【R-15】誰にも言えない③ 6月2日③

「ここ、ご自宅ですか? 」

「さぁ、どうだろうね? てか、入ってきて良かったの? 外国で知らない男と2人きりの空間。危機意識なかったりする?

 あー、でもあんた面倒くさそうだから手を出す気もないわ。入ってきたなら座れば? 」


 ケイは置いてある大きめのソファーを指差す。だが、杏梨は座らなかった。


「いえ、結構です。アドバイスだけいただければ帰ります」

 そう伝えて、入ってきたドアの前に立った。自分を馬鹿にしてくるこの男の言いなりにこれ以上なりたくはない。


「あっそ。まぁ飯も奢って貰ったし、それなりに面白い話だったし、ついてきた事自体も面白いから、そんなあんたに俺からアドバイス」

 杏梨の喉がごくりと鳴る。ケイはソファーに腰をおろして話し始めた。


「まずはセックスが愛のあるものっていう考えから改めたら? まぁ、反論する人なんて星の数ほどいるだろうし、そう考えたきゃそれでいいと思うけど。妊娠とか性病とか抜きにしたら、ただの楽しい娯楽だろ? 」

「なに、それ……それがアドバイス?」


 杏梨の頭に血が登る。何か少しでも為になることを言ってくれると期待した自分が馬鹿だった。そのまま背を向けて出ていこうとする。


「人の話は最後まで聞けよ。折角話す気になったのに」

 強い口調に後ろを振り向くとケイが真剣な目で杏梨を見ていた。馬鹿にしている目ではないと分かったので、もう一度彼に向き直る。


「ごめんなさい。聞きます」

「素直なのは良いところかもな。別に愛のあるセックスがないなんていう意味で言ってない。でも、愛があったってセックスしないことだってある。

 あんたの愛の基準はセックスとかスキンシップとか会ってる時間とか、分かりやすい言葉で成り立ってるのが、問題じゃないかって言いたいだけ」


「それじゃ……駄目ですか? 」

 杏梨の顔が明らかに落ち込んだのを見て、ケイは首をすくめた。


「別に駄目じゃない。まぁ分かりやすい指標だし、俺だって好きな女とは一緒にいたいし、いちゃこらしたい。

 でもさ、愛があればお金を貰えて生活できる訳じゃない。お互い都合だってあるんだから、気持ちだけでずっと一緒に居られる訳もない。そのくらい分かるだろ? 」


 言っていることは樹と同じなのに、何故こうも違う意味合いに聞こえるのか不思議だ。


「そうですね」

「だから、彼氏が『他の男作っていい』って言ったんなら、あんたはその通りにして、寂しい欲求は他で満たして、彼氏の前では物凄く幸せでいたら、別れずに済んだんじゃない? 」


「しましたよ!? 元彼の事、話したじゃないですか! 」

 真剣に話したのに聞いていなかったのかと思い、杏梨は声を荒げた。


「あー、あんたがやたらと『最後まではしてない』って言ってた元彼?

 多分だけど、そいつはお前の事、何とも思ってないよ? だから、あんたは満たされなかった。

 いや、何ともは違うか。多分何か後ろめたいボランティア精神的なものがあって、最後までしなかっただけ」


 杏梨はそうたの悲しそうな顔を思い出した。彼は彼女さんを自分と重ねていた。


「もし、そいつがあんたのことを本当に好きで、あんたを求めてセックスしてたら、きっとあんたは満たされて寂しい思いなんてしなかった。彼氏にももっと寛大になって、良い関係を築けたかもしれない。それかそいつに乗り換えてたか、だな」


「そんなこと……」

 そうたといると、とても楽だったことを思い出すと最後まで言いきれなかった。


「よーするに、あんたには割り切りと覚悟が足らなかったって事だ。何でも清廉潔白、欠点なしの完璧さんじゃ欲しいものは手に入らない。

 欲しいなら、他のものを捨ててまでがむしゃらに掴みにいけ」


 ケイの目は獲物をみる肉食獣のようで、その眼光はこの男に狙われたら逃れられる女の人はいないんじゃないかと思える程に鋭いものだった。


「なら……がむしゃらに掴む方法を教えて下さい。私、彼氏とやり直したいんです! 」

 ここまできたら、何かを掴み取りたくて杏梨はケイに負けない目で睨み返す。


 杏梨の声にケイは唇を歪めた。一呼吸おいて言葉を発する。


「最初にあんたに『男を虜にする方法を教えてやる』って言ったけど、あれ嘘。

 ちょっとからかって遊んで、良い思い出作ってやろうと思っただけ。

 でもあんた、思いの外真面目で一生懸命だから今から言うのは嘘じゃない。


 俺に教えられるのは『俺を虜にする方法』だけ。んでもってこっからは実践形式。大人だから、この意味分かるよな?

 それでも、いいなら教えてやるよ。保証はしないけど、副産物で少しは『割り切りと覚悟』が身に付くかもな」


 ケイの目は杏梨を掴んで放さない。杏梨は自身の心臓の音を聞きながら、その場に立ち尽くしていた。

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