第10話:まちぶせ

天乃さんとの出会いを思い出して逃避していたけど、それはもう1か月も前の話。僕がいま向き合うべきは、二見さんだ。僕と天乃さんが姉弟だと聞いた途端、僕に告ってきたのだから。


天乃さんと二見さんの共通点と言えば、どちらも可愛く甲乙つけがたい優れた容姿という事。3スターズなんて異名も付くほどの二人。


二見さんがやきもちを妬いて僕に告ってきたならば、嬉しいけれど、世の中はそんなに単純にはできていない。何らかの思惑があって僕に近づいてきたと考えるのが自然だろう。ああ、朝から気が重い。



「あんたねぇ、せっかくご飯作ってあげたんだから、美味しそうに食べなさいよ」



いつもの様に制服で朝食を作る彼女は「女子高生妻」みたいだ。まあ、僕が作った言葉だから誰にも賛同は得られないと思うけれど、ちょっと「エロ」も入っている感じ。


その女子高生妻でもある、我が家の3スターズ様に叱られた。ごもっともだ。



「すいません。ちょっと気が重くて……」


「昨日は、あんな可愛い子と付き合う事になったんでしょ?何が気が重いのよ」


「僕なんかを純粋に好きになる訳がないでしょう?彼女が何を考えているのか分からなくて……」


「そんなの本人に聞けばいいでしょ!彼女なんだから」



確かに、それも一理ある。ただ、世の中の人の全てが正義の人、天乃さんではない。本当の事を教えてもらえるか……



「はい、じゃあ、これ。お弁当」


「え?今日も?」


「今日も、じゃなくて毎日よ。美味しいご飯食べたいじゃない!」



確かに。食堂やパンと比較しても天乃さんの弁当はレペルが違う。ただ、毎日弁当を作ってもらうなんて申し訳ない。


そもそも、昨日の弁当だって「昼食どうしているの?」と聞かれたので「パンを買ったり適当です」と答えた時、「お弁当があったら食べる?」と聞かれたので「はあ…」とイエスともノーともとりにくい返事をしていた翌日に突然作ってくれたのだった。



「……もしかして、迷惑だった?」



ちょっと控えめに上目遣いで聞いてきた。どこにこの美少女が作った弁当を迷惑だという男がいようか、いやいるはずない(反語)。背中までの長い髪が振り返るたびに毛先が遊んでつい見てしまう。


日によって色が違う左右対称の耳の辺りに付けられたリボンも気が付いたら目で追っている。普段いたずらっ子が地のようなキラキラ笑顔の彼女が不安そうに上目遣いで見ている時点で心は矢か何かで貫かれている。



「いえ、嬉しいです。ありがとうございます」


「まあ…いいのよ。1個も2個も手間はそんなに変わんないんだから……」



なんかごにょうごにょと勢いが急激に失速した天乃さん。指遊びの様にもじもじ触っている。どうも調子が狂う。



「あ、じゃあ、時間調整するんで、天乃さん先に出てください」


「は?どういうこと?」


「一緒に歩いてるとこ見られたら、変な噂たてられますよ?」


「そんなの気にしないわよ!姉弟なんだから」


「世間一般では、中々許されない姉弟ですよ?極力秘密にした方が……」


「世間一般ってどこの誰よ!?」



天乃さんは僕に気を遣ってくれているようだ。ここで押し問答をしていても時間の無駄だ。



「僕も新しい彼女ができたので、できるだけトラブルは避けたいんだけど……」


「……しょうがないわね!」



この言い方なら折れてくれたらしい。時々男前なんだよなぁ。


これまでは、色々気まずいので僕が先に出ていたけど、昨日から「一緒の時間に出るように」と言いつけられてしまったのだ。あまりに僕は早く家を出たら弁当を渡せないからだろう。



***


僕は天乃さんから遅れること10分してから家を出た。今はもう合鍵も預かっているので自分で閉めた。


他人の家から通う学校というのは気分も違って少し面白い。五十嵐家の最寄り駅に着き、階段を下りて地下の改札口に差し掛かったところで見知った顔を見つけた。



「二見さん!」


「おはようございます、流星くん」



改札口を過ぎたところに一人立っている彼女。栗色の長い髪は遠くからでも見つける自信がある。ダバーッと長いのは僕の好みでもあった。


色が白くて少しだけたれ目なのも僕の琴線に触れまくる顔立ちだ。彼女は僕の感情を読み、この様な容姿なのではないだろうかと思うこともあるほどだ。


僕との約束はなかったはずなので、誰か他の人を待っているのだろうか。



「え?あれ?ええ!?」


「まちぶせです♪」



僕が混乱していると、彼女の方が先に答えてくれた。「してやったり」という様な表情も可愛い。



「あの……」


「途中で降りました。流星くんの最寄り駅だから」



改札を通ると、僕の方に嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。その嬉しさよ。そして、聞く前に答えられる事の気持ち悪さよ。そして、さり気なく下の名前呼びのこそばゆさよ。



