第16話 怪しい人物

「夏休みやよっ! どっか行こう!!」

 涼香りょうかがタエの家に迎えに来た。高校はもう夏休みに入り、長い休みに浮足うきあし立っている。タエはと言うと、暑いので家の中に閉じこもり、涼しいエアコンの気流に身を任せている最中だった。約束をしていなかったので、タエはとてつもなくラフな格好。涼香と家族以外には見せられない。

「どっかって、どこ?」

「遊びに行こうよ。閉じこもってばっかりじゃ、カビが生えるよ!」

「湿度も調整して快適ですけど。カビ生える環境じゃないですけど」

「いいからっ! さっさと着替えて、アイス食べに行こう」

「はいはーい」

 タエが部屋に戻り、準備には少し時間がかかるので、玄関に座って待つ涼香。そこへタエの母親がやって来た。

「待ってる間、お茶でも飲んで」

「あっ、ありがとうございます」

 冷たい麦茶が体に染み渡る。涼香は一気に飲んでしまった。

「ねぇ、涼香ちゃん。最近のタエちゃん、変わった様子はない?」

「変わった様子? いつも通りですけど、何かあったんですか?」

 涼香が眉を寄せた。母親も頬に手を当て、困った表情をしている。

「よく分からないんだけど、最近映画の戦闘シーンばっかり見てんのよ。イメージトレーニングとか言って。不良とつるんでたりしない?」

 目を丸くした涼香。笑い出した。

「タエに限って、そんな事ないですって。学校でも、そういう奴らを嫌そうな目で見てるのに」

「なら良いけどね。決闘でもするのかと思った」

「一応、本人に聞いてみます。間違った方向へ行くなら、ちゃんと止めますから」

「よろしくね。ありがとう」


「準備できたよー」

「二人とも、気を付けてね」

「はい」

「行ってきまーす」

 母は元気に出発した二人を見送った。タエの後ろ姿を見て、一抹いちまつの不安はあるものの、信じるしかないと、思い直した。


 大阪まで少し遠出をして、美味しいと評判のアイスクリーム屋さんへ行った。材料にこだわったアイスが乗ったスイーツは、タエと涼香を幸せにしてくれる。そして可愛い雑貨屋にも立ち寄り、いろいろ見て回った。インドア派のタエでも、テンションが上がる。

 しかし、一つ気になる事があった。

(視線……?)

 周りを見回しても、自分と目が合う人はいない。タエは気のせいだと言い聞かせ、買い物を楽しんだ。



「あー、満足満足」

 タエが公園のベンチに座って伸びをした。服や髪留めを買えてほっこりしている。涼香も隣で休憩だ。日差しは暑いが、日陰で休んでいるので大丈夫。

「閉じこもってるより良いでしょ」

「あっちはあっちで良い所あるよ。でも、今日は美味しかったし、楽しかった」

 涼香はタエの笑顔を見て、ふっと笑った。

「ねぇ。最近、映画の戦闘シーンばっかり見てるんだって?」

「お母さんから聞いたのか」

 変な汗が出てくる。涼香は頷くも、真剣な顔になっていた。

「おばさん、心配してたよ。不良と関わってないかって」

「あははっ。それは万に一つもないなぁ」

「それなら安心したけど。もし悩みとかあるなら、言ってよね。おばさんにも話してあげなよ」

「うん。分かった。ありがとう」

 涼香は周りに気配りが出来る子だ。タエも見習わなければいけないと、いつも思っているが、なかなか難しい。母親を心配させてしまっているなら、ちゃんと謝らなければ。

(でも、本当の事は言っても信じてもらえへんやろうし)

 どう言おうか考えていると、二人に影が落ちた。

「ねぇねぇ。めっちゃかわいいけど、どこから来たん?」

「え゛……」

 タエと涼香が同じ反応をする。目の前には、茶髪と緑、金色といった、明らかに日本人の顔をしているのに、日本人の髪色を全くしていない、チャラさ大爆発の男三人組がいた。

「さて、帰ろっかお姉ちゃん」

「そうね妹。お母さんが待ってるわ」

 涼香の美貌はどこへ行っても効果があるので、ナンパをされる事もしばしばあった。そんな時は、背の低いタエが妹、涼香が姉になり、寸劇をしつつ、そそくさとその場を去るという方法を取っている。相手にしないのが一番だ。無視して気付かないフリで今まで問題なく来られたのだが、今回は違った。

「あれ、姉妹なの!」

「姉妹でかわいいって、最高やん」

「いくつ? 俺らと遊ぼうよ」


「結構です。間に合ってます」


 涼香が愛想笑いでかわし、さっと背を向ける。が、軽くあしらわれた事が気に入らなかったのか、金髪の男が涼香の肩を掴んだ。

「そんな事言わずに、行こうって」

「良い所知ってるんだ」

「ちょっ、やめて……」

 逃がさないと言わんばかりに、涼香の腕まで掴もうとする男達。タエの中で、何かが切れた。

「さ、妹ちゃんも一緒に――」


 ぱしっ!


