第132話 アルバイト1日目
バスに揺られること2時間。バスが停車してライブ会場に着いた。今まで2回、佐山さんのライブに参加してその時はどちらも屋内だったが、今回は屋外にライブ会場が設置されている。
「すっげ〜! こんな大きな会場なんだ」
「本当〜ゆかりこんなに大きな場所で歌うんだ……」
「もちろん佐山さん達のグループだけじゃなくて他のグループも大勢参加するんすよ」
「僕も調べてみたけど、今人気のある地下アイドルグループだけじゃなくて、テレビとかで見かける声優さんも来ているんだって!」
このバスには安倍、渡辺、川端さん、茂木さん、そして他のスタッフさんが乗っていた。佐山さんや他に出演する人達は別のバスでもう少し後に来るらしい。
……そしてなぜか茂木さんも俺達と一緒に行動している。安倍や川端さんはコミュ力が高く、すぐに誰とでも仲良くなれるのだが、俺は茂木さんみたいにチャラめのグイグイくるタイプは少し苦手だ。
とはいえ、茂木さんとはいろいろあって、性格は残念だがそこまで悪い人ではないことを知っているし、今でもたまに連絡がきてやりとりをしているからもう慣れた。
渡辺も俺と同じで茂木さんみたいなタイプは苦手だと思っていたのだが、バスの中でアイドルやその衣装について話しており、意外と意気投合していた。
「それでは機材設置班の人はこちらにお願いします」
「あ、俺だ。それじゃあ、みんなまたあとで」
「おう、またあとでな」
「うん、またあとでね」
今回のアルバイトは別々の班に分かれている。俺は力仕事の撮影機材設置班で、ライブが始まるまでは撮影用の機材や大きな荷物を運び、ライブ中は会場を見回るといった役割だ。
安倍と川端さんは会場の受付係でチケットの有無を確認し、お客様を案内する。渡辺は物販コーナーの手伝いだ。茂木さんは忘れそうになるが、アイドルグループの衣装担当なので、ステージの裏側へと向かっていった。他のグループの衣装も担当しているらしいし、たぶん俺達よりも忙しいのだろう。
「立原くん、そっちの機材をここまで持ってきて。重いから気をつけてね」
「はい、わかりました」
リーダーの指示に従って機材をトラックから会場まで運ぶ。かなり重い機材も多くあったのだが、今の俺の力ならまったく苦労せずに機材を運ぶことができた。
リーダーの人も突然入ったアルバイトの俺に丁寧に指示を出してくれるおかげで、無事にライブ前にすべての作業を終えることができた。
「いやあ、急遽人が足りなくなってどうなることかと思ったけれど、立原くんが来てくれて本当に助かったよ。それじゃあこの後は向こうのスタッフの指示に従ってね」
「はい」
機材設置が無事に終わり、今度はライブ会場内の見回りの仕事に移る。見回りとはいえ、アルバイトなのでそれほど難しい仕事ではない。
物販コーナーや出店、ライブ会場を見回ってトイレや会場の案内をしたり、怪しい人がいないかを見て回る。もちろん不審者を見つけても、正式に雇われている警備の人にトランシーバーで連絡をするだけで何かをするわけではない。
「すみません、このアイドルグループの物販コーナーはどっちですか?」
「はい、こっちになります」
事前に覚えた会場の見取り図と、先程見て回って覚えた会場を照らし合わせて案内する。スタッフは全員お揃いのTシャツを着ているので、お客さんもスタッフがすぐにわかるようになっている。
そしてさっきから女性に道を聞かれることが多い。会場はビーチにあり、来場しているお客の8割は水着を着ているので、水着の女性に声をかけられると少し……いや物凄くドキドキしてしまう。
こんなところで使うのはどうかと思うが、冷静沈着スキルを使用している。もしこれがなければ、普通に話せていたかちょっと自信がない。
ライブが始まってしまえば、見回りの仕事はほとんどなく、会場をまわりながらライブをチラチラと横目で見ることもできた。
唯一残念だったことは、ビーチでのライブだからといって、アイドルは水着というわけではないようだ。佐山さん達のグループもいつもの衣装より少し薄着ではあったが、水着ではなかった。……残念。
「イベントスタッフのバイトって意外としんどいんだな。初めは受付で突っ立ってチケットを確認していればいいだけだと思っていたら、ずっと立ちっぱなしで後半はめちゃくちゃ疲れたぜ」
「本当ね。何回か休憩をもらったんだけれど、まだ足が痛いわ……」
無事に1日目のライブが終了し、片付けや明日の準備等を行った後にアルバイトの仕事は終了して今は宿に移動してきた。宿は海によくある民宿といった感じで、俺と安倍と渡辺が同室の3人部屋となっている。川端さんは別の女性スタッフと同室だが、今は外に出ているらしく、俺達の部屋に遊びにきている。
「物販のほうは、ライブが始まる前と終わった後が物凄く大変だったけど、ライブ中はだいぶ余裕があって歌を聞けて本当にラッキーだったよ」
「俺のほうは前半の機材設置は暑くて地獄だったけど、後半の見回りはだいぶ楽だったな。歌も聞けたし、踊っている姿も少しだけ見れたよ。佐山さん達のグループが歌っているところもチラッと見ることができたしね」
「素直に羨ましいとは言えないなあ……俺も受付の仕事が始まる前に会場の手伝いをしていたんだ。そん時に見えたけど、この炎天下の中にあんなに重そうな機材を運んでいたし、間違いなくあの仕事が一番地獄だぜ」
そう、俺はまだ機材を軽々と持てたからいいのだが、俺と一緒に機材を運んでいたスタッフは滝のように汗を流していた。俺も何度も水分補充をしっかりするように言われたし、おそらくあれが一番しんどい仕事だったと思う。
「うわあ〜僕なら絶対に無理だよ」
俺も太っていたころだったら、間違いなく熱中症でぶっ倒れていただろう。
「その分見回りはだいぶ楽だったから助かったよ。明日が終われば、明後日は海で遊べるからあと一日頑張ろうな!」
「おう!」
「うん!」
「ええ!」
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