口にしてるよ…はぁ〜でも僕もー犯罪者でいい〜」



 彼女達はすごい確率で巡り逢ったっていうけど、このダンジョンは別にして、それ普通の話なんじゃないかな…



「大前の伝統に則って選別してもらいたいところだけどね〜」


「今はいいっしょ」



 彼女達は井戸端会議的な話をザワザワしながらも、依然として僕をサワサワし続けている。


 だから僕も小さくビクンビクンしていた。


 既に三回ほど失神させられたけど、彼女達からは止まる気配がまるで存在しない。


 この100人斬りの元勇者が、なんたる様か。


 しかし、流石は学級新聞に取り上げられたこともある、この小学五年生頃の美肌と言わざるを得ない。


 自慢ではないけど、この頃はお肌のゴールデンタイム、すなわち22時から2時までは絶対に熟睡していたし、従姉妹のお姉ちゃんがくれた秘伝? の美肌クリームも言われるがまま塗っていたからか、僕史上最高にお肌がノっていた時期だ。


 隣のクラスからも、上と下の学年からもわざわざ触りに来ていた。まさに珠のような輝き、まるで剥きたて固ゆで卵のようなこのつるりとした美肌に、ショタ好きお姉ちゃん達が虜になるのもわからなくはない。


 ただ、今ではあの新聞は恐怖新聞ではなかったのかと疑問に思ってる。


 いや、おそらく円卓の誰かの仕業であり、罠であったのだと確信めいたものを抱いてる。


 この精霊の遊戯では過去を思い出しやすくさせるのか、失神すると過去を脳に鮮明に映し出す瞬間があるのだ。


 憩いランドの池に広くいた蛙を思い出したのもそのせいだろう。


 ちなみにヒキガエル以外の蛙をフロッグと呼ぶ。


 そんなのどうでもいいか。


 まあ、この頃は確かに自分でも誇らしくなるくらいきめ細やかにお肌を仕上げていたと思う。


 相手は小学生とはいえ女の子だし、気になるのは本当だろうけど、あの煽り文句に情報拡散の規模と速さはやはりおかしかったのではないだろうか。



『───敢えて言おう、宝であるとっ! だからこそ他クラスの女子に見せつけなければならないっ! わたしは断言するっ! この五年三組の女子を出し抜くことなど決して出来ないとっ! 一組二組四組の無能なる者どもに思い知らせっ! 明日の未来の為に我が五年三組女子はっ! 京介ちゃんの為に、いや我々のためにこそ立たねばならんのであるっ! ──はい、以上がクラス委員長からの提言でした。京介ちゃん? 変な顔してなぁに? 可愛いんだけど? もしかして煽ってるのかな? くすくす』


『あ、あの、これ学級新聞の話だよね? うさぎのバックスくんの可愛いほのぼの飼育話を発表するんじゃなかった? それなのに桃ちゃんはさっきから何を言って──あだっ!? 純…お前…肩パンとか──』


『ひゅーひゅーぱちぱちぱち』


『永遠ちゃんもその嘘っぽい口笛と拍手やめ──あがっ!? 未知瑠まで…!? なんで…?』


『さあな〜ほらほら京介〜異議アリだったら手をあげろよ〜なー未知瑠ー』


『な、何かなー、純くんが何言ってるかわからないかなー。京介くん、ほら早く手を上げないと学級新聞決まっちゃうよー』


『両の肩甲骨…パンされたら出来ないじゃないか…』


『それくらい藤堂なんだし躱せよな〜桃ー、京介異議ナシって〜』


『はい、それでは満場一致で次の学級新聞の一面は[京介ちゃん美肌スギィィィ]に決定です。サブタイは放課後決めたいと思います。皆さん──粉かけてきた別クラの虫、きっちり炙り出しますよ…! 次、永遠。お願いします」


「次は来週の校外学習ねー。憩いランドでの班分けー。京くん、純と未知瑠と組みたいー?』


『絶対嫌だ』


『『ええっ!?』』


『はい皆さん、暴力は悲しみしか生み出さないという良い実例ですね。図らずとも尊いお馬鹿のおかげで二席取り除きました。クラス委員長のわたし桃と副委員長の永遠に拍手──はい、ちゃ、ちゃ、ちゃ…いいですね。いつもと違って連帯してますよ。さて次は班分け方法ですが──』


