6-9

「雲一つない晴天の下、若駒たちへのファンファーレが響き渡りました、ここ東京競馬場。

 第十一レースはGⅡ『第29回テレビ東京杯青葉賞』です。

 残念ながら3枠5番イコマエクスプレスが発走地点で故障を発生したため競走除外。出走頭数が十五頭から変更となりまして、十四頭で争われます」

 そんなアナウンスが、観客スタンドから聞こえてきた。それと同時に、奇数番の馬たちから先に、係員によって各ゲートへと引かれていく。その後に偶数番の馬の枠入りが行われ、僕が騎乗するファイアも、14番ゲートへと何事もなく収まった。

ふと右隣に目をやると、風早が手綱を握りながら、すっと前を見据えている。それを見て、僕は前へと向き直りながら、一度深呼吸をした。

 そして最後の一頭、15番がゲートに入り、係員が離れる。各馬出走準備が整った。

 そしてゲートが開かれた。

「スタートしました」と言う実況とともに、十四頭の三歳馬が一斉に走り出す。東京競馬場第十一レース、芝コース二四〇〇メートルのGⅡ競走、『青葉賞』の火蓋が今、切って落とされた。

「あっと、11番のセイントシノノメが出遅れた。先行馬が今日は後方からのスタートです」

 それと同時に、観客スタンドの中から、ちらほらとため息や悲鳴が聞こえてくる。僕はそれを聞きながら、ファイアを馬群の先頭につけた。そして手綱をぎゅっと短く握る。なるべくスローペースに持ち込んで、後半から一気にスタミナで他馬と差をつける。それが今回の僕の作戦だ。

「さあ各馬正面スタンド前。これから第一コーナーに差し掛かろうというところ。

 先頭はやはり14番のランナオブファイアが取りました。半馬身ほど離れて、二番手に4番ソコンスフィア。その外には13番のミギカタアガリも来ている。その後は各馬一団となって、一番人気の7番キタサトジェスターは中団の外側にいます。それから出遅れた11番のセイントシノノメは現在後方から。そして大きく離れて最後方に3番のテキサススタイルです。

 各馬第一コーナーから第二コーナーへ。これから向こう正面へと向かって行きます」

 聞こえる。

 後ろから他馬たちが、ファイアを見据えながら追いかけてきているのが、足音で何となく分かった。半馬身後ろには、もう4番が迫って来ていることも。

 よし、追ってこい、追ってこい。ファイアを交わすくらいの勢いで来い。

 このスローペース、本当は11番の仕掛けどころを狂わせるための作戦だったけど、他馬が後ろにいることに変わりはない。

 このままで行こう。このままファイアのペースに持ち込ませる。

「先頭は依然変わらず14番ランナオブファイア。そのすぐ後ろには4番のソコンスフィアがいて、外には13番ミギカタアガリ。現在この二頭が二番手争いをしている。

 一馬身離れて10番セトナイトセブンと、その外から並んで8番ファーストノートはこの位置。名古屋からの刺客は現在四、五番手といったあたりか。

それからそのすぐ後ろ、内から2番のコイノキューピッド。大外には15番のダイヤンポーカーがいて、真ん中からは6番リュウセイブレイブ。この三頭が現在中団の位置。

 7番キタサトジェスターはその中団からやや後方に下がりました。それに外から並びかけるのは12番マイトップスピード。その後ろには1番ファストスパイクがいて、さらにその後ろには11番のセイントシノノメ、依然後方からの競馬です。9番ユウショウドレイクがそれを外から捲っていく。

 そして最後方、大きく離れました3番のテキサススタイル。先頭からしんがりまでおよそ十八馬身ほど。縦長の展開となっています。

 ここで一〇〇〇メートル地点を通過。タイムは一分二秒三。かなりのスローペースとなっていますが、ここで各馬じりじりと先頭との差を詰めてきた」

 僕はふとちらりと後ろを振り返り見る。後方にいる馬たちが、ファイアを目掛けて足の回転数を上げているのが分かった。そして4番はもう、ファイアの横にぴったりとつき、既に外から交わそうとしていた。

よし、今だ。

 手綱をしごくと同時に、待ってましたと言わんばかりの勢いで、ファイアが加速を始める。そのままファイアはぐんぐん加速していき、並びかけていた13番を第三コーナーで突き放していく。その後ろから、13番も追い上げてくる気配を感じた。

「第三コーナーの大けやきを通過。ここで早くもソコンスフィアがランナオブファイアに並びかけた。このまま一気に先頭に踊り出るか。しかしランナオブファイア、内でまだまだ粘っているぞ。そのまま二頭が先頭争いにもつれ込んだ。しかしその後ろからも続々と迫って来ている。第四コーナー、残り六〇〇メートル地点を通過。各馬最後の直線へと差し掛かった」

 負けない。

 自然と手綱を握る手にぎゅっと力が入る。

「先頭は14番ランナオブファイア。並びかけたソコンスフィアはやや後退か。しかし今度は大外から13番のミギカタアガリが来た。内から7番キタサトジェスター。さらにその二頭の真ん中からは1番のファストスパイクも来ている。残り四〇〇メートル。ランナオブファイアまだ粘っているぞ。さあ、後続は届くのか」

 僕はさらに強く手綱をしごき続ける。13番とは四分の三馬身差、1番と7番とはそれぞれ一馬身以上差がある。とはいえ、油断したらすぐに交わされてしまう位置と距離だ。

 だから、このまましごき続けよう。

そうすれば、このレースだって勝てる――。

そう思った、その直後だった。

 突然、ファイアの横に一頭の馬が迫ってくるのを、僕は視界の隅で確認した。

「残り二〇〇メートル。ここで3番のテキサススタイルだ。内から間を縫って抜け出した。テキサススタイル、そのままランナオブファイアに迫っていく」

 そしてその直後、ファイアと並ぶことなく、3番が頭一つ抜け出していった。

「テキサススタイル交わした。テキサススタイル先頭。ランナオブファイア、必死に食らいついていく」

 まだだ。まだ半馬身差。まだ巻き返せるはず。

 そう思いながら、僕はまた強く手綱をしごいた。

 僕はふと先頭の3番を見る。直後、3番の右腹に二発、鞭が撃ち込まれた。

 いや、正確に言えば、そう見えただけだ。

 よく見ると、鞭は3番の馬体に当たることなく、ただ空を切っているだけだった。

 ――空振りした?

 いや、違う。音を聞かせているんだ。

 鞭を振るった時の音。それだけで、ここまで加速させるなんて……。

「テキサスタイル完全に交わした。テキサススタイル、ランナオブファイアを抜き去って今、ゴールイン。

 最後方からの恐ろしい末脚。四番人気テキサススタイル、『日本ダービー』に向けて視界は良好です。そして鞍上早乙女 進、これで実に三年ぶりの重賞制覇となりました。

 勝ち時計は二分二五秒三。最後の六〇〇メートルの通過タイムは三五秒六と表示されています。

 そして掲示板にはすんなりと着順が表示されました。二着は14番ランナオブファイア。粘りましたが惜しくも敗れました。それから三着は7番キタサトジェスター。四着13番ミギカタアガリ。そして五着に1番ファストスパイクとなっています。

 以上、東京競馬第十一レース、三歳GⅡ競走『第29回テレビ東京杯青葉賞』の模様をお伝えいたしました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る