第112話 土下座


「みなさん、魔法を放つので少し離れていてください!」


「わかったぜ!」


「フー助、もうちょっとそのまま頼む!」


「ホー!」


 防御をフー助に任せてゴキブリ共に魔法を放つ準備をする。元の世界のゴキブリなら寒さに弱かったはずだ。


「アイシクルプリズン!」


 魔法を発動させるとゴキブリ共が足元から凍りついていく。この魔法は範囲内にいる敵をすべて凍らせる上級氷魔法だ。


 それほど殺傷能力があるわけではないが、このフロア全体くらいならすべてを凍らせることが可能だ。


「す、すげえ! なんて規模の魔法だ!」


「魔物すべてを凍らせやがった! ただの金持ちじゃなかったのか!?」


「フー助、助かったよ。ありがとうな」


「ホー!」


 よし、予想通りゴキブリ共は氷に包まれて動かなくなっていた。確かゴキブリは寒さに弱く、北海道ではほとんど見かけないと聞く。それに某殺虫剤メーカーから凍らす系のスプレーも出ていたしな。


「まだ生きているかもしれないので気をつけてください」


「相変わらず凄まじい魔法ですわね、マサヨシ様」


「マサヨシ兄さんに美味しいところを持っていかれたよ」


「……すみません、ちょっとこのボスの姿が苦手だったので早急に対処しました」


「マサヨシに苦手なものがあったとはな。あんな悲鳴初めて聞いたぜ」


「うっ……それは忘れてください」


 さすがにあの大きくて大量のゴキブリを見た時の衝撃はヤバかった。夢とかに出てきてもおかしくない。


「……な、なあ、あんた。もしかして高位の回復魔法が使えんのか?」


「あ、はい。高位な回復魔法かはわかりませんが、大抵の怪我なら治すことができると思います」


 疾風迅雷メンバーのひとりであるニ刀の剣を持って戦っていた小柄な男が俺に向かって話しかけてきた。


「すまねえ、助かった。さっきはあんな悪態をついたのに助太刀してくれて感謝する」


「あんたのおかげで命拾いした。すまない、感謝する」


 リーダーである大柄な男が頭を下げてきた。そして傷を治してあげた弓を持った背の高い男も頭を下げてくる。


 どうやらガラは悪かったが、ちゃんと礼を言うことはできるらしい。それか先程まで休息なしでここまで来ていたハイな状態が覚めたのだろうか。さすがにこれ以上突っかかられても困るところだ。


「無事でよかったです。俺が言う資格があるかはわかりませんが、もう少し自分達の命は大切にしてほしいです。どんな理由があるにせよ、仲間の命を危険に晒してまで無理をしないでください」


 俺も一度は自ら命を捨てようとした身だし、特大のブーメランになっていることはわかっている。だが、先日のように避けられない交通事故で命を落とす者もいるのに、こんな危険な世界で無茶をして死にたくないのに死んでしまうなんてあまりにも馬鹿げている。


「……返す言葉もねえ。いくら金が必要でも無茶しすぎた。俺はリーダー失格だ」


「リーダーは悪くねえだろ! 金がいるのは俺の家の事情だ!」


「それも含めて俺の責任だ。いいからてめえは黙っていろ」


「なあ、あんた、マサヨシと言ったな。あんたに頼みがある!」


 小柄な男が前に出てきた。


「頼みですか?」


「頼む、どうか俺の弟を助けてくれ!!」


「っ!! そうか、あの回復魔法ならもしかしたら!」


「ああ! 俺の大怪我も一瞬で治したあの回復魔法なら!」


 弟、回復魔法? 弟が大怪我でもしてるのか?


「……さっきから黙って聞いていれば、ずいぶんな言い草だな。あんたらがダンジョンに入った時にマサヨシのことをなんて言っていたか全部聞こえていたぜ。


 それにマサヨシは否定していたが、どうせダンジョンの安全地帯でマサヨシにあったときも散々に馬鹿にしてたんだろ? それを高位の回復魔法が使えるとわかった途端に頼みがあるだ、舐めているのか?」


「……本当にすまねえ。最近はみんな自分達の無力さにイライラして気が立っていたんだ」


「それがマサヨシ様を罵倒していた理由になるとでも思っているのですか?」


 リリスさんとルルネさんがリーダーに詰め寄る。俺のために怒ってくれているのは非常に嬉しいが、ちょっと怖い。


「今までのことは謝る! 金なら今は払えなくても必ず払う! どうか弟を助けてくれ!」


「俺達にできることなら何でもする、どうか頼む!」


 小柄な男が頭を地面につけて土下座をする。それに合わせて残りのメンバーも土下座をしてきた。この世界にも土下座があるのだなと思いつつ、大の大人4人が高校生の俺に土下座をしているという異様な光景。


 ……確かに俺のメンタルが鍛えられているとはいえ、この人達に散々罵倒されてきて何も感じていないわけではない。


 とはいえ相手に土下座されて気分が晴れるということはなかった。むしろ俺のほうがいじめているみたいでなんだか少しだけ気分が悪い。露原達いじめグループは俺の土下座を笑って見ていたが、こんなの何が面白いんだ?


「……顔をあげて下さい。とりあえず罵倒についての謝罪は受け入れます。俺に治せるかわかりませんが、まずは詳しい話を聞かせてください」


「本当か!?」


「……こうなることはわかりきっていたがな」


「お兄ちゃんならそうなるニャ」


「私達もこの人達と同じで、無茶をしてマサヨシ様に助けてもらいましたから、これ以上は何も言えませんわね」


「ホー!」


 ここでこの人達を見捨てられるようなら、そもそもボス部屋に突入していない。リリスさん達にはすでに見透かされているようだ。

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