第169話 真の大魔導士を継ぐ者


「ふあ〜あ、眠い……」


「正義、あんたもそろそろ学校が始まるんだから、生活リズムを戻しておいたほうがいいわよ」


「……そうだね。そろそろ朝起きられるようにしておかないと」


「それじゃあ行ってくるわね。夜ご飯作らないなら、連絡ちょうだい」


「は〜い、行ってらっしゃい、母さん」


 時刻は昼前、出勤する母さんを見送る。昨日もそれほど遅くない時間に布団に入ったのだが、ついさっきまで寝てしまっていた。母さんが言っていたように、もうすぐ夏休みも終わって学校が始まるし、そろそろ生活リズムを朝型に戻さないといけない。


「さて、とりあえず今日も向こうの世界に行ってくるか」


「ホー!」


 どうやらアンデはちゃんとお願いを守って、こっちの世界には来ないでくれたみたいだ。


 フー助と一緒に天井にある扉を通って異世界へと渡る。


「うおっと!?」


 扉を通った瞬間に目の前にアンデの顔があった。


「ビビった!?」


「すまんな、ちとこの別の世界への扉というものを近くで観察していたのだ」


 ああ、床にある扉を覗き込んでいたから、必然的にそうなるわけか。勢いを付けて扉に入っていたら衝突していたな。


「今日はどうする? またあっちの世界を案内するか?」


「……ふむ、それも魅力的な提案なのだが、いろいろと調べたいことがあるのだ。今日はここで師匠が残してくれた書物の続きを読むことにする」


 あれ、意外だな。てっきりまた日本を案内することになると思っていたんだが。というか大魔導士が残した書物をもうこんなに読んだのか……


 いつの間にか大魔導士の家の中が綺麗に掃除されていた。俺がこの世界に来てから多少は綺麗にしたつもりだったが、それよりもさらに綺麗に整えられていた。性格も真面目そうだし、掃除とかはきっちりするタイプなのかな?


 ……決して大魔導士が汚していた部屋を毎回片付けさせられるのに慣れていたわけではないと信じよう。


 机の上には読み終わったと思われる本の山が積まれていた。そして今も書物を片手に異世界への扉を興味深そうに覗いている。


「わかった。俺はちょっとこちらの世界で出かけてくるよ。あちらの世界に行きたくても、俺が戻ってくるまで待っていてほしい」


「ああ。安心しろ、さすがの我もあれだけ人が多く、言葉も通じない世界にひとりで行く気はない」


「……そうか。俺も夜までには戻るよ」


 そういえばアンデは言語理解スキルを持っていなかったんだよな。文字や言葉のわからない世界だと、さすがに出歩くのも面倒か。




 大魔導士の家から転移魔法で移動する。アンデをひとりで異世界への扉があるここに置いていくのは一瞬だけ躊躇われたが、よくよく考えてみると、そもそもアンデが本気を出したら俺には止められないだろう。確かに決闘には勝ったが、最初から本気で戦っていたらたぶん勝てなかったしな。


 そんなわけでブラッドリーの街にある冒険者ギルドまでやってきた。今回の決闘でお世話になったギルダートさんやリリスさん達に報告とお礼をまだ伝えていない。本当は遅くとも昨日のうちにしなければならなかったのだが、突然アンデがこちらの世界にやってきてしまったので、来ることができなかったんだ。


「マサヨシ殿、この度はおめでとうございます!」


「ギルダートさん、報告が遅くなってしまってすみません。この度の決闘、みなさんのおかげで無事に勝利することができました!」


「ええ、すでに情報はこの街にも届いております! 黒い仮面をかぶり、白銀の鎧を身に纏った謎の男が、エドワーズ国を守るために颯爽と現れ、噂の大魔導士を継ぐ者を圧倒的な力で一蹴したと!」


「………………」


「さらにその者は多くの上級魔法どころか極大魔法すらも自在に駆使し、かの大魔導士でさえ倒すことが叶わなかったあの天災をも討ち倒した、であると!」


 ……なんだかものすごく大袈裟に噂が伝えられている。いや、確かにあの時はノリで真の大魔導士を継ぐ者とか言ったけどさあ……それに国を守るために現れたわけでもない。俺の名前が出てこなかったのはせめてもの救いか……


「いえ、はっきり言って全然一蹴なんかできていなかったですよ……というか、完全に負ける一歩手前でした。少なくともみなさんが力を貸してくれていなかったら、間違いなく瞬殺されていましたよ」


「そうなんですか!? あれほどの力を持つマサヨシ殿が苦戦するとは、噂の大魔導士を継ぐ者も相当な強さだったのですね」


「ええ、本当にでたらめな強さでした。変異種とかのレベルではなかったです。あの3日間の訓練がなかったらと思うとゾッとしますよ。今回勝てたのはみなさんのおかげです、本当にありがとうございました!」


「ふふ、以前にマサヨシ殿に助けてもらった借りを少しでも返せたようでよかったです」


「いえ、むしろ今回の件で俺のほうが大きな借りを作ってしまいました。何かお力になれることがあったら、何でも言ってくださいね!」


「お互い様というやつですね! マサヨシ殿も何かありましたら、遠慮なく声をかけてください。微力ですが力になりますから」


「わかりました。ギルダートさん、これからもよろしくお願いしますね!」


 ギルダートさんと握手をかわした。

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