第136話 心の中でのガッツポーズ
「本当に助かったよ。何とお礼を言っていいか……」
「いえ、たまたま通りかかっただけなので気にしないでください。それよりもひとつお願いがあるんですが、こいつらを倒したのは俺ひとりってことにしておいてくれませんか?」
「あ、ああ。それはもちろん構わないけれど、この連中が何というか。高校生くらいの君にやられたというくらいなら、向こうの強そうな彼にやられたというかもしれないよ」
確かにこういうチンピラって無駄にプライドだけは高そうだからな。高校生に負けたとは言わずに、格闘技をやっていてガタイの良い茂木さんにやられたと証言するかもしれない。だが……
「あいつらのほうは大丈夫です。すみませんがよろしくお願いします」
「ああ、わかったよ」
「というわけで茂木さん。悪いですが手柄はもらいます。俺のことはいいので、待ってもらっていたタクシーに乗ってホテルに帰ってください」
「……いや、兄貴が俺を庇おうとしてくれているのはわかりますけど、自分がしたことは自分でケジメをつけるんで大丈夫っすよ! それにこのおっさんもこいつらが悪いって証言してくれるんで多分大丈夫でしょ」
大きな怪我はさせてないから大丈夫だとは思うんだが、万が一出場取り消しとかになったら本気で困る。
「これは命令だ。正当防衛とはいえ、格闘技をやっている人よりも、一般の高校生が殴ったことにしておいたほうが問題ないと思う。それにせっかく練習に付き合ったんだから、万全の体調で大会に望んで頑張ってくださいよ」
「……兄貴、お言葉に甘えさせてもらいます! 俺、絶対に大会で優勝してやりますからね!」
「期待してますよ。とはいえそこまで無理はしないでくださいね」
「押忍! さっきの兄貴はマジで子供の頃に憧れたヒーローみたいに格好良かったっす! 子供の頃は大きくなったら、強くなって悪人とかぶっ倒したいなとか本気で思ってましたからね」
「なるほど、それで格闘技を習って強くなろうとしたんですね。いい理由じゃないですか」
「いえ、総合格闘技を初めた理由は女にモテたかっただけっすよ。男ならやっぱり女の子に格好いいところ見せたいじゃないっすか!」
「………………」
……やっぱり茂木さんは茂木さんだった。まあ、悪い人でないことは間違いとは思うんだけどな。
そのあとは警察が来る前に、チンピラどもから茂木さんの記憶だけを忘却魔法で消し、二度と恐喝をしないように威圧スキルで念入りに脅しておいた。それこそトラウマとなってしまってもかまわないくらいにな。
そのこともあって警察から事情を聞かれたが、俺ひとりでこいつらを倒したということになった。全員の証言も一致しているし、大きな机を持ち上げて力があることを見せたら、警察の人も納得してくれたようだ。
捕まえたチンピラどもは恐喝罪と傷害罪として逮捕されることになるらしいが、他にもいくつかの余罪が疑われているらしい。
俺のほうはというと、名前や連絡先は聞かれたが、実家や高校に連絡はいかないようで安心した。もしやりすぎて退学とか言われたらガチで逃げようかとも思っていたのは秘密だ。
警察での事情聴取が終わって宿に戻る。帰るのが遅くなったのだが、安倍や渡辺には茂木さんとの練習が遅くなったと誤魔化しておいた。
「なあ、立原」
「なんだ、安倍」
「俺は今日ほど海に来ることが楽しみだった日はない」
「……奇遇だな、俺もだ」
青い海、白い砂浜、暑い日差し、カラフルなビーチパラソル。そんなものはすべてどうだっていい。この暑い中2日間も汗水を垂らし(俺は垂らしてはいないが)、頑張って肉体労働をしてきた苦労が報われるのは今まさにこの瞬間!
「ごめん、待った?」
「「お前じゃねえよ!!」」
「うわっ、2人ともどうしたの急に!?」
少し遅れて渡辺が海パンに着替えてやってきた。すまんが待っていたのは渡辺、お前じゃないんだよ!
「兄貴、お待たせしました!」
……そして茂木さん、あなたでもないんだ。この時ばかりは安倍と俺の想いがシンクロしている。海の更衣室でさっさと海パンに着替えて待ちきれずに外に出て、更衣室前の待ち合わせ場所に出てきてしまった。男たるものしょうがないよな。
……まあ普通に考えれば、渡辺や茂木さんよりも着替えるのが早い訳はないんだけど。
「お待たせ。ごめんなさい、更衣室が結構混んでいたの」
「みんな、昨日と一昨日は本当にありがとうね。みんなのおかげで無事にライブが成功したわ!」
「ううん、全然待っていないよ。それにバイト代ももらえたし、みんなでどこかに遊びに行きたいと思っていたしちょうどよかったよ」
冷静沈着スキルで平静を装いながらも心の中ではガッツポーズをする。おそらくは安倍も渡辺も同じ気持ちだろう。茂木さんはアイドルの衣装を担当していると聞いたが、水着とかも担当で水着姿の女の子には慣れているのだろうか。だとしたら爆発してほしい。
川端さんは可愛らしいフリルのついた上下に分かれた水着で、下の方はショートパンツのようだ。
佐山さんのほうは少し大胆なビキニでパレオのようなものが付いている。アイドルとしての顔を隠すためか、麦わら帽子をかぶってサングラスをかけている。
……いや水着なんてどんなものでも関係ない。同年代の女の子と海に来ているという事実だけですでに満足している俺がいた。
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