『待て待てお前ら! 何リズム合わせてんだ! 話違うだろ! 桃! 永遠! 謀ったな!』


『そ、そうだよ! 京介くんと組ませてくれるって! 桃カン、バターって言ってたじゃん! 永遠も!』


『お馬鹿うっさ。バーターだし』


『はい、桃はバター派ですよ。犬でも良いですけど…ね、京介ちゃん」


『どういう意味…?』


『くすくす。さあ、頭が溶けたマーガリンみたいなお馬鹿二人は放っておいて…はい、愛ちゃんどうぞ』


『はーい! じゃあ〜ここは皆でー勝ち抜きあっち向いてホイで、いいんじゃないかな〜?』


『いいえ、愛香さんの案は駄目ですわ。皆さんお忘れですか? 去年のように全員右向け右に向いてしまいますわ。ここは和光家に古来より伝わるこのクジ引きで───』


『エリカ、絶対あんたその箱に何か仕込んでるでしょ』


『はぁ…聖さん、この和光エリカ、清廉潔白を信条としていますの。そのようなことはしませんわ』


『じゃあなんでその箱がロッカーの中に5つもあるのですかねぇ? 清漣潔白だなんて、はっ、笑わせてくれますねぇ』


『詩乃さん?! 何故それを…!?』


『あれー? これって班分けの人数と同じだね〜? なんでだろう? 瑠璃わかんなーい

。ナーナは…わかるかな〜?』


「はひっ!? ル、ルーリーちゃん…そ、それは…その…わたし手品…得意、で…エ、エリカちゃん、に頼、頼まれて…手品ーナって…泣き虫ナーナじゃなくなるって…ううっ、ぐすっ、ぐすっ…」


『くっ、荒花さん…しくじりましたわね……!』


『エリカあんた…わたしらの前でよくそんな事出来るわね…』


『違いますわ! 不足の事態を防ぐためですわ! だからその紐はしまって下さい──』



 この後結局、班分け方法を巡って、高速であっち向いてホイしながらくじ引きしてさらにアミダというわけのわからないカオスになったっけ…


 先生と他の男子は何故か皆ガタガタ震えて寝ていたけど、あれはフリだったのか…


 まあそれはいいか。


 つまり何が言いたいかというと、そう、プロパガンダである。


 特定の主義や思想を強調し、広く知らしめる宣伝戦略、つまりは心理戦、あるいは情報戦と言えばいいか。


 例えば「魔王討伐のためには勇者という力が必要」で、「救世大教会にはその勇者を召喚できる技がある」と、宣伝することにより、教会の権威を押し上げ支配力を高める、などがある。


 多くは為政者が行うことで人々の意見や態度、感情、行動などの世論を統治しやすい方向に誘導しようとするアレのことだ。


 こっちの世界ではビジネスや戦争、宗教などに幅広く使われているけど、アレフガルドでは、救世大教会の下、正に僕がそのプロパガンダの先兵だった。


 だからこそ思う。


 あの学級新聞はプロバガンダだったのではないかと。


 翻って思い出してみると、当時クラス委員だった桃ちゃんと永遠ちゃんが先程のように率先して、学級新聞を決め、貼り出し、出口調査をしていた記憶がある。


 まあ、その時はなんか機嫌悪いな、くらいしか思わなかったけど、普段彼女達とピリピリとしていた愛香や聖、エリカさえも協力的だったことを思い出す。


 純と未知瑠は置いておこう。


 いや、なんか思い出すと腹立たしいからまたお仕置きしよう。ナニとは言わないが、パチンパチンしよう。


 違くて。


 つまりアレは選別していたのではないだろうか。徐々に教室に来る女の子達が減っていった事からおそらく間違いないと思う。


 炙り出すなんて、その時の僕は、みかんの搾り汁で絵を描くんだとばかり…


 僕はなんていろいろ鈍感野郎だったんだ。


 しかし、桃ちゃんか。懐かしいな…元気してるだろうか。



「何か…別の女の事を考えていますね」


「ふむ。こうしてはどうだろうか」


「ぅっ!」


「うはぁ、まだまだ元気じゃんっ」


「この子すごいよね…もうパンパン…僕たまらないよ。清恋ちゃん、もうあげていいかい?」


「まだですよ。まだまだ絞らないと反撃されますから。皆さんもう一度いきますよ」



 ちなみにプロパガンダの元々の意味はご存知だろうか。


 種を蒔くとか広めるとか、そんな意味なんだ。


 つまりこの小さい身体では、もうそんなにはプロパガンダれないんだよぉぉぉぉぉ!!


 あーれ〜!!


 

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