第12話:仙人に相談もしくは妖精
放課後、帰りに買い物に行くと天乃さんに言われたけれど、僕には行くべきところがあった。少し時間を遅らせてもらって、部活に行くことにした。
僕の部は「読書部」。
もっとも幽霊部員で名前貸しのためだけに部に入っているのだけど。
(ガラッ)「失礼します」
10畳ほどの教室としては狭めの部屋に壁一面に本棚が据え付けてある。ここは読書部。その名の通り本を読むための部。ただし、実質部員は一人。文庫本から目を話さないこの女生徒が一人だけだ。
彼女の名前は、
読書部の部長で、3年生。僕からしたら先輩。そして、読書部のたった一人のアクティブ部員。肩までの黒髪が綺麗で背は低く幼女のよう。表情はほとんど「無」。
クラスでは二見さんがクールビューティー担当みたいに言われているけど、僕からしたら姫香先輩の方がクールビューティーだと思う。顔立ちは整っているし。
彼女もまた3スターズの一人。言うならば、「妖精担当」だろうか。いや、「妹担当」だろうか、先輩なんだけど。
スタイル的には胸のボリュームで天乃さんや二見さんに劣るものの、スレンダーという意味ではマイノリティながら熱狂的なニーズがありそうだ。全体的に線は細い。
「座ったら?一応部員だし」
相変わらず、声が幼い。時々実は年下ではないかと思うこともある。その彼女が言うように確かに僕は「一応部員」だ。
僕がここに来るときは、決まって彼女に相談するときだけ。僕がここに来たという事は、既に彼女には相談に乗ってもらいに来たという事が伝わっていると思う。
「……」
「……」
長机にパイプ椅子という仮の部にも思えるけれど、ちゃんと運営されている読書部。彼女の斜め向かいに座って文庫本から目を離さない彼女の顔を見てみた。目がせわしなく上下に動いでいる。これは速読ではないだろうかと思う程読むのが速い。
僕はパイプ椅子の背もたれに体重を預け、ちょっと伸びをした。このところ気を使ったり、体力を使ったり、大変なことばかりだった。
姫香さんは表面的に無反応で少し冷たくも見える。でも、信頼していい人だ。そして、表面的ではないけれど深い優しさを持った人。僕は彼女を絶対的に信頼していた。
姫香さんがしおりを本に挟み、パタンと文庫本を閉じた。
「で?どうしたの?」
話しかけていいらしい。本を読んでいる時は彼女は本に集中しているので、ほとんど何を言っても聞こえていない。さっきの座ったらいい、と言ったのもかなり珍しい感じ。文庫本を置いた今は、話を聞いてくれるタイミング。
「母が他界しました」
「そう。先生が……」
姫香さんは僕の母を先生と呼ぶ。
「今度、線香でもあげさせてもらおうかな」
「はい、お願いします」
そういったところで、思い出した。
「あ、すいませんが、いつでも大丈夫ですが、事前に教えてください。いまは他所でお世話になってて」
「へぇ、昔みたいね」
母さんがなくなった今、僕の過去を知っているのはもう、この姫香さんだけだ。
「今日はそのこと?」
「あ、いえ。実は、最近、姉と彼女ができまして……」
「なにそれ。忙しい人生ね」
自分でも言葉にして分かった。なんか目の前で色々なことが一遍に起きている。静かに過ごしたいという自分の考えとかけ離れていることに思わず苦笑いが出た。
「それで、彼女のことを教室内で公言して良いのか、と」
「私のところに自慢に来た、と」
「そういう訳じゃありません。僕は目立たないように過ごしたいけれど、そうもいかないみたいで……」
「姉と彼女がどんな人か言ってみて」
そうだった。僕は姫香さんに姉のことも彼女のことも言ってない。彼女たちがどちらも3スターズであることを伝えた。
天乃さんのことは、背中くらいまでの髪の長さで耳の辺りで左右に小さなリボンが付けられている子で、大きな目が特徴的で、ちょっと小悪魔的にいたずらっぽく笑う事などを僕の知る限りを伝えた。
「あぁ、あのアイドル娘ね。人と人のつながりは面白いわね」
