第2話
私が八歳になった時だ。
この時の誕生日にも、いつもの通りフランスから有名な菓子職人が呼ばれた。
マルセル・トワイユという名の彼は、それまでの誰より若い職人だった。
ですが積み上げられたシュークリームに飴がけをしたものや、様々な華やかな飴細工を周囲に作り、一つの立体的な絵の様に象ったケーキは今までになく私達を驚かせた。
彼は私達にはこちら、大人の方々にはこちらを、とそれぞれに合った甘さや深みのものを切り分けてくれた。
私には無論、可愛らしい飴細工と、口いっぱいに広がってはすっと消えて行く美味しい泡立てクリームが詰まったシューの小ぶりなものを沢山。
そして姉には、赤い薔薇をかたどった飴細工と、大人向けの味付けをした小さな様々な種類のケーキを更に盛り付けた。
ただ。
その時母は言った。
「今日は誰の誕生日だと思っていますか?」
即座に姉は謝った。
何故? と私は思った。
だってそうだ。
選んで盛り付けたのはマルセルだ。
「そうだね、その赤い薔薇はどうかと思うよ」
父がそういうと、母は瞬時に父の方を向き、きっ、と強く睨みつけた。
ハルバートもマーゴットも気付いていただろうか。
少なくともメイド達は気付いていた。
そして私もまた他のことに気付いた。
どちらも注意には違いないのに、父と母の論点が異なっていることを。
その晩、私はふと大きな声がしているので目が覚めた。
お腹いっぱいになるまで美味しい御馳走を食べた後だったので、いつの間にかソファの上でうとうと……
パーティもそこそこに私は部屋へ運ばれて行った。
そのせいだろうか。
夜中に目が開いてしまった。
私はそっと部屋を抜け出し、声のする方へと歩いて行った。
すると声は、両親の寝室からだった。
「……貴方はやっぱりあの子をそういう目で見ているんだわ!」
「誤解だ。何を言ってるんだ。私はローズの父親だぞ」
「ええ確かに父親ですけど。でもシェリルの子でもあるんですから! 貴方の目がいつまでもシェリルを追ってるのを私は知っているんですから!」
「何だ? いつもいつもそうやってローズに当たっているのはお前の方だろうが? 私がその分父親として気持ちを注ぐのは当然のことだろう?!」
正直、この時のの私にはよく意味がわからなかった。
だから翌日、朝の支度にやってきた乳母に聞いてみた。
「ねえ、シェリルって誰?」
すると私の髪を梳かす乳母の手が止まった。
「……さあ、誰でしょうねえ」
「お父様とお母様の知ってる人よね。誰に聞けば判るかしら」
「さあて…… でも旦那様と奥様には聞いてはいけませんよ」
「どうして?」
「どうしてもです」
乳母はそう言って話を打ち切った。
彼女はそんなこと言わなければ良かったのだ。
そんなこと言われれば、両親と関係のあるひとなのか、といくら子供でもぼんやりと思ってしまうじゃないか。
でも昨晩の言い争いからして、直接聞くのは確かに良くない、と私も思った。
だからとりあえず使用人達に聞くことにした。
執事、家政婦、メイド、広い家の中、立ち働く彼等彼女等はできるだけ姿を見せない様にしている。
その彼等を見つけた時、捕まえて聞いてみた。
だが皆「知りませんねえ」「申し訳ございません」という答えばかりだった。
憮然として外のベンチで足をぶらぶらさせていると、ローズとマルセルが庭を歩いているのを見掛けた。
ローズは楽しそうに薔薇園を案内していた。
私はもしかしたら、と思ってローズの方へと近づいていった。
「ローズ姉様!」
スカートに飛びつくと、きゃあ、と声を立てて彼女はよろめいた。
それを慌ててマルセルは支えた。
すみません、とくせのあるアクセントで彼はローズに向かって言った。
「大丈夫です。もう、この子ったら」
「ごめんなさいお姉様。あのね、聞きたいことがあったの」
「なあに?」
ローズは私の前にかがみ込んで目線を合わせた。
「あのね、シェリルっていうひと知ってる?」
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