シュレディンガーのタイムカプセル
小狸
起
小学六年生最後の学活の時間は、タイムカプセルを埋めるというものだった。十年後の自分へ向けて手紙を書き、それを箱の中へ入れて、校庭の隅に埋める。成人式で再会した時、掘り起こそうと先生は言っていた。
周りのクラスメイトがわくわくどきどきしながら、自分へのメッセージを書く間、私は戸惑っていた。
どうしよう。
書くことが、何も思い浮かばなかったのだ。
「ねえねえ、■■ちゃんはなんて書いた?」
「えー、元気? とか?」
「お前何それー」
「結婚してるかな」
「馬鹿、二十歳って大学生だろ」
「もう子どもいたりして」
「彼女いますかって、お前マジかよ」
「いいだろ、別に」
などと、前に後ろに相談しながら書いている友達たちを見て、私に話しかけるな――と、小さく念じた。
二十歳、成人しているだろう、高校を卒業して、大学に入っているのか、はたまた仕事をしているのか、自分がどうなっているのかは今の私には分からない。分からないというか。
二十歳になっても、まだ私は生きているのだろうか。
まだ生きていなければならないのだろうか。
どうしてもそうは思えなかった。
私立の中学に落ちて、公立の、皆と同じ中学に行くことが決まった時。
お母さんはがっかりしていた。
お父さんは口をきいてくれなくなった。
お金の話をされた。期待していたのにという話をされた。ごめんなさいと、何度謝っても、お父さんもお母さんも許してくれなかった。
終わったと、その時の私は思ったのだ。
もう駄目だ、終わりだ、私はもう、彼らの期待を裏切ってしまった。せっかく産んでもらったのに、もう全部が駄目だ。
そう思って、でも、卒業式一週間目の今日まで、生き続けてしまった。
死のうと思っても――実際に死ぬのはとても難しい。包丁を首にあてたり、お父さんのカミソリで手を切ろうとしてみたけれど、上手くいかない。道路を飛び出してみようと思っても、そういう時に限って車はスピードを守っている。
期待に応えられなかった私が、生きていて良いはずがない。
早く死ななければ。
だから私には、自分が生きている想像が出来ないし、幸せになる想像もできない。
お父さんとお母さんが求める私に、私はなることができなかったから。
お母さんが保護者会で自慢していたらしいから、ここのクラスの人達には私学受験したことは知られている。このまま中学に上がったところで、きっとどこにも所属できない。
先生が机を回ってきたので、私は紙を隠した。
察してか無意識か、私の手紙を先生が指摘することはなかった。
意外と紙自体が大きかったため、書く時間は長めに与えられていた。
いくら悩んでも、一つも思い浮かばない。
むしろ、死んでいたらいいのにな、なんて思った。
あと十年? 私はあの家で生きなければいけない。期待を裏切り、お金を無駄にした裏切り者として、腫物のように扱われて生きなければいけない。いくら大好きなお父さんとお母さんでも――それは嫌だった。そっと、周りの子に見られないように筆箱に隠しながら、私は「死んでいてほしいです」と書いた。
その時、ふと。
「ああ、ぼくと同じだ」
と。
隣に座っていた男子が、静かに声を発した。
(続)
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