そんな感想?ただ、姫香さんも知っていたみたいで、天乃さんの特徴と名前をを言うと「アイドル娘」と表現した。僕の認識と概ね違っておらず、伝わったみたいだ。
次に、二見さんについても伝えた。栗色の長い髪でダバーッとロング。少したれ目な感じで、クラスではクールビューティーなんて呼ばれていること。普段あまり話さないのに昨日カラオケに行くときはすごく話していたこと、告白されたことなどを伝えた。
「あぁ、あの子。彼女は秘密が多そうね」
「そうなんですか?」
「もっとも、あなたより秘密が多い人なんて他にいないだろうけど」
「それを言われると……」
こちらも知っていたのか、二見さんがどの人か分かったみたいだ。普通なら3年生の彼女が2年生の生徒のことを知っていることはないだろうけど、彼女たちは3スターズ。学校内では有名な存在だ。
そして、姫香さんもまた3スターズの一人に数えられている。だから、元々ある程度興味を持って見ていたのかもしれない。
「女が秘密を持つのは普通のこと。箱を開けて何が出てきても受け止めてあげなさい」
何が出てくるというのか。ヤンデレは困るなぁ。あの綺麗な顔で怖く笑われたら本格的にサイコホラーだ。できれば、ラブラブハッピーがいいんだけど……
「なんのつながりもない三人だと思っていたけど、こんなところに接点ができるなんてね」
姫香さんがふふっ、と静かに笑った。その視線が僕の方を向いていたので、その「接点」とやらは僕のことだろう。別に集めたくて集めた訳じゃないけど、たまたま今の状況になってしまったのだ。
「それで、僕はどうしたら……」
「ふふふ、面白いから色々やってみたら?ちゃんと見ていてあげるから」
「それじゃ、アドバイスになっていませんよ」
「元々、私たちは
「そうですけど……」
僕と、姫香さんの関係は何もない。親でもなければ姉弟でもない。そして、その関係を知っているのは母がなくなった今、僕と姫香さんの二人だけ。僕たちが無関係と言ってしまったら無関係となってしまうのだ。
「まあ、アドバイスするなら、クールビューティーとデートでもしてみることね。向こうから近づいてきたんだ、自分のことを伝えたいんじゃない?」
「なるほど」
ちょうど今朝、デートにも誘われた。
「あと……」
「はい」
更に追加のアドバイスがもらえると思って姫香さんの顔を見て返事してみた。
「もう書かないの?」
「中々まとまらなくて……」
「書く」とは小説のこと。僕はずっと小説を書いていた。それも姫香さんのアドバイスだった。残念ながら最近は書いてない。
「それだけ日常で色々あったらそっちの方が楽しそうね」
「
「
姫香さんは、幼女のようなのに甘えて来ない。逆に、一つも甘えさせてはくれない。ただ、見捨てもしない。
学校内で僕と姫香さんの関係は「同じ読書部」という事になっているけれど、僕が幽霊部員なので、全くの皆無と言っていいだろう。そもそも部として存続するために名前貸ししたようなものだ。
「じゃあね」
続きの話は受け付けてくれないらしい。再び文庫本を開いてしまった。こうなったら何を言っても答えは返ってこない。
僕的には、仙人か何かに教えを請いに行っているようなイメージなんだけど、抜本的解決がなされるようなアイデアはもらえなかった。「お供え」でも必要だったのだろうか。まあ、仙人でなければ、妖精の方が似合うかもしれない。
僕は読書部を出て帰ることにした。
『今から学校を出ます。近所のスーパーに合流でいいですか?』
とりあえず、天乃さんにメッセージを送った。
『一緒に帰れなくてごめんなさい。週末楽しみにしています』
二見さんにもメッセージを送った。別に姉にメッセージを送ったからバランスを取るためじゃない。断じて違う。あと、姫香さんが言った、「二見さんの秘密」は気になった。彼女はまだ知らないことがたくさんある。
そんなことを考えながら僕は靴箱に向かって帰路についた。
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