第8話 実戦練習

「実戦練習よ。協力してくれるのが、この子!」

「よっ」

 ハナの剣術の鍛錬も実戦へと移った。素振りだけでなく、構え、斬り方、間合いの取り方等を学んだので次のステップ。そこで、タエの相手に名乗りを上げてくれたのが、鬼ごっこでタエを追いかけていた、車輪を背負った妖怪の子だった。

「君、剣術が使えるの?」

「いんや。全然」

 平然と告げる妖怪に、タエは不思議そうに首をかしげた。ハナが説明してくれる。

「相手が刀を持ってるとは限らない。他の戦い方をする相手の方が、実戦により近いの」

「なるほど」

「じゃ、さっそくやるか」

 妖怪が宙に浮いて両手を広げる。と、手の平から炎が。ゆらゆらと燃えている。

「この子は火の属性を持ってるから。私達は水の属性――って話、したっけ?」

「してない! 聞いてない!!」

 ハナはあれ? と、明後日あさっての方を見てしまった。

「ごめんごめん。タカ様は水を司る神様でしょ。だから、眷属けんぞくの私達も水の力が使えるの。それは剣を覚えてからと思ってるけど。とりあえず、手合わせしてみましょう」

「刀だけで、炎に勝てるの?」

 中段に構えてはいるものの、タエは怯えていた。子供の姿をした妖怪とはいえ、力が見た目通りとは限らない。何より、今、余裕の表情で思い切り睨まれている。

「んなこと言わずに、水を出して俺の炎を消してみせろよ。実戦の方が上達も早いだろ!」

 言いながら両手を前に突き出すと、炎が一直線にタエに向かって飛んできた。

「うひゃあっ」

 咄嗟とっさに避ける。タエは全身の毛穴が開いていた。

(あの子……加減なしだ。これが実戦。本気でやらなきゃ、やられる。強くなれない)

 タエの目の色が変わった。それを見た妖怪が、にやりと笑う。

「そうこなきゃな。何の為に反射神経、鍛えたんだよ」

 毎日この子達と鬼ごっこをした。真剣勝負の鬼ごっこ。タエは一週間もすれば、彼らをまき、ハナを捕まえられるようになった。元々運動神経は良い方だったので、要領が分かれば上達は早い。

 タエは晶華しょうかを握り、下段に構え直すと、一直線に妖怪へと走り出す。毎日素振りも数が増え、今は一万回になっていた。晶華はタエの手に馴染んでいる。

「攻め方単純!」

 妖怪が二発目を打った。それを紙一重で避け、一気に距離を詰め、胴を打とうとした。もちろん、刀をみねに返してだ。しかし、簡単に避けられてしまった。ハナも力が入る。

「お姉ちゃん、惜しい!」


「近いと火傷するぜ」

「!」

 ぼうっ、と彼の周りが一気に赤くなり、火柱が地面から噴き出した。タエは後ろに身を引いたが、足が炎に巻かれ、火傷してしまった。ズボンが破れ、脛当すねあても熱くなったので、取り払う。右足のひざから下が、ただれてしまっていた。

「っつ……」

 ジンジンと鈍い痛みが走る。それでもハナが止めの合図を出さないので、晶華を構え直す。

「いくぞ!」

 妖怪の手から火の玉が飛び出した。それを避けているが、全然距離が縮まらない。

「ハナさん! 水の技って、どうやって出すの!?」

「念じて指示を出せば、応えてくれるはず」

 火の玉が髪の毛先を焦がした。タエは晶華をぎゅっと握る。

「向こうが火柱ならこっちは水柱! 晶華、お願い!!」

 剣先を妖怪に向けて叫んだ。



 ちょろちょろちょろ……。



「……え?」


 晶華の剣先からは、確かに水が出た。しかし、それは水道の蛇口を少しひねったくらいの、申し訳程度の水量。全員の目が点になり、静寂せいじゃくが生まれた。

「ぶっ、ぶわっははははははは!!」

 妖怪が、地面を転がりながら大笑い。涙を流して苦しんでいる。もう火の玉は消えてなくなっていたが、タエはがっくりと膝を着いた。

「笑わせて消すつもりじゃ、なかったんですけど……」

「ま、まぁ、初めてやって、少しでも水が出せたんだから成功よ……。ぶっくく……」

 ハナも笑いをこらえ切れていない。タエは顔を真っ赤にさせていた。


 今夜の実戦練習は、腹がよじれ苦しすぎてもう無理だと言う事で、お開きとなった。その話を聞いた高龗神タカオカミノカミも、大いに笑っていたが、とても嬉しそうだった。

「初めて術を使ったんじゃろう? 上出来、上出来! 晶華がタエに応えようと頑張った証拠じゃ。しっかり褒めてやれ」

「そういう、ものですか?」

 恥ずかしくてまだ顔が赤いタエ。晶華を見た。

「ああ。その刀は、そなたの心が生み出した物。素直で良い刀じゃ。疑うなら、剣がにごるぞ」

 晶華は変わらず透明の刀身、白いつかさや。金の龍は、今にも空に飛び立ちそうだ。タエの相棒であり、心。見つめていると、タエの心も澄み渡るようだった。

「そだね。ちゃんと、水を出してくれたもんね。ありがとう、晶華。これからもよろしくね」

 刀が震え、リン、と美しい音が鳴った気がした。

「そうじゃ。成長するのはタエ、そなただけではない。晶華も共に成長するんじゃ。精進しろ」

「はい!」

 タエの元気な声が、聖域に響いた。

「あの、火傷した足が痛いんですけど」

「体に戻って休めば、魂の傷は治る。寿命が縮んだわけではないから、安心しろ」

「なら、良かったです」





 花村家にて。

 タエは学校が終わり帰宅すると、テレビの前にかじりついていた。母が声をかける。

「タエちゃん。最近、時代劇ばっかり見てるけど、どうしたの? しかも殺陣たてのシーンばっかり」

「んーー。イメージトレーニング」

「何の!?」

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