日常と非情 7月2日

 週末は無理せずにゆったりと過ごして、杏梨は日常に戻った。


 あんなに日焼け止めを塗ったのに「少し焼けた? 」と言われたり、「表情が柔らかくなって更に綺麗になったね」と言われたり。色々言われるけれど、前よりも他の人の言葉を笑って受け流せる自分に一番驚く。


 ただ、金田さんからは

【しばらく忙しいから申し訳ないが時間が取れない。また連絡する。】

 とメッセージが来てから連絡が来ない。


 そうたは

【今彼女の体調が悪くて看病に通ってる。自分ん家には寝に帰ってるだけだから、また余裕が出来たらお土産もらいに行くな。ありがとな。写真みて楽しい時間が過ごせたのはわかったから安心した。電話は時間が取れないけど、メッセージは読めるからまた何かあったら連絡してな。】


 と連絡がきた。彼女とは別れたのではなかったのかと思ったが、また何か事情があるのだろうと思って【何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってね】と送って余計な連絡は控えた。


 1人で過ごす休日、仕事終わりの家での時間。樹が彼女さんと2年会っていないことを考えたら、別に耐えられた。連絡は来ないがしようと思えばいつでも連絡は出来るのだ。


 今の仕事は好きだし、それなりにやり甲斐はある。でも、本当にやりたいことかと言われると違うとはっきり言える。

 杏梨は転職も視野に入れて、自分のやりたいことを探していた。まずは興味を引くことは何かと思いお仕事系の漫画やドラマを観たりした。実際とは少し違うかもしれないけれど、金田の仕事が知りたくて弁護士系のものも。


 美術館や博物館、動物園や水族館、陶芸体験に紫陽花散歩。

 思い付いたことは1人でもやってみた。1人時間は思いの外楽しくてリラックスできる。人にどう見られるかよりも、自分がしたい格好で出掛けていると、ファッションもメイクも前よりも楽しい。前は仕事のときとプライベートはあまり大差ない見た目をしていたが、今では休日は別人に変身している気分。



 そうして過ごす内にいつの間にか金田から連絡が来ないままに1ヶ月が過ぎていた。何となく金田も自分のことを好きでいてくれていると信じていたが、流石に不安になってくる。1ヶ月もずっと忙しいなんて事は、今までなかった。


 文面を何度も消して書いてを繰り返して、震える指でやっと出来たメッセージを送信したときには杏梨はどっと疲れていた。


 7/2 9:10

 岡野杏梨:

 お久しぶりです。暑くなってきましたが、お元気ですか? お仕事が忙しくて身体を崩していないか心配で連絡してしまいました。

金田さん、私はずっと大好きです。私はいくらでも待つので、またお会いできるのを楽しみにしています。

お返事は大丈夫です。長文失礼しました。


 既読がつかなくて、あんなに時間をかけて決めた文章の内容が変に思えてくる。


 やっぱり【大好き】なんて書かない方が良かったかな?

 押し付けがましかったかな?重いかな?


 ぐるぐる思考が頭の中を渦巻いて、頭が痛くなってきた。何度もスマホを見て、既読がついたか確認してしまう。


 メッセージを送ってから20分後に既読はついた。返事はいらないと保険で書いたけれど、金田はきっと返信する。でも期待どおりにはなかなか来なくて、杏梨はスマホを自分から遠いところに置いて映画を観始めた。


 映画を観終わるまではスマホを見ない。


 はっと気づいてスマホの通知音だけは最大音量にして、映画を再開する。万が一金田から着信があったら絶対に逃したくなかった。


 結局、映画の内容は全然頭に入らなかった。エンドロールが流れるテレビに背を向けてスマホを確認したが、返事は来ていなかった。


 金田から返事が来たのはその日の21時過ぎ。


 7/2 21:15

 金田:

 俺の事は気にせずに彼氏を作ってくれ。責めたりしないから。


 あまりに非情な金田の文面に杏梨は涙が止まらなかった。咄嗟にそうたに電話を掛けるが出てくれない。


『欲しいものはがむしゃらに掴みにいけ』


 ケイの言葉が思い出される。一時の悲しみで投げやりになってはいけない。考えろ、考えて何とか金田の心を掴みとる。


 7/2 22:28

 岡野杏梨:

私が好きなのは金田さんなので他の人と付き合おうとは思ってません。弁護士は大変なお仕事だと思います。お仕事優先で構いません。好きでいることは許してください。美味しいお店は沢山探してあるので、お会いできる日を楽しみにしています。10分だけでもいいので。


 祈るような気持ちで送信を押す。


 7/2 22:45

 金田:

 来週の金曜の夜少しだけなら杏梨の家に寄れるかもしれない。


 返事を見たとき思わずガッツポースをしてしまった。金田に会える。しかも家で。


 7/2 22:47

 岡野杏梨:

 お忙しいのにすみません。とても嬉しいです。お待ちしています!!


 その夜は嬉しすぎてなかなか寝れなかった。

 好きな人に会えるだけでこんなに嬉しいなら、片想いも悪くない。

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