欲張り 5月14日②
そうたが帰った後、杏梨はぼんやりとしていた。
優しかったそうたが急に素っ気なくなり、そうたにまで見捨てられるような不安を感じる。
そうたがいてくれたのに心の中で寂しいなんて思うから、それを見透かしたそうたが怒ったんだ。
杏梨にはもうそれしか考えられなかった。
今日は高校時代の友達と会う約束をしているが、夜なのでまだ約束まで時間は十分にある。
そうたに触られてべたべたする身体を洗うため、杏梨はお風呂に入った。
浴槽に浸かると少し気持ちがホッとした。身体が芯からじんわりと温まっていく。
温まった目の端にいくつもの赤い点がぼんやりと浮かんだ。視線を落とすと、胸を中心に身体中にキスマークがこれでもかというくらいついていた。
昨夜、そうたにつけられたものだ。その数の多さにそうたの愛撫がどれだけ熱いものだったか、嫌でも思い出さずにはいられなかった。
金田は私がこんなことをされるのを認めたのか。
金田がした以上に杏梨の身体をそうたが触り、それで杏梨が感じるのを容認したのか。
杏梨は悲しくて仕方なかった。杏梨は金田がもしも他の女の人とセックスしていたら耐えられない。キスマークをつけられてきたら、我慢できない。
この身体をみても、金田は何にも思わないのか。それほどに金田は自分に興味がないのか。
杏梨は自分の身体をみて、悲しいことしか考えられなかった。そうたが何を言いながらキスマークをつけていったか思いだせなかった。
また、昨夜どれだけ自分が乱れていたか思い出し、そんな自分が情けなくて仕方がなかった。
お風呂から上がり鏡をみたとき、淫らに愛された自分の姿をみて杏梨は思った。
こんなにキスマークをつけるなんて、そうたは私の事を金田から奪いたいのだろうか?
思い出すと恥ずかしい位にずっと愛撫された。好きと何度も言われた。金田になりきってまで、杏梨を慰めようとしてくれた。
そうた……。彼の悲しそうな顔を思い出すと、杏梨は胸がぎゅっと痛くなった。
そうたと寄りを戻したら幸せかな?
どんな自分も好きだと言ってくれ、心配だと駆けつけてくれる。分かりやすく優しくしてくれる。
杏梨は、昨夜そうたの目の前で、金田の名前を何度も呼んでしまったことを後悔した。
◇◇◇
約束は18時だった。高校時代に仲の良かった仁美と久しぶりに会う予定だった。
杏梨が弱音を吐ける数少ない友達だ。杏梨は仁美と会うのを楽しみにしていた。
「杏梨、久しぶり」
お店で先に待っていた仁美は、昔と変わらない笑顔で杏梨を迎えてくれた。
黒髪に大人っぽいハンサムボブ、仁美は中学校の教諭をしている。
「仁美、久しぶり。ごめんね、待った?」
杏梨が到着したのは17時57分だ。しかし、仁美はいつも待ち合わせよりも早く来る。
もっと早く家をでれば良かった。杏梨は後悔した。
「全然、お店の予約18時からだから、私も丁度来たところだよ。」
仁美はにこやかに笑った。
料理を注文し、お酒を頼む。
料理を食べながら、ゆっくりとカクテルを一杯飲む程度なら、少し楽しい気分になるだけで悪酔いはしない。
杏梨はファジーネーブルをゆっくり飲んだ。
仁美と会うのは約1年ぶりだった。中学の教諭で部活の顧問も担当する仁美は忙しい。会えるときに会うが、会うと決まって久しぶりとは思えない位に話が弾んで楽しかった。
少しお酒が入って、気持ちがふわふわ軽くなってきた。仁美は彼氏となかなか会えないようだ。
「仕方ないとは思うんだけど、あっちも部活持ってるから全然会えないんだよね~」
仁美の彼氏は仁美とは違う中学校の教諭で同じように部活顧問をしているらしい。
「仁美は寂しくないの?」
会えない境遇が自分と重なってみえた。
「そりゃ寂しいよ。会いたいし、癒されたい」
彼氏のことを思い出したのか仁美の目が宙を彷徨う。
