第3話

「シェリル? ……どうかしら。私の友達の中には居ないけど、何処かの夫人の名前かしらね」

「お父様とお母様の知ってるひとで。あのね、ゆうべ目が覚めて、けんかしているの聞いちゃって。その中で、そのひとの名前が出てきて」

「……」


 明らかにローズの顔がこわばった。


「そう。きっとお知り合いなのね。でもけんかしていた中で出てきた名前だったら、そうそう聞くものじゃないわ」

「どうして?」

「お二人にとって、嬉しくないひとかもしれないでしょう?」

「そうなの?」

「そうかもしれないわ」

 そう言ってローズは目を伏せた。


 さてそれから数日。

 菓子職人も滞在自体を楽しめた、とばかりに元気に出発した。

 その日の午後。

 居間で皆でお茶の時間を過ごしていた時だった。


「旦那様奥様大変です!」


 ローズの侍女が飛び込んできた。

 居ないの? と聞いた時には彼女は頭が痛いから、と言っていたのだけど。


「先ほど私、お嬢様の頼まれごとで出かけたのですが、戻ってみるとこれが……」


 侍女は両親の元に、数枚の紙を差し出した。

 二人の表情がみるみるうちに変わった。

 はらりと落とした一枚をハルバートがすかさず拾った。


「……何だって? 『お母様にはきっと私を見ていて心苦しかったと思います。生まれてきて申し訳ございませんでした』ぁ?」


 ぱっとハルバートは両親の方を向いた。

 駄目だ、とばかりに父は取り返そうとしたが、間に合わなかった。

 手紙の真ん中だったのだろう。

 ハルバートは追いかけられながら声に出す。


「『お父様と、お母様の妹のシェリルの間に生まれた私を見ていて、ずっとお辛かったと思います。安心してください。死んだりはしません。けど探さないでください。遠い空の下で私は皆様の幸せを願っています。バート、マギー、ベリー、皆大好きでした』って、姉さん! ローズ姉さんは!」

「黙りなさいハルバート」


 ようやく息子を捕まえた父は、手紙を取り上げた。


「どういうことだよ! ローズ姉さんは母様の子供じゃないっていうの?」

「……出ていった…… 家出したっていうの?」


 マーゴットも泣きそうな顔で問いかけた。

 そして私は。


「シェリルってお母様の妹のひと? 叔母様? 私会ったことない」

「……そうだ、会うことはできない。シェリルはもう亡くなっているからな」

「貴方!」

「あれは可哀想な娘だ。シェリルと私の間に生まれた……」


 ぱん! とその時大きな音がした。

 母が父の頬をぶったのだ。


「貴方は…… 貴方ってひとは…… 私がずっと堪えていたというのに……」


 目を大きく見開き、母は父を睨みつけた。

 父は慌ててベルを鳴らした。

 メイド達は私達を子供部屋へと殆ど無理矢理連れていった。

 だからその後、何が二人の間で話し合われたかは知らない。


 ただ、それから少しして、母が離れに移り住む様になった。

 父は帰らない日々が増えた。

 私達は母の元に毎日の様に行く日々だった。


 そして姉の歳になる前に、皆全寮制の学校へと入ることになった。

 長期休暇で家に戻ることも次第に減っていった。

 家に戻っても両親が揃っている訳でもない、きょうだいも戻ってくるか判らない。

 私は戻った時には常に母の離れに居着いていたのだが、次第に母は気鬱になっていった。

 そうこうしているうちに、ハルバートは大学を出、マーゴットも社交界に出、縁談も来る様になった。

 そして私があの時のローズと同じ歳になった時、手紙が来た。

 そのローズからだった。

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