6-3
緑色の胴体に黄色の二本輪が施された勝負服を、僕は自転車の前かごに置いた紙袋に入れる。紫色の袖には、胴体と同様に黄色い二本輪が施されていた。
午後三時半、僕はこの週末に騎乗する他厩舎の馬の勝負服をもらうため、自転車で各厩舎を回っている。今は
サドルに腰を掛けたところで、僕はふと気になってスマートフォンのメモを開く。ちゃんと全部の厩舎から勝負服をもらったかどうか、確かめずにはいられなかった。
よし、大丈夫。松岡厩舎で最後だ。
そう思って、僕はスマートフォンをジーンズの尻ポケットに入れる。そしてハンドルを握り、神厩舎に帰ろうと思った、その瞬間だった。
突然、目の前のほとんどが一気に暗闇で覆われてしまった。
「うわ」と僕は思わず声を出す。でもなぜだろう、僕の視界を暗闇へと変えたそれに、何だか人肌のような温かさを微かに感じる。直後、僕はそれが誰かの両手だということに気が付いた。
「問題。私は誰でしょう」
そんな元気な女の子の声が、僕の左斜め後ろから聞こえる。その声色で、僕は誰の仕業なのかをすぐに察した。
「もう、危ないからやめてよ。
僕がそう言うと、「えへへ」という笑い声とともに、両手の温もりが離れ去っていく。同時に、僕の視界は完全に光を取り戻した。
「ばれちゃいました? さすが先輩ですね」
そう言いながら、声の主は僕の左斜め前まで二、三歩移動する。僕がそちらに振り向くと、澪ちゃんはまるで飼い主に構ってもらっている犬のような、満面の笑みを浮かべていた。
松岡厩舎の専属騎手で、数少ない女性騎手の一人だ。神さんと松岡先生が幼馴染同士ということもあり、僕はたびたび松岡厩舎にお世話になっているけれども、澪ちゃんはそのたびに、僕に声を掛けてくれる。その人懐っこさと天真爛漫さは、本当に犬みたいだと思ってしまうほどだ。
「今日は勝負服をもらいに来たんですか」
澪ちゃんは嬉しそうな表情のまま僕に尋ねる。
「うん。それも終わったから、これから厩舎に帰ろうかと思って」
僕がそう答えると、澪ちゃんは「そうなんですね」と呟いてから、
「じゃあ、私も一緒に行っていいですか。私もちょうど神先生に用があるので」
と、笑顔で僕にそう言った。
「別にいいけど、僕なんかと一緒でいいの」
僕はふと澪ちゃんに尋ねる。すると、澪ちゃんは途端にむっとした表情になった。
「もう、私は先輩と一緒がいいんです」
澪ちゃんが勢いよくそう言った後で、僕は思わず「そう?」と尋ね返してしまっていた。
でもまあ、この後の予定も特にないからいいか。
「いいよ。澪ちゃんがそう言うなら」
僕がそう言った瞬間、澪ちゃんはぱっと晴れたような満面の笑顔になった。その後で、澪ちゃんは少しだけ俯きながら、「えへへ」と、嬉しそうで恥ずかしそうな声を漏らす。僕が自転車の左側に降りて、澪ちゃんの右隣に並ぶと、澪ちゃんは上目遣いで僕のことを見つめていた。僕と澪ちゃんの身長は、そんなに差がないはずだけど。
「じゃあ、行こっか」
僕は澪ちゃんの方を向いてそう声を掛ける。
「はい」と、澪ちゃんは満面の笑顔で返事をしてくれた。
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