7-8
親父は漫才やテレビの仕事がないときに、俺をよく競馬場に連れて行ってくれた。
たしか、阪神競馬場で親父とこんな話をした覚えがある。
「母ちゃんから聞いたで、颯也。お前、ジョッキーになりたいんやってな」
親父はニコニコしながら、俺にそう尋ねてきた。
「なんで笑っとるんや、父ちゃん。それ言ったら俺、母ちゃんに怒られたんやけど」
俺がふてくされながら親父にそう言うと、
「まあ、母ちゃんの気持ちもわからんでもないけどな。自分の子どもが、自分より先に死んでまうかもしれんのが嫌なんやろ。ジョッキーって仕事は、そんくらい危険っちゅうことや」
と、親父はターフの方に向き直りながらそう言った。
「え、俺死ぬかもしれへんの?」
俺が親父にそう尋ねると、
「そりゃあお前、レース中あんなに腰浮かして乗ってるんやで。それで車と同じくらいのスピードで走るんやからな。落ちたら最悪頭からバアンやで。ホンマに」
と、親父は俺にそう教えてくれた。
「俺、なんか急に怖くなってきたわ」
俺がそうつぶやくと親父は、
「でも、カッコよかったんやろ。ジョッキーが」
と、俺にそう言った。
「うん、カッコよかった。俺もあんなふうに、カッコええ男になりたいって思った。そうすれば、また姉貴にブサイクって言われないですむしな」
俺がそう言うと、親父はただ一言、
「そっか」
とだけつぶやきながら、また俺の方を見た。
「なのにあの姉貴、『ジョッキーはチビや』って言いやがって。カッコええんやからええやろ別に。そんでもってなんやねん。俺がジョッキーになったらただのチビなブサイクになる? やかましいわ、ホンマに」
「ハッハッハ」
俺のグチを聞いた親父がそう笑うと、親父は俺にこんなことを言った。
「じゃあ、目指すは『ダービージョッキー』やな」
「『パンティーちゃっちい』?」
と俺が言うと、
「違うわ。『パンティーちゃっちい』やなくて『ダービージョッキー』や」
とツッコんだ後で、親父は俺にこう言ってくれた。
「お前、東京で母ちゃんや姉ちゃんと一緒にレース見たやろ? あれは『日本ダービー』って言ってな。世代の頂点を争う、馬にとって一生に一度しか出られないレースなんや。そんでそれを勝ったジョッキーには、『ダービージョッキー』って称号が与えられる。これはジョッキー全員がこぞってとりたいと願う特別な称号なんや。それになれれば、お前は日本一の男になれる。そうすれば姉ちゃんにも、少しは認めてもらえるかもしれへんな」
俺は親父のその言葉を、忘れるはずもなかった。
「わかった。俺はその『パーティー食器』になって、日本一をとったる。目指すはナンバーワンや」
俺がそう言うと親父は、
「だから『ダービージョッキー』や。そんな難聴やったか、お前」
と、笑いながら俺にそう言った。
「……なあ、颯也。父ちゃんと約束してくれるか? いつか必ず、ダービージョッキーになるって」
親父は俺にそう言って、左手の小指を立てた。
「うん、約束や」
俺がそう返事をすると、親父は今度、
「母ちゃんと姉ちゃんにはナイショやで」
と言いながら、右手の人差し指を口元に立てた。そして俺と親父は、その場でゆびきりげんまんを歌った。
その直後、俺は目を覚ました。
「……夢か」
俺はそうつぶやいて、ベッドから身体を起こす。俺は枕元においていたスマートフォンを手に取り、時間を確認した。
夜中の三時だった。
「まだ寝れるな」
十年近く使っていなかった実家の部屋で、俺は一人そうつぶやいた。
明日は親父の葬儀と告別式がある。寝れるときに寝ておかないと――。
そう思いながら、俺はまたベッドにたおれる。
なぜかいつもよりもよく寝れた気がした。
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