第86話 普段通りに
宗次から得た不審者の情報は真っ白なローブ姿で、所々に金色のラインが入っており、両肩にデッカイパットみたいなのがあって肩幅が凄い事になっていたというもの。
その情報をもとに一真は知り合いの絵師――渋沢栄治――にイラストを描いてもらい桃子を通じて政府と共有する。
「ふざけた格好だが剣崎宗次を瞬殺する程の実力者か……」
「しかも、現場には一切の痕跡を残していない事から恐ろしい程の隠密能力っす!」
首相官邸にて一真は慧磨とイラストを見ながら話をしている。
慧磨は一真から受け取ったイラストを目にして、思う部分はあるが宗次の目撃証言なので信用はしていた。
「でも、まあ、もしかすると、すぐに犯人は捕まえれるかもしれないっすけどね」
「なんだって!? もしかして、犯人の居場所を突き止めたのかね?」
「いえ、そうじゃないです」
「では、どういう事なんだ? 犯人をすぐに捕まえられるというのは?」
「殺したと思った人間が生きていれば犯人はどう思います?」
普段こそお調子者でおバカなキャラだがこういう時は意外と頭が切れる一真にハッとする慧磨。
「そうか……! もう一度殺しに来る可能性がある!」
「そうです。宗次先輩は念のために入院してもらってます。当然、俺が作ったゴーレムちゃんが警備をしていますので何かあればすぐに分かりますよ」
「ふむ。それは頼もしいが……大丈夫なのかね?」
「絶対安全とは言い切れませんね。相手の実力が未知数なんで、もしかすると時間稼ぎすら出来ないかもしれません」
「……君が直接護衛をするというのは?」
「それは考えましたが、俺は自由に動けた方がいいでしょう。敵が一人とは限りませんから」
「うむ……。そうだな」
今までは絶対に大丈夫だという自信があった一真だが今回ばかりは流石に心配事が多すぎる。
一真が協力した魔法と科学の融合された新技術でも犯人の特定には至っておらず、まだまだ不安は残っているのだ。
今も頭痛に悩まされながらも使い魔を通して友人知人の周辺を警護しているが成果は一つもない。
「慧磨さん。これは俺が作ったお守りです。肌身離さず持っておくようにしてください」
「分かった。出来ればもっと数を用意してもらいたいが……」
「綾城さんの分までです。それ以上は知りません」
「無理を言ってすまない。私と月海君の分だけでも感謝しなければな」
「いえいえ、お二人にはお世話になってますんで。それじゃ、俺は家に帰ります。何かあれば連絡してください」
そう言い残して一真は転移した。
慧磨は一真から貰ったイラストを月海に回し、各国への共有及びに防衛省、警察庁へ注意喚起を行うのであった。
イラストの不審者を発見した場合は刺激しないように離れ、紅蓮の騎士へ緊急連絡するようにと。
「どうでしたか?」
「慧磨さんにはちゃんと伝えたよ。とりあえず、俺達に出来る事はもうないね。各自、警戒を怠らないようにするくらいかな」
「まさか、貴方でも対処出来ないような事態になろうとは……」
「ごめんね、桃子ちゃん」
「別に謝らなくてもいいです。貴方のせいじゃありませんし」
「そうよ~。武力で言えば貴方は世界最強なんだから私も彼女も傍にいるんだから」
「桃子ちゃん! ずっと俺の傍にいてくれてもええんやで!」
「今は非常事態だから仕方なくです!」
一真の私室には桃子と桜儚が入り浸っている。
仕事関係だからというのもあるが、それ以上に桜儚が言っていたように一真の傍が一番の安全地帯だからだ。
お守りを貰っておけばいいのだが、いざという時に効果を発揮しなかったらと思うと、一真の傍にいる方が安心出来る。
何せ、魔法という規格外の力を持っており、攻撃、防御、回復、支援といった全ての面に置いて優秀なのだ。
それに即死でなければ、どのような状態からでも回復してもらえるので絶対に信頼出来る保険でもある。
「桃子ちゃん! 打算目的で愛がなくても傍にいてくれるんなら、俺はなんでもいいよ!」
ソファに座ってノートPCで作業していた桃子をギュッと抱きしめる一真。
