5-6

「はい、矢吹です」

 スマートフォンから聞こえた声の主は、私に向かってそう言った。

「今晩は。矢吹さん、今少しだけ時間を頂いてもよろしいですか」

 私は液晶越しの矢吹さんにそう尋ねる。

「うん、大丈夫だよ。どうしたの」

 矢吹さんは私にそう答えた。三月二十一日、月曜日、春分の日。私はこの日全てのレースを終え、中山競馬場からの帰路に着く為に、東京駅まで向かうタクシーを降りた直後だった。平坂先輩も一緒に乗っていたが、これから同じ新幹線で京都駅まで向かう予定だ。

「今日の中京競馬、第七レースで一勝なさったそうですね。おめでとうございます」

 私は矢吹さんにそう言う。

「ありがとう。もしかして、それを言う為だけに電話してくれたの」

 矢吹さんが私にそう尋ねた。

「はい」

 私は矢吹さんにそう返事をする。

「嬉しいけど、何か恥ずかしいな。それに、一着を取れたのは僕じゃなくてボイジャーのお陰だよ。だから、僕の力だけで掴み取った勝利じゃない。でも、気持ちは受け取っておくよ。ありがとう」

 矢吹さんは私にそう言った。どこまでも謙虚な人だ。

「矢吹、誰と電話しとるん? ちょっと貸してくれ」

 矢吹さんとはまた違う成人男性の声が聞こえて来た。

「もしもし、矢吹の彼女さんですか」

 矢吹さんのスマートフォンから、風早さんが私にそう尋ねた。

「今晩は、風早さん。早乙女です」

 私は風早さんにそう返事をする。

「何や、お前かいな。お疲れさん」

 風早さんは私にそう言った。

「お疲れ様です」

 私は風早さんにそう返事をする。

「何か女の声がするから、矢吹に彼女でも出来たんかと思たわ」

 風早さんはそう呟く。

「だから僕は彼女作る気なんてないって」

 矢吹さんが遠くの方からそう言ったのが聞こえる。

「まあ、彼女いたらいたで許さへんけどな、俺は」

 風早さんがそう言った。

「え、何で」

 矢吹さんが風早さんにそう尋ねる声がした。

「リア充爆発しろ」

 風早さんが突然大声でそう叫んだ。

「ちょっと待って、何言ってるの風早」

 矢吹さんが風早さんに語気を強めてそう尋ねた。相変わらず仲の良い二人だ。

「あ、すみません。そろそろ新幹線の時間ですので、私はこの辺で失礼致します」

 私は矢吹さんと風早さんにそう言う。

「おう、またな」

 風早さんは私にそう言った。

「気を付けてね」

 矢吹さんは私にそう言った。

「はい、失礼します」

 私はそう言って電話を切る。東京駅の中の方から、新幹線の到着を告げるアナウンスが聞こえて来た。

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