「仁美はそんな時どうするの?」
杏梨はどきどきしながら聞いた。
「え~?仕事だし仕方ないから我慢してる。んで、会えるときにいっぱい楽しむよ」
仕方ないじゃんといいながら、仁美はお酒をこくっと飲んだ。
「もし、もしも彼氏に『寂しいなら他に男に作っていいよ』って言われたら仁美ならどうする?」
杏梨の言葉に仁美は意外そうな顔をした。
「なにそれ?杏梨そんなこと言われたの?」
「うっ……ううん、例えばの話だよ。仁美ならどうする?」
思わず誤魔化してしまう。まさかそんなことを自分が言われたなんて言えなかった。
「えー、私ならふざけんなって言う。
彼氏のことが好きなんであって、誰でもいい訳じゃないからね~」
仁美の言葉に杏梨の心がしぼんでいく。
明らかに沈んだ杏梨のテンションに仁美は気づく。
「……分かりやす過ぎるけど、杏梨の彼氏はそう言ったの?」
「えっ、いや……」
恥ずかしさと悲しさで胸が痛かった。
「ばればれだよ。会ったときからなんかいつもより暗かったし、どうしたの?」
仁美の目が優しくて、杏梨は金田に言われたこと、そうたのことを話してしまった。
話を聞く仁美は優しかった。頷き、共感してくれた。
杏梨は心が軽くなるのを感じた。
しかし、最終的に仁美が杏梨にかけた言葉は杏梨には想定外の言葉だった。
「杏梨の気持ちはわからなくはないけど、
まぁ私の個人的な妬みもあるけど……杏梨、欲張り過ぎじゃない?」
仁美の顔は少し怒っているように見えた。
「えっ……」
明らかにがっかりした杏梨の表情に仁美はため息をつく。
私の個人的な意見と、只の嫉妬だけど……と前置きをして話し始める。
「杏梨は今まで彼氏途切れたことないし、自分がふられたこともないから、苦しいんだと思うけど、自分の気持ちに相手が応えてくれないことなんていくらでもあるんだよ?
ちやほやしてもらうのが当たり前で、いつも何ともない感じで自分の都合で相手をふって、また寄ってきた男と付き合って……。
今まで寂しいことなんてなかったよね? でも世の中の大多数の人にとってはそんなことはざらにあるんだよ?
社会人でお互いに仕事してたら、会えないことだってあるよ?それでも、好きだからみんな相手を思って我慢するの。
杏梨は優しい元彼がいて、それを容認してくれる心の広い彼氏がいて、満たされてこれ以上何を望んでるの?
私よりずっと寂しくないじゃない。
これからも、彼氏に会えるときは彼氏に甘えて、そうじゃないときは元彼に甘えたらいいじゃない?
他の男に任せた彼氏の気持ち、自分目線以外でちゃんと考えたことある?
目の前の女に自分以外の人の名前を呼ばれる元彼の気持ち、本当に考えたことある?
彼氏が仕事を辞めて杏梨につきっきりになれば満足?嫉妬すれば満足?
そんなのできないって社会人ならわかるよね?
私は正直、杏梨が羨ましいよ。
それで寂しい寂しい言ってる杏梨は私からしたら、欲張りだよ……」
言いきった仁美の目は少し潤んでいた。
「仁美……私」
いいかける杏梨の言葉を仁美は遮った。
「話し聞いてたとき、杏梨が悲しくて苦しいってのに共感した気持ちは嘘じゃないよ?
きっと……杏梨は杏梨ですごく苦しんでるんだよね。
でも、ただ……ごめん、私今、優しい言葉かけられるほど人間できてないみたい」
ごめん、今日はもう帰る。頭冷えたらまた連絡するね。と小さく言って、仁美は杏梨の目を見ないようにして去っていった。
頭をハンマーで打たれたようなショックを感じ、杏梨は何も考えられなかった。
そのあと、どう帰ったのかよく思い出せない。
気づいたら、杏梨は自分の家でうずくまって泣いていた。
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