「いきなり抱き着かないでください!」
抱き着いてきた一真を鬱陶しそうに手で押して引き剥がす。
桃子に手で押された一真はソファから転げ落ち、「グエッ!」と蛙のような声を出した。
「非常事態って言う割にはいつもとあんまり変わらないわね~」
「まあ、そんなもんだ。こっちに出来る事がない以上は普段通り過ごすしかない。ただ一応は警戒をしてるがな」
「結構、無理してる感じかしら?」
「目敏いな。分かるのか?」
「職業柄、人の顔色は注意深く見てたからね~。ちょっと疲れてるでしょ?」
「ほんの少しだけな……」
ここで虚勢を張っても仕方がないだろうと一真は素直に疲れている事を打ち明ける。
「正直ね~。男なんだから隠すとかすればいいのに」
「隠されてる方が迷惑な場合もあるだろ。今回はそうだ。俺がぶっ倒れたら、どうするつもりだ?」
「それもそうね……。よし! 私がオイルマッサージでもしてあげるわ」
「俺は桃子ちゃんにしてもらいたい!」
「アホですか」
いつの間にかソファから移動してテーブルの方でコーヒーを飲んでいた桃子は呆れたように溜息を吐いた。
宗次を襲った犯人が宇宙人なのか、異世界人なのかは分からないが、今は警戒するだけしか出来ない。
一真は普段と変わらない生活を送るのであった。
「ところで、異世界人なら貴方と同じように魔法を使ってるのでは?」
「はっ!? そうだ! 魔力の痕跡を辿ればよかったんだ!!!」
何気ない桃子の一言で一真は思い出したかのように立ち上がり、部屋から飛び出していった。
相変わらず忙しない男であると桃子と桜儚は呆れたように笑う。
「現場確認してきた! 魔力は感知できなかったから宇宙人の仕業や!」
「でも、貴方みたいに隠せるんじゃないの~?」
「俺が感知できないレベルの隠密魔法なら確かに分からん。が、多分そんな奴はおらん」
「その根拠は?」
「勇者だった俺以上に魔法が得意な奴は魔王、賢者、賢者候補の三人くらいだ。だから、異世界人ていうのはあり得ない!」
「貴方とは違う異世界から来てたらどうするんですか?」
「そりゃもうお手上げですね!」
一真が帰還してきた異世界の住人ならば問題はないだろう。
腐っても勇者である一真よりも強い存在はもういないのだから。
しかし、桃子の懸念しているように一真の知らない異世界の住人がこの世界に来ているのなら話は別だ。
魔力ではない未知の力を持っていると考えれば一真が知覚できないのも納得できる。
とはいえ、あくまでも予想なのでまだ断定したわけではない。
油断は出来ないが、少なくともかつて救った異世界の住人でない事は確かであった。
「でも、もしも、貴方の知ってる人物だったらどうするの?」
「殺すよ? たとえ、仲間でも踏み越えちゃいけないラインはあるさ」
ゾッとする程、淡白な声だった。
かつて背中を預け、戦場を共にした仲間だというのに、そこまで非情になれるのだろうかと不安であったが、そのような心配は必要なかった。
「ドライね~……」
「悲しいけどね。でも、どんな理由があろうとも友人を殺そうとしたんだから殺すよ。出来れば殺したくはないけどね」
「イヴェーラ教の神藤真人を生かしておいて、よく言えますね」
桃子の鋭いツッコミに一真は反論出来ず、明後日の方向へ顔を向ける。
「なんだか不安になって来るわね……」
「ま、まあ、大丈夫だ! その時がくればその時に考えるさ!」
「テンションとノリだけで生きてる貴方だと心配で仕方ないですけど」
「血が……血がそうさせてるのです……」
「ギャンブラーの屑パパにパパ活ママだものね~」
「やめろよ! カスのサラブレットみたいに言うのは!」
トンビがタカを生んだのではなく、トンビがトンビを生んでしまったが運よくタカに育てられたというとんちのような存在が一真だ。
ただ、やはり彼の体に流れているのはクズとバカの血である事に違いはないだろう。
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