振られて始まる練習デート

進川つくり

第1話

 五月半ば、その日は強く冷たい風が吹いていた。

「俺と付き合ってください」

 目の前に好きな人が立っている。

 川中沙央(かわなか さお)、それが立山翔斗(たてやま しょうと)の好きな人の名前だ。翔斗と同じ高校で同じ二年生、しかしクラスは違う。女子にしては長身でスレンダーな体型をしている。切れ長な目と艶のある黒髪ロングが特徴的で、カワイイ系よりキレイ系の女子だ。

 だが、翔斗はあくまで沙央の頑張り屋な性格に惚れていた。

 翔斗は自分よりも小柄な沙央を、この日はやけに大きく感じた。きっと緊張した自分がいつもより小さく思えてしまっているせいだ。

「立山君、ごめんなさい。お断りします……」

 沙央は申し訳なさそうに頭を下げる。それが翔斗の告白に対する答えだった。

「そっか……」

 翔斗はそれしか言葉が出なかった。潔く事実を受け入れ、諦めがつけばもっとマシな返しもできただろう。だが、翔斗はそうすることができなかった。

 きっと告白を断る側の沙央も拍子抜けしていることだろう、告白の返事への返しがたった三文字だけだったのだから。翔斗は沙央に嫌われただろうなと思う。

 そんな心持ちのせいか、風に吹かれる沙央の長く艶やかな黒髪が、まるで早く帰りたいと駅の入口に向かっているように見えてくる。

 しかしそう思われて当然だった。それだけ今日のデートは失敗の連続だったのだから。


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 翌日、教室で翔斗は真海結二(まうみ ゆに)に、沙央に振られたことを報告していた。

 結二は翔斗の中学校からの女友達だ。セミロングの明るい茶髪を高い位置で結ったポニーテールとパッチリ二重が印象的な元気っ子。結二も沙央にひけを取らない容姿の持ち主で、こちらはカワイイ系女子。高校に進学した時に同じクラスだったことから自然とよく話すようになり、今では親友と言える関係だ。

 友達思いで素直な性格の結二は真剣に翔斗の報告を聞き、やがて話が終わると少し呆れたような表情をして口を開いた。

「そっか~。やっぱり翔斗は緊張すると失敗ばっかりなんだね……。でも今回はさすがにヒドすぎるよ、デート開始からいきなりトイレに籠るなんて」

 そう、そうなのだ。翔斗の失敗はデート開始直後「ごめん、トイレ行ってきて良いかな。緊張しすぎてお腹痛くなっちゃって……」という一言から始まっていた。

「川中さんが待ち合わせ場所に来て、今からデートが始まるんだなって思った途端、緊張が押し寄せてきて……」

 その結果、沙央より早く来て待っていたはずが沙央を待たせることになってしまった。その後も、水族館内を見て回って沙央が会話を振るも、緊張した翔斗はロクな反応ができずとても気まずい空気が流れたり、お昼を食べに喫茶店に行く際、さりげなく車道側を歩こうと移動するも靴紐が解けていることに気がつかず転んだり。まさに失敗の連続だった。

「なんでそのまま告白しちゃったんだろう……」

 翔斗は自分への不満を漏らす。デートに失敗して告白に気持ちが乗らないのであれば、次のデートに誘うだけでも良かったのだ。沙央がつまらないと感じていれば二回目のデートの誘いは断られるかもしれないが、まだ機会はいくらでもあった。しかし、緊張してそこまで頭が回らずについ告白してしまった。それがこの日一番の失敗だろう。

「まぁ、振られちゃったものは仕方ないんだし、まだ諦めてないなら私もできる限り協力するからさ!」

 結二が努めて明るく言ったように思えた。

 落ち込んでいる翔斗をただ慰めるだけならば他の友達でもできる。親友であるなら都合の良い聞き役に徹することはせず、まずは翔斗を元気づけて、そこから解決案を一緒に導き出してあげるべきだと結二は考えているのだろう。

 実際、翔斗は緊張に弱いだけで普段は失敗を連発するようなことはない。にも拘わらず、それが理由で振られてしまうのは、結二からすればとても気の毒に見えるはずだ。

 ……だってそうだろう、初デートで緊張するなという方が難しいのだから。

「デートで自分をアピールできない俺に恋愛は無理なのかもしれないな……」

 やがて下を向いた翔斗の口から、つい本音が漏れてしまう。

 翔斗はハッとして口をふさぐ。振られた自分を元気づけてくれている結二の前で言うべきことではなかった。

 翔斗は慌てて訂正しようとするが、顔を上げた視線が捉えたのは結二の笑顔だった。

「翔斗、良いこと思いついた。私と練習しよう!」

「練習って、何の練習?」

「決まってるじゃん、デートだよ」

 翔斗は意味が分からなかった。デートの練習なんて聞いたことがないのだから当然だろう。

 しかし、結二は自信満々に熱弁してくる。

「翔斗は緊張すると失敗を連発しちゃうでしょ? 今回の場合、デートに慣れてなかったからだと思うの。だから私とデートの練習をして慣れていけば、失敗もなくなるんじゃないかと思うんだよね」

 そこまで言い切った結二はパッチリふたえの瞳を輝かせ、真っ直ぐな眼差しを翔斗に向けてくる。

 確かに今回振られた一番の原因は、初めてのデートに緊張して失敗を連発したことだ。デートの練習をすればその点を克服できるだろう。

 しかしそれでは結二を利用することになってしまう。結二と同じく友達思いの翔斗はどうしてもそれが気になった。

「そんなのダメだろ、結二に悪い」

「そんなの気にしなくて良いよ、私が提案してるんだから。それに、なんか面白そうじゃん?」

 そう口にする結二はニカッとした笑みを浮かべていて本当に楽しそうだと思っている様子。

「いや、でも……」

「じゃあ、川中さんのこと諦めるの?」

 渋る翔斗に結二は究極の質問を投げかけてくる。結二の中ではもう、自分とデートの練習をして沙央にもう一度告白するか、沙央を諦めるかの二択になっているのだろう。実際にデートをすることがデートに慣れることへの一番の近道なのは当たり前だからだ。

「諦めたくない」

 翔斗も実際にデートの練習をする以上の案はないと分かっている。そしてそんなことを頼めるような異性は結二しかいないことも分かっていた。

「じゃあどうする?」

 答えを迫ってくる結二に対し、翔斗は新しい案を出せない。

 親友としての結二の思いが痛いぐらいに伝わってくるからだ。

 そしてそれと同時に、こんなことは普通ではないが「結二が楽しそうなのだから、こちらから断る理由はないのでは?」とも思えるのだ。

「私とデートの練習、する? それともやっぱり川中さんを諦める?」

 その直後、開いていた窓から風が吹いてきた。

 沙央に振られた時とは違う、ふわりと優しい風。まるで今後の翔斗を応援してくれているようだった。

「……デートの練習よろしくお願いします」

 翔斗は風に導かれるようにそう言っていた。

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