第164話 決闘のあとに


「……安心しろ。この状況から抵抗などせん。心配であれば、その剣を構えたまま皆のもとへ戻るがよい」


「………………」


 アンデの言う通り首元に剣を突き付けながら、アンデを立ち上がらせて後ろにまわる。絵面は完全に人質をとっている凶悪犯だが、この勝負にはサーラさん達の命がかかっている。一瞬たりとも気が抜けない。


 そのままの体勢で森を歩き、両国の人達がいるベージル平原まで戻る。身体能力強化魔法の力は思ったよりも強力で、相当な距離まで吹き飛ばしたようだ。


「……先程の光と音そして爆発は何だったのだ? 魔法でもなく、魔力を帯びていないから魔道具でもない。あんなもの見たことも聞いたこともないぞ」


「あれは俺の故郷の……いや、武器だ」


「……世界だと?」


「ああ、信じられないかもしれないが、俺はこの世界の人間じゃないんだ。詳しくは後で説明する」


 どうせこのあと大魔導士の家に墓参りをするため、アンデを連れて行って説明をしなければならない。……大丈夫だよな、自分の師匠の力をすべてもらったと知った途端に、怒り狂ったりしないよな?




 アンデの首すじに剣を突き付けながらベージル平原に戻ると、そこには元の平原の面影はまるでなかった。俺とアンデの死闘のあとには緑色の平原などまったく残っていない。後ろの森も、俺がアンデを吹き飛ばした際の跡が一直線に残っていた。


 そして遠くにいる両国の陣営に聞こえるように大きな声で叫ぶ。


「この決闘、俺の……エドワーズ国の勝利だ!」

 

「「「うおおおおおおおおお!!」」」


 エドワーズ国側の陣営から大きな歓声が巻き上がる。騎士達やパジアさん、それにサーラさん達が喜び合っている。


 反対にバードン国の陣営は絶望感に溢れていた。絶対に勝利できると確信して、国まで賭けて戦争を仕掛けたのに敗北してしまったのだ。決闘が始まる前の余裕の笑みはもうどこにもない。


「……我の負けだな。まあ、やつらにはとても気の毒なことをしたが、我を戦争に利用したのだ。我が言うことでもないが、その責は負ってもらわねばならんな」


「………………」


 本当にギリギリの勝負だった。3日間の訓練、ボリスさん達からもらった情報、パジアさんから借りた神雷の腕輪にスタングレネードに手榴弾、そのどれかが欠けていても今回の勝負には勝てなかった。


 それとアンデがこの勝負に本気で勝ちにこなかったのも勝因のひとつだ。戦闘を楽しむように、自身の力を証明し、相手の力すべてを受けようとする戦い方をしていたようにも見えた。


 そうでなければ、あの魔法無効化と高速な転移魔法によって、相手を瞬殺することなど容易であっただろう。正直に言って、もう一度戦ったとしても勝てるイメージはまったくわかない。今回は初見殺しがうまくハマっただけであった。


「……しかしマサヨシ、貴様も甘いな。最後の最後で我を殺そうとはしなかった。その甘さがいつか命取りになるぞ」


「その言葉はそっくりそのまま返すよ。アンデも俺を殺さずに降参させようとしていただろ? 大魔導士は俺の恩人でもあるんだ。その弟子を俺の手で殺したくなんかない」


 アンデが最強になるためだけに、敵すべてを皆殺しにするような冷酷な相手であったら、おそらく俺も他の被害者が出る前に、アンデを殺さざるをえなかった。


 しかし、国やボリスさん達が調べてくれた情報によると、大魔導士を継ぐ者と戦った相手は全員生きている。魔物や盗賊に襲われそうになったところを助けられた人達も大勢いるし、奴隷商や犯罪組織をいくつも潰したという情報もたくさんある。一心に最強を求めていたが、根が悪人というわけではないらしい。


「……ふん、まあよい。これ以上我がここにいても面倒なだけだ。バードン国のやつらが何を言ってくるかわからん。


 師匠の家は破滅の森にあるのだったな。どちらにせよ破滅の森の魔物達とも戦ってみようと思っていたところだ。師匠の家を探すついでに楽しませてもらうとしよう。ではまた会おうぞ、我が弟弟子よ!」


「あっ、ちょっと待って! 大魔導士の家の中にある黒い面には……って速えな!」


 こちらの話を聞く前に、一瞬のうちに消えてしまった。いつ来るかわからないが、俺がいない間に大魔導士の家にある俺の世界への扉には入ってほしくなかったのに! というか、こちらの世界の人が俺の世界に来れるかもまだわかっていないんだよな。


 くそ、本当にあの瞬間移動みたいな転移魔法は便利だよな。というかこの後のことをすべてほっぽり出して逃げやがった! 俺もこの隙に逃げたり……したら絶対に不味いよな……






「マサヨシ様!」


「おっと!」


 エドワーズ国の陣営に戻ってくるとサーラさんが俺に抱きついてきた。その肩にはフー助も一緒にいる。ちゃんとサーラさん達を守ってくれたみたいだ。


「マサヨシ様、お怪我はありませんか!」


「ホー!」


「ええ、回復魔法を使ったのでもう怪我ひとつありませんよ。フー助、みんなを守ってくれてありがとうな」


 確かに今の俺はボロボロに見える。大魔導士の家にあった一番丈夫なはずの銀の鎧はめちゃくちゃにひしゃげ、右足と左腕の部分に至っては金属の部分が剥がれてしまっている。長い間使っていた黒い仮面も半分は割れてしまっていた。


 だが、身体のほうは回復魔法ですでに全快している。相変わらずこちらの世界の回復魔法は万能すぎるな。


「マサヨシ様がご無事で本当によかったです。……またマサヨシ様に助けてもらいましたね」


「俺が好きでやっているので気にしないでいいですよ。それよりも、今度こういうことがあったら、ちゃんと俺にも相談してくださいね。俺の知らないところでサーラさんが死ぬなんて絶対にごめんですから」


「……はい。助けてくれて本当にありがとうございました。あの、マサヨシ様!」


「はい?」


「私と結婚してください!!」

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