第13話:ヤマアラシのジレンマ
学校を出て駅に向かった。そういえば、さっき送ったメッセージの返事が来ない。二見さんからは「私も楽しみにしています」と返事があった。返事がないのは天乃さんの方。
とりあえず、帰り道なので、スーパーには顔を出すつもりだけど、天乃さんに買い出しの荷物を全部持たせるのは気がひけた。
2Lのペットボトルとか、1.3Lの油とか地味に重い。それだけならば持って帰ることは楽勝だけど、ジュースを2本買って油を1本買ったらそれだけで5kgを超えている。
その他、食材を買うと10kgなんてすぐに超える。すぐに男でもガサガサ袋の持ち手で指がちぎれるかと思う程の重さになってしまう。
買い過ぎなければいいと思うのだけど、それだと何回も買い出しに行くことになるので、ある程度の量はまとめて買いたいところ。
僕が来る前は天乃さんどうしていたんだろう。割とガチで心配になった。
「へい!彼氏!スーパー行かない?」
駅までの道で後ろからポン、と背中を叩かれ呼び止められた。斬新なナンパ文句だ。
振り返ると、制服姿の天乃さんがいた。ニカッと可愛いながらもカッコいい笑顔で、親指が立てられて決めポーズで立っていた。
トレードマークの耳の辺りのリボンが長い髪と共に揺れた。それはテレビCMか映画の1シーンみたいにキマっている。
こんなダサいセリフも、可愛い子がやるとキマる。若干つり目気味の小悪魔フェイスも実に可愛い。世の中は「KAWAII」に寛大だ。
やっぱりなぁ。なんとなく、先に帰らなかった気がしていたんだ。だからこそ、学校にいるうちにメッセージを送った。サラリーマンのお父さんじゃないのだから、帰るコールをわざわざする高校生がどれだけいるだろう。
「ちょっと、こんな可愛い子が声かけたのにリアクション薄くない!?」
「いや、声かけられた瞬間、色々理解したので」
「こっちは3スターズぞ!?」
普段、クラスでどんな振る舞いをしているのか一度見てみたい。天乃さんは3スターズでも清楚系アイドルだと思っていたけど。僕の知ってる天乃さんは、理想を追い求める理想家でちょっと面白い人。そして、面白い人。大事なことは2度言った。
「買い出し行きますか」
「ちょっとその義務的な言い方やめてよね。買い物よ、か・い・も・の」
どう違うのか僕には分からなかったけど、「買い出し」という単語がお気に召さないらしい。僕は苦笑いしながら言い直した。
それにしても、天乃さんがなんとなく一人で買い物に行っていない気がしていたけど、当たってしまった。二見さんという彼女ができたのに、天乃さんという姉の方のことをよく理解しているのは問題だ。
そうでなくても、二見さんは天乃さんと張り合っている節がある。色々改善の余地がありそうだ。それが元でせっかくできた彼女に振られてしまうのはもったいなさ過ぎる。
***
地下鉄で家の最寄り駅まで戻ってきて近所のスーパーに着いた。天乃さんと歩くといつも思うことがある。
可愛い子は人からすごく見られている。
平日のスーパーなので男性客はあまりいないのだけど、すれ違ったりするとチラチラ視線を感じるのだ。天乃さんと一緒に歩いているから初めて気づくことだった。
それだけ普段僕は見られていないかの証明にもなってしまっているけど。
「どうしたの?」
「いや、めちゃくちゃ見られてないですか?」
「そう?普通じゃない?」
あぁ、一つ理解した。可愛い子は、普段からよく見られて、「可愛い可愛い」と褒められて育つ。そりゃあ、もっと可愛くなるし、洗練もされるだろう。人生イージーモードだ。
逆に可愛くないと、いじめられて人を恨んでもっと可愛くなくなっていく。人生ハードモードだろう。
そういった意味では、僕はせめて誰にも干渉されずにノーマルモードを選びたい。ただ、こればっかりは、ゲームみたいに自分で選ぶことはできない。
ん?気付けばカートがどんどんいっぱいになっていく。天乃さんが次々食材や調味料を乗せていっているのだ。
「あの……天乃さん?」
「どうしたの?」
「買うもの多くないですか?」
「せっかくの男手だもの。今まで買えなかったものをドンと買いたいじゃない?」
僕はカートの上の大量の買い物を見ながらぼんやり考えていた。実は、五十嵐の家を出ようと思っていたのだ。
元々、僕の家じゃない。鉄平氏の配慮でしばらくしていいと言ってくれたし、僕も同意したけど、それはあくまで期限付き。永遠じゃない。
風呂に入ることも忘れていた、着替えることも忘れていた、いわば心が壊れていた僕が「普通」になるまでの期間。
そういった意味では既にその期間は終わったのではないだろうか。ちゃんと顔も洗うし、服も着替える。学校にだって通えている。
二見さんという彼女ができて、嬉しいはずのイベント目白押しのはずが、ふたを開けてみたら一番接しているのは天乃さんだ。朝一番に会うのも天乃さん、寝る前に最後に会うのも天乃さん。
彼女の作る料理を食べて、彼女の維持する家に住まわせてもらって、僕は一体何なのか、と。家事も全然手伝っていないし、手伝わせてもらえない。
受け入れてもらっているようで、受け入れてもらえていないというのもある気がする。ここらで線引きが必要だと考えていた。
(ドン!)「これも買って行きましょう」
天乃さんが10kgの米の袋をカートに乗せた。
「天乃さん、僕そろそろ出ていこうと思います」
「ええー!?さすがに10kgは調子に乗りすぎた!?じゃあ、5kgで我慢する」
「……」
「違うの?じゃあ、2kg?」
頭の上に「?」が浮かんでいる天乃さん。気づかないのか、気付かないようにしているのか。
「そうでなくて、お世話になりすぎてて……」
「な、なに言ってんの!流くんがいなくなったら、誰が買い物手伝うの!?」
「そんなの、僕がいなくてもなんとかなってたし……」
荷物を全部カートの上に置いて僕の前に詰め寄ってきた。
「作りすぎた料理は誰が食べるの!?」
「作りすぎなければいいだけで……」
天乃さんの勢いが収束していく。下を向いてしまった。その表情は見えない。
「同じお父さんの……子供じゃない……」
「それはそうだけど……」
「私の弟を……私から奪わないで……」
「それは……」
僕はこの同じ年の姉と一緒にいていいのだろうか。父親同様に人が良くて、憎むべき対象の僕にも情けがかけられるこの人が良すぎる少女と。「ヤマアラシのジレンマ」だ。彼女が僕に近づけば近づくほど彼女自身が傷つくのではないだろうか。
不安そうな表情。僕はこの可愛い少女にこんな表情をさせ続けるほどメンタルは強くない。
「ごめん、分かった。もう少し一緒にいる」
カートを持っている僕の袖をちょこんとつかむ天乃さん。
「じゃあ……」
「ん?」
「やっぱりお米は10kgね」
どんだけ米買いたいんだよ!!
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