下の句はまだ、ふたりの秘密

甘夏

第1話 百のいろ縒り合わせては掬ぶ恋

「TwitterとかInstagramとかある令和の時代にさー」

「んー」

「なんでわたしたち、31文字規制でもの書いてんの?」

「あー……もう。それ言ったらおしまいじゃん」


 31文字と書いて<ミソヒトモジ>と呼ぶ。

 ふるくは和歌と言われた大昔のツイッター。

 いまは、短歌っていわれる文章ジャンル。

 詩歌しいかのひとつ。


◆感情のおもむくままにススメ!


 柚葵がノートにペンをはしらせる。

 上の句だと思う。


 彼女が……、わたしと同じ文芸部員、三舟柚葵みふねゆずきが、文字を書くとき、いつもきれいな音がする。

 さらさらとかいう感じよりは。ちょっとだけ紙にペンのあとを残す。

 ひっかかりのある。カリっとした音。


◇愛ではないけれど……恋はしている


 続けて書かれるのは下の句かな。


 わたし、柊藍里ひいらぎあいりと、三舟柚葵のふたりだけの部活動。


 そして、図書館がわたしたちの部室替わり。

 漂う甘い匂いは古書の匂い。たぶん黴とかほこりとかそういう嫌なものでできてる香り。真実さえ知らなければ、それは果実の匂いとよく似てる。

 

 ちょっと食べごろを過ぎた、腐りかけの林檎の匂い。


「んー……? んー……。んー? ひ、ふ、み……」

「藍里なにしてんの? 指折ってもの数えて」

「いや、ね。いま柚葵が書いてる歌。5,7,3と来てるけど……これ上の句の音節へんじゃない?」

「あー、句またがりで書いてるからねー。『ススメ! 愛』までが5音でしょ。だからそこから『ではないけれど 恋はしている』で7,7 内容はオーソドックスな恋の歌だけどね」

「あ、なるほど! そういうのもアリなんだ。って、柚葵、恋してんの!? だれ? クラスの男子?」


 食い気味にわたしは身を乗り出して問い詰めるものだから、柚葵に少し呆れた顔をされてしまう。


「私は作品とリアルは分けて考える主義だって。って、これ前も話したと思うなぁ……藍里もまえに恋愛小説書いてたでしょ? でも、あんな風にいろんな国の王子様にちやほやされたいとか思って書いてる?」

「あー。うん、理解した」

「よかった。思って書いてるって言われたらどうしようかと思ってたわ」

「さすがにそれはないってー」


 夕暮れの日差しがまぶしいくらい図書館の大きな窓から入ってくる。

 正直、目が痛いけど、ロールカーテンの閉め方がわからないから触らない。というか触れない。

 まえに下手に触って片方降りて、片方は上にあがったっぱなしになったから。

 もう触らないでくださいと、図書委員の子に言われたし。

 

「まぶしいね」

「あー、わたしのこと? もう、柚葵ったらー」

「バカなの?」

「ひっどーい。冗談だったのに」

「で。藍里はなにか書けたの?」


 みせてみせて。と言ってわたしのノートに向かって前傾に身体を寄せる柚葵。

 

 前髪が大きく垂れさがって、そこにちょうど夕日の光が重なる。 

 彼女のショートボブの髪に黄昏色が透けて、いつもはもう少し暗めの亜麻色がいまは赤く色づいて見える。


「ああ。まってて。まだできてないし、見せるつもりで書いてないし!」

「見せない作品はないのと同じ。文芸部員なら書いたものみせるものでしょ」

「だめだってば……恥ずかしい」


 そう言って柚葵はわたしの手元からノートを奪い取る。

 そして、少し息をのんだのがわかる。


「できて……る。ね」


◆百のいろ縒り合わせては掬ぶ恋


「上の句だけでも、じゅうぶん綺麗な歌だけど……下の句はまだないの?」

「うん、だから途中だってば」

「ん、いいと思う。ちょっと古い感じだけど」


――のいろをわせる


 その意味に、彼女は気づいているのかはわからないけど。

 もしかしたらわかってて、わからないふりをしてるのかもしれないし。

 柚葵はそういう子だし。


 だから、下の句はまだ。

 書かないでおく。


◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇ ◇◆◇

作中短歌

・感情のおもむくままにススメ! 愛ではないけれど……恋はしている

・百のいろ縒り合わせては掬ぶ恋

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