第3話 高龗神

「……だ、だれ……?」



 タエは目の前に立つ美女から目を離せず、ぽつりと呟いた。


 その者はタエを見、満足そうに頷くと、もう一度言った。



「合格。わしの目に狂いはなかった。ハナ、すまぬな」

 そう言うと、ハナを捕えていた檻が消え去り、ハナは自由になった。





「ハナさん!」


 タエが駆け寄り、抱きしめる。

「触れる……。信じられない。また会えたなんて……」

 喜びのあまり、涙が溢れて来る。ハナもタエが無事でホッとしていたが、合格と言った美女を見ると、ひれ伏した。

「無礼な口を利き、申し訳ありませんでした。まさか自ら出て来られるとは、思わなくて」

「気にするな。それだけうまく妖怪に化けていたという事じゃからな。そなたらの絆も、しっかりと見せてもらった。あの戦いはなかなか楽しかったぞ。迷わず檻に駆け寄った時は、さすがに焦ったがな。少しでも触れれば魂が消し飛んでたぞ。ははは」

「ははは、って……」

 タエは檻に手を伸ばした時、トカゲに弾き飛ばされた事を思い出した。あれは、タエを守る為だったのだ。タエは顔面を真っ青にしながら硬直する。そして、未だこの状況に着いて行けず、二人を交互に見る事しか出来ない。それに気付いたハナが説明した。

「お姉ちゃん、この方は貴船きふね神社の竜神様。高龗神タカオカミノカミ様よ」

「は……?」

 目が点。タエの思考は、一時停止した。そしてゆっくりと再び脳内の回路が動き始め、ハナの言葉を反復していくうち、徐々に理解していった。

「貴船神社の……神様?」

「うん」

「この人が?」

「人じゃないけど、そうよ」

「神様?」

「うん」

「か……神様あああぁぁ!?」


「ようやく理解しおったか」

 高龗神は、くっと笑った。


(美人でナイスバディなこのお姉さんが、この神社の神様!? まずいっ、やばいっ! 私、神様に目つぶしをををををををぅぅぅぅ!!)


「すすす、すいませんでしたああぁぁ!!」

 もうだめだと土下座した。自分が今までしたことを猛スピードで振り返る。



 ガチで戦った。

 目つぶし攻撃。

 ため口で怒鳴り散らす。

 武器を向けた。



(私の人生、終わった……)


 神様に楯突たてついたのだ。消される末路しかない。タエは十六年の短い人生に別れを告げなければいけないのかと、涙が出そうになった。


「そう悲観するな。顔を上げよ。この状況は、わしが作ったのじゃから、そなたが謝る必要などない」

 タエが少し顔を上げ、高龗神を見た。この世のものではない美しさ。これが、まさにそうなのだろうと、脳の冷静な部分が考えていた。

「あなたが……作った?」

 よく分からず、首をひねる。そしてハナを見た。彼女は悲しそうな顔をしていた。

高様タカさまはね、お姉ちゃんの力を試したかったの」

 “高様”とは、この神様の事だろう。タエはそれでも疑問でいっぱいだった。

「試されるほどの力なんて、ないですけど……」

「回りくどいのは嫌いじゃ。単刀直入に言う。わしの眷属けんぞくにならんか?」

「け、眷属?」

 言われた言葉の意味は知っている。ここでの眷属とは、“眷属神”。神様の部下や配下の事。要は御使いだ。それが、何故自分なのかが理解できない。

「わしはここ、京の都を悪霊共から守る役目を担っている。この貴船、鞍馬くらまの地は、都の鬼門きもんに位置している。それは知っておるな?」

「はい……」

 平安の時代、京の都は四つの四神に守られ、それでも鬼や魑魅魍魎ちみもうりょうが入り込むという鬼門には、鞍馬山くらまやま比叡山ひえいざんが守っていると本で読んだことがある。

「鞍馬山と比叡山の天狗てんぐどもは鬼門自体を守っておるが、わしはこの京に入り込んだ悪霊を直接討伐する任を受けておるのじゃ」

 タエはただ聞く事しかできない。もう小説や漫画の世界の話だ。地に足が着いていない心地だった。

「わしは神社の仕事もあるので忙しい。そこで、眷属――“代行者だいこうしゃ”と呼ばれておる。それを使って、討伐とうばつの任を務めておったのじゃが、先代の代行者が務めを果たしきらずにのぉ……」

 言い渋っているので、タエはハナを見た。ハナも言いにくそうに付け加える。

「返り討ちにあって……消滅、したの」

「し……」

 タエは顔が引きつった。

「先の者は、少々己の力を過信しておった。油断に付け込まれたんじゃ。そこで、早急に次の代行者を探さねばならなくなった。その試験に、そなたは合格した」

「ご、合格って……。私、そんな霊感も強くないし、今だって、全然戦えてなかったのに。どうして……」

「その手に持つ物は何じゃ?」

「え」

 右手にずっと持っていた物を見る。木の枝から突如変わったキレイな刀。そこまで気が回らず、手にしたままだった。タエはこの刀もどうして自分が今持っているのか、全く分からない。

「美しい刀じゃ。目の前の敵を倒し、大切な者を守りたいという心が具現化したもの。戦いのは、これから学べばよい。いきなり凶悪な悪霊の前に放り出して、勝てとは言わん。それくらいの配慮はする。どうじゃ?」


(どうじゃ、と言われても……)



 タエの冷や汗が、ぽたりと手に落ちた。

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