「いって!」

 緑頭の男が声を上げた。手首を押さえている。涼香が驚いて見れば、タエの右手が手刀の形を取っていたのだ。タエは自分の腕を掴まれる寸前、男の腕を右手で叩いて払ったのだった。

「何すんだこの野郎!」

「嫌がる女の子を、無理やり連れて行こうとするからやろうが」

 驚いて掴む手が緩んでいるのを見て、タエは涼香を自分の後ろにやる。

「タ……」

「てめぇ、生意気なんだよ」

「こっちは嫌がってんだ。女なら他を当たれ」

 ぎっとにらむ。タエは自分でも驚いていた。


(妖怪を相手にしてるから、こいつらがちっとも怖くない。ただのナンパ野郎に負けるか!)


 買った荷物は左手に持ち、右手で拳を作って構えた。ハナとの体術の鍛錬のおかげで、技はしっかりと魂に刻まれているタエ。生身の体では岩は砕けないが、涼香をナンパ男達から守る事くらいはできるだろう。

「なにこいつ、空手でもやってんのか?」

「女だからって容赦しねぇぞ」

 もはや喧嘩に変わってしまう、一触即発いっしょくそくはつの場面。涼香はハラハラとタエを見つめている。タエも向こうがやる気なら、足を痛めつけて、さっさと退散しようと算段さんだんを立てていた。


 だが、タエの思考は途中で途切れる事になる。


「すまんなぁ! 遅れた!」


「っ!?」

 いきなりタエの視界がぐらりと揺れた。強い力に引っ張られ、がっちりと肩を抱き寄せられる。

「なっ」

 突然の事に動揺して、タエが肩にある手のぬしを見上げると、ヒマワリのような眩しい笑顔を向けられた。

(だだだだだだだ、誰ぇ!?)

 パニックでフリーズ。タエの思考回路は凍り付いた。

「何やお前ら。俺の大事な子に手ぇ出して、ただで済むと思うなよ?」

 赤い瞳、鋭い目つきで男達を見据えると、ナンパトリオは背筋を正した。

「だっ、出してません!」

「お、俺達はこれでっ」

「すいませんでしたああぁぁ!!」

 脱兎だっとのごとく走り去る。タエと涼香は、はぁ、と息を吐いた。そして、引っ付いている新登場の男を見上げた。

「あの、ありがとうございました。そろそろ離してもらえると……」

「あぁ、すまんなぁ。びっくりさせて」

「いえ、助かりました」

 タエから一歩離れる男。身長は、180センチはあるだろうか。大きい。そして、赤く背中まで伸びた髪の毛、赤い瞳。今の夏の時期にはとても暑苦しく見える。しかし、にかっと笑う顔はさわやかで、派手だが怖いとは思わなかった。それから、感じる違和感。

(この人、普通の人と気配が違う――? でも、妖怪とも違う感じが……)

 とにかく、どこの誰かは知らないが、新手のナンパかもしれないと考えたタエは、警戒を止めなかった。それを悟って、苦笑いの赤い兄ちゃん。

「そんな構えんでええよ。からまれて困ってたのを、見て見ぬふり、できひんかっただけやから」

 両手を挙げて、何もしませんよのポーズ。とにかく今は、早く帰った方が良い。タエは涼香に声をかけた。

「じゃ、お姉ちゃん、帰ろ」

「うん。あの、助けていただき、ありがとうございました」

 涼香も丁寧に御礼を言う。

「気を付けて帰りぃや」

 人の好さそうな笑みで、手を振って見送ってくれた。

「良かったね。タエも、ありがとう。なんか、かっこよかったよ」

「あはは、ありがと。イメトレのおかげかな」

「えっ。もしかして、こういう時の為に映画見てたん!?」

「そういう事にしとこうか」





 二人が小さくなっていくのを見ながら、赤い男はにやりと笑った。


「ふぅん。なかなか面白い子やな。あれが京都の代行者か」

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