勇者 瑠璃の大冒険1
| 新津 瑠璃
土曜日の昼下がり。わたしは久しぶりに絹ちゃんの家に向かっていた。
昔はよく遊びに行っていたけど、高校生になってからは初めてだよ。高校違うしね。
確かN-S高校だっけ。通信制の高校だ。
「ふんふんふーん」
スキップ、エン、ターン、ジャンプ、ステップ、エン、ターン。
「ふふふ」
往来で繰り広げる喜び表現。
鼻歌も、追いかけてくる。
昔、京介くんに褒めてもらったキレあるターン。
ミニスカートだけどお構いなし。
高校生になってスキップして恥ずかしいなんて思わない。ちょっとパンチラしちゃうけど、恥ずかしいなんて思わない。普段はもちろん思うけど。
「ふんふっ、ふふーん」
周り、誰もいないし。いいよね。
それくらい心が跳ねている。
今日は絹ちゃんに魔法動画を見せてもらう約束だった。約束してないけど。
「わたしの〜かれは、マジシャン♪まほう、つ、か、い〜♪ちょっとイカしてるけど〜あれのリズムはサイ、コ〜♪だったよ〜♪」
それはそれは替え歌も出てきちゃうよ。
私の彼は魔法使い。
……良き。
昨日の円卓で話し合ったとき、流出が怖いからコピー不可の動画にするまで待って欲しいと言っていた。なんか難しいそう。ほんとかな〜。
お家の鍵の場所は知ってるから見たいときは勝手に来て見ていいって言ってた。言ってないけど。
前もって絹ちゃんの今日の予定は聞いている。今日もいつもの諜報活動だ。なら、だいたい夕方まで居ないだろうから一時間前に出れば大丈夫だね。
それにおじいちゃんとおばあちゃんは町内会の慰安旅行、お父さんお母さんはラブ旅行に行ったって言ってたし。
まあ見つかっても絹ちゃん優しいし、大丈夫だよ。昔から写真が欲しくて欲しくて忍び込み、見つかった時はいつもしょーがない。って許してくれてたし。
多分。
PCのロック解除? 大丈夫大丈夫。だいたいの円卓メンバーのパスコード、京介くんの誕生日だし。もしくは京介くん誕生日+自分の誕生日だし。
家の鍵、クリアー。PCロック、クリアー。絹ちゃんにはテレパシーで、クリアー。
なら向かっちゃうでしょ!
びゅーん!
◆
絹ちゃん家、ランペイジ模型店の横道から勝手口に向かい、絹ちゃん家の正面に回る。勝手口は鍵がかかってないからいつものコースだ。
玄関脇、左から2個目の植木鉢を持ち上げながら、コマンド、
「しらべる、!。勇者瑠璃は魔法の鍵を手に入れた〜。チャラララーチャララン♪」
植木鉢の下に鍵を見つけた。知ってた。
期待感からつい主人公になった気持ちになってふざけてみる。さあいざ冒険冒険。
ただの家宅侵入だけど。
玄関で靴を隠し、正面一番奥にある絹ちゃんの部屋に入る。机の上のノートPCを操作する。認識をパスコードに変え、こほん。
「勇者瑠璃は魔法の呪文を唱えた。……ビンゴ!勇者瑠璃は魔法の扉を開けた〜。ざっざっざっざっ♪」
やっぱり京介くんと絹ちゃんの誕生日組み合わせだった。知ってた。踏み入ったのは親友の部屋で、開けたのはノートPCだけどね。
「あれ? なんだ、ついてるラッキー」
多分直前まで見て居たんだろう動画がすでに用意されていた。探す手間が省けた。再生再生っと。……あれ、これ…なんか昨日のと違うし。
………あ、これリピート用か!
も〜絹ちゃんたらいっつも一人で楽しんで〜
「しょーがないな〜」
しょーがないのはわたしなんですけど。
絹ちゃんはたまに自分と京介くんのコラ合成作ったり、京介くんを水着写真にコラしたりして楽しんでいる。
一度見つけた時はわたしにもあげるからどうかどうか他の円卓には黙っていてと頼まれたな〜。
高校入学して、三カ月。そろそろ他にも何か作っているはず…でもまずは動画動画。
「やっぱりいい………濡れる」
ふと、動画のトータル時間を見ると三時間超えになっていた。ふふっ。なんか絹ちゃんらしいな。
……………今から、三時間か。
良き。
肩がけしていた黄色の小さなサコッシュから丸めたハンカチを取り出す。そっと開くと、昔京介くんがくれた消しゴムが現れる。お名前付きだ。
…これは悪い魔法使いからの石の魔法攻撃。
「………はー、はー、いい、これいい。勇者瑠璃は悪い、ん、魔法使いに、んんっ、魔法をかけ、られた、んっ」
勇者瑠璃はメロメロになってしまった!
勇者瑠璃に100のダメージ!ぁ!
勇者瑠璃に100のダメージ!ぁあ!
勇者瑠璃に100のダメージ!ああっ!
勇者瑠璃は、死んでしまった……。
うう、今までで一番早かった……
『おお、勇者瑠璃よ、こんなに早く逝ってしまうとは、なんと情けない…』
なにをー! 京介くんは、ほんっと悪い魔法使いだよっ! でも勇者瑠璃は負けない!
もっかいだー!
「んんっ」
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