兄妹

| 藤堂 京介



あれから四人で打ち合わせた後、絹ちゃんの家から帰ってきた。まだ明るいので二人とも送らなくて良いそうだ。絹ちゃんって呼んで欲しいんだってさ。かわいい。


あのあぶなすぎる水着は絹ちゃんの案だった。なんでも模型店のおじいちゃんが趣味で買った塗料で、町内会の催し物に使う予定のサンプルだったようだ。


水溶性で体に害は無いらしい。サンプル量しかなく、瑠璃ちゃんが合流したため量が足らず、あぶなすぎるスク水があぶなすぎるビキニに変わってしまったらしい。



自宅は静かだった。本当に昨日から今朝にかけての騒ぎが嘘のようだった。これが祭りの後か…


「ただいま、未羽みはね


「おかえりなさい。兄さん」 


今朝はいろいろ呼ばれたが、兄さんで固定したのか。泣きながらおにぃ、おにぃ言ってたのにな。次は何系だろうか。


服もちゃんと着てるし…いや、それが普通か。


由真と響子はもう居ないようだった。



「……二人は?」


「帰ったわ。流石に連泊は出来ないって。兄さんにありがとうって」


「そ、そっか」



あんなに労ってくれたのだから、ありがとうはこちらのセリフではないだろうか。今度会ったら言わないとな。でも何と?


何を言うにしても、学校…ではなかなか言いにくいか。言われたくもないだろうし。遊びに来たときで良いか。



「あの、それでご飯作ってみたんだけど」


「今日は僕じゃなかった? いいの」


「ええ、これから毎日修行するわ。だって兄さんに全然敵わなかったし。兄さんに美味しいご飯をずっと作ってあげたいし」


「そ、そっか。修行か、良いんじゃないかな」


「それで、その、今度教えて欲しいんだけど…」


「…いいよ、やろう」



和食みたいな感じにだいたいなってしまう魔法調理しか知らないけど…いいのかな。


あと優先順位は、お腹!旨い!早い!の順番なんだけど。


「えっと、それで、その、お、美味しくできたら、ご、ご褒美がほしいの」


「…いいよ。できる範囲ならね」


ご褒美は何が良い? とは聞かない。


聞かなければ何とかの猫だ。開いた瞬間飛び出してきた裸ミニスカニャンコは最終的にはゴロニャゴロニャと濁声だみごえを鳴らし泣いていた。三人ともか。


違くて。


今日の朝の未羽の態度から想像するに、そんなに無茶は要求しないだろう。ある程度の気遣いは感じていたし。ただ、安易な予想はもうしない。僕は学んだんだ。


「ふふ、嬉しい。簡単にデキることよ。ご飯用意するから座って待っていて!」


…簡単が一番難しいって異世界で学んだ。こちらでも多分そうだろう。どうにも簡単に聞こえないのだから。


振り返って台所に行く彼女の姿が、あぶない水着姿にダブって見えた。





夕食後、兄妹二人だけの紅茶タイム。やっぱり紅茶はいい。落ち着く。二人で並んでソファに腰掛け、料理の話など他愛のない会話をしていた。


だが、徐々に感謝祭の話に持っていこう持っていこうとする意志を感じだしていた。圧を感じだしていた。話題を変えようにも、帰還してからの話題は出せないものばかりだった。そこは勇者じゃないんだよ。


そして本題が始まっていった。





「…でね、響子も由真もそんな風に感謝祭出来て嬉しかったって、満足してたわ。そう、またさせて欲しいって言ってたわ」


「そ、そう。年一回くらいでいいんじゃないかな〜…。お祭りなんだし…」


まだ祭るつもりだったのか…


そもそもなぜ感謝されていたのか。なぜお祭りにまで昇華させたのか。そして神輿はいったい誰だったのか。まだわかっていないことだらけだった。


だが、その謎には僕は触れない。勇者だってにげる、を選択する時もある。僕は学んだんだ。


わかったことはどうやら祭りは響子発案によるものだったようだ。



「でね、朝もすっごい楽しくって、みんな初めてのことで白黒しちゃって。ふふ。まさか響子が一番を狙ってたなんてうっかりしてたわ。全然気付かなかった。くすっ、油断大敵ね。真似っこなんて言って。後で謝ってきたけどね。しかもそもそも由真抜きで考えてたみたい。あの二人仲良いけど、ライバル視してるし」


「へ、へぇー」


朝! ついに直接出してきた!


風呂ぶっかけからお風呂洗いへ、そして朝の逆レからのカウンター……全部言うとか勇者かよ…。


1対1と1対3じゃあ踏み込む話題を選択したり強弱つけたりした方がいいのではないだろうか。


そして1対1だとしばしば度胸が試される。明け透けに語る様は、こう、ドキドキとか楽しまないのだろうか。あんまり恥じらいがないのは嫌かな。


「でね、今日昼に目が覚めた時、三人とも心から幸せだったわ。ふふふ。だから…なかなか…ベッドから…出れなくって…いろいろと…話を…したの」


「へぇー…うん?」


幸せなら良かったんだけど、なんだか様子が…俯いたせいで瞳の色が見えない。


「…由真も…響子も…それに私だって…腰が抜けて…頭の中真っ白で…空に…打ち上がって…落ちてこれなくて…みんな…初めてなのにって」


「………そ、そぅなんだね〜」


あれ? そこまで踏み込むの?


そっとしない?


僕はあんまり、内容を話されたくないほうなんだけど…性格少し変わるし。ましてや本人に言うとか。それにこの前振りな感じは…



「……そこで…疑問が…あがったの。なんで…あんなに…上手いのかって。ぅふ…なんでなのかなぁって…教えて貰え…あっ! 兄さんっ! 待って! 怖くないからっ!ね?待って! もうっ!」



やっぱりだった!


怖いよ! 絶対、異世界バージンブレイカーなんて言っても誰も信じないよ!


頭おかしいって言うに決まってるよ!



勇者京介は逃げ出した。

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