「僕たちが付き合ってる事バレますよ?」


「望むところです!」



昨日の話と違う……恥ずかしいし、トラブルの元だから内緒にしようと話したはずだった。



『姉と彼女……どちらが絆は深いと思いますか?』



満員電車で向かい合って立っている状態で、二見さんが訊ねた。もちろん、喋っていると注目されそうな内容なので、LINEのメッセージで。目の前にいる彼女にメッセージを送る楽しさ。


満員電車とはいってもいつもより少し早い時間なので、混み具合は二見さんが痴漢にあった時よりはいくらか空いている。適度に会話ができる程度には。


一応、痴漢対策として少し早く家を出るようにしたらしい。彼氏としては安心だ。まあ、急に彼氏風吹かせてみたのだけど。恥ずかしくてとても本人には言えない。


そう、彼女の質問の答え。天乃さんが姉を自称しているので姉だと思うようになってきたけれど、僕はずっと一人っ子だと思ってきた。少なくともある時から一人っ子だと強く認識していた。姉と彼女という選択肢で姉の強さはさほどない。



『彼女…でしょう!』


『優等生な答えですね』


『ありがとうございます』


『でも、危うい答えです。彼女は振られてしまえば他人ですけど、姉はずっと姉ですよ?』



そう言った意味では、僕の場合、先月まで姉は存在しなかった。姉っぽい人は他に一人心当たりがあるけど、血縁でもなんでもない。母は他界して、家族というものこそ僕の中では希薄なものだった。



『急にお姉さんができたとしても、今後はずっとお姉さんでしょ?』



僕は二見さんにどこまで話したんだっけ?心を読まれたかの様に先回りした答えが来る。彼女はとても頭がいいようだ。そして、なぜかめちゃくちゃメッセージの打ち込みが速い!


僕は元々MMORPGオンラインゲームをやるのでメッセージを送るのは速い方だ。パソコンでもスマホでも慣れている。それと同じくらい二見さんがメッセージを打つのが速いというのが解せない。とてもすごい。



『絆を深める意味でも週末にデートをしましょう!』


「え?あ、はい」



つい、口頭で答えてしまった。なんだか、トントン拍子で逆に怖い。漫画なら、この先におっきなトラブルが待ち構えているんだ。


二見さんが実はヤンデレとか、実はもう一人姉がいてそれが二見さんとか……それはさすがに辻褄が合わない。


ただ、現実とはいつも予想外のことしか起きなくて、予想通りにことが運ぶことなんてないのが常だ。お互いを知りあうことでそれが何か分かるといいのだけど。願わくば、それが大したことのないものだとありがたい。


デートに関しては、幸い買ってもらった服がある。天乃さんに選んでもらったものだから自信もある。あれを着ておけば大丈夫だろう。



『教室では、付き合ってることを秘密にしましょう』



約束が反故ほごにされそうなので、とりあえず確認を入れることにした。



『それなんですが、昨日帰ってから考えたんですが、余計にトラブルになりませんか?』


『どういうことですか?』


『昨日は、昼休みに五十嵐さんがお弁当を持って来て教室中が大注目でした』


「…はあ。面目ないです」



つい、また口頭で答えてしまった。



『いえ、それは構いません。今日もお弁当を持ってくる……いや、そこまではないか。今日は朝から渡されたはずです』


『あ、はい、そうです』



やっぱり、二見さん頭がいい。色々先読み、裏読みしているようだ。



『私の予想では、今日は感想を聞きに来ます』



ありそうだ。リアルに想像できてしまった。



『ところが、私と一緒にお弁当を食べていればその方が話題になって、五十嵐さんの事は見逃されます。私の姿を見て五十嵐さんが引き返す可能性だってあります』


「たしかに!」



また口で。僕のメッセージ能力ダメだな。



『大きな波をたてたら、小さな波は取り込まれるのです』


「たしかに!」



もう、ちょっと諦めている。相槌程度ならば、口の方が速い。



『でも、心無い人から色々言われるかもしれませんよ?』


「そんなこと私がさせません!」



今度は二見さんの方が口頭だった。ちょっと大きな声で。周囲の注目が集まった。二見さんが真っ赤になって下を向いてしまった。


それにしても、僕よりもタップが速い人がいるなんて……ゲーム仲間に知らせてみよう。きっと驚いてくれるはず。


そういえば、母が亡くなってからオンラインゲームのログインボーナスも受け取るのを忘れていた。今日にでもログインして、みんなに挨拶周りしておくか。もしかしたら、心配してくれている人もいるかもしれない。



『駅から手をつないで行きますか?』


「それはやめてください。僕の心が追い付かないです」


『炎上覚悟です!』


「やめてください」


「ふふふ」



僕たちを乗せた電車が駅に着いた。二見さんが入力したメッセージのうち、1つだけ僕のよく知っている人が良く使うフレーズがあった。まあ、特別な言葉じゃないけどちょっとだけ気になった。

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