第110話 ボス部屋


 だが次の安全地帯のことを考える必要はなかったらしい。15階層で俺達の前に現れたものは16階層に降りる階段ではなく、明らかに今までと異なる雰囲気を出した大きな扉だった。

 

「くそったれ、もう来やがったか!」


「危なかったぜ、本当にギリギリだったようだな」


 俺達の目の前にある大きな扉、これがこのダンジョンの最下層のボスの部屋なのだろう。見るからに雰囲気がこれまでのダンジョンフロアとは異なる。


 そしてその大きな扉の前で座りながら休んでいる疾風迅雷のパーティメンバー。どうやらギリギリのところで向こうが先にボスの部屋まで到着していたようだ。この前のフロアに魔物の死骸を見かけなかったということは、俺達とは別のルートを通ってきたのだろう。


「……まさか先を越されているとは思わなかったな」


「本当についさっき到着したところだ。さすがAランク冒険者だな。俺らがここまでやってこんなに早く追いつかれるとは思いもしなかったぞ」


 リリスさん達が驚いているのも無理はない。俺もまさかこの人達のほうが早く最下層まで到着することができたなんて思ってもいなかった。


「あんたらまさかそんなボロボロな状態でボスに挑むんじゃないだろうな?」


 ノノハさんが言う通り、疾風迅雷のメンバーは俺が見てわかるくらいに全員が満身創痍な状態だ。身に付けている装備はボロボロですり傷や切り傷が多く、至る所から血も流れている。


 おかしいな。確かに階層を降りるごとに魔物は強くなってきてはいたが、これほどまでに傷付くほど強い魔物は出てきていないと思うのだが……


「てめえらには関係ねえだろ!」


「俺達のほうが先にここに辿り着いた。先にボスに挑む権利があるはずだ!」


「……どうやらここに辿り着くまでにだいぶ無理をしたようですね。防御を考えずにがむしゃらに前に出続けたのでしょう。それにほとんど休息などとっていないのでしょうね」


「無茶しすぎだニャ……」


 ……そういうことか。おそらくA級冒険者であるリリスさん達に対抗するために、俺達とは異なり睡眠どころか休息や食事などをろくに取らずにここまで辿り着いたのだろう。


 そして当たり前だが普通の冒険者ならば、常に守りに意識を割くものだが、攻撃を重視して前に進むことに全力を尽くしたということか。それならばリリスさん達の進行速度についていけたのも納得できる。くそっ、もしもこのダンジョンが20階層あったなら、間違いなく追いつけたんだがな。


「余計なお世話だ。おいおまえら、行くぞ! あと少しだけ気合を入れろ!」


 

「「「おう!」」」


「あ〜待て待て、わかったよ。俺達の負けだ。あんたらが先にボスに挑んでいいから、もう少し身体を休めてから行け。このままボスと戦って下手をしたら何人か死ぬかもしれないぞ。おまえら、悪いけどそれでいいな?」


「……リリスがそう言うなら仕方ねえな」


「……このまま誰かに死なれてしまっては気分がよくありませんからね」


「……仕方ないニャ」


「もちろん俺もいいですよ」


「ホー!」


 正直に言って俺はこの人達の覚悟をなめていたな。まさかそこまでしてこのダンジョンを本気で攻略しようとしていたとは思ってもいなかった。


 俺はといえば異世界でダンジョン探索ができたことをただ単純に楽しんでいただけだったからな。誰も怪我さえしなければ、別に負けてもいいやくらいに思っていたわけだし、覚悟が全然違ったわけだ。これは少しばかり反省しなくてはならない。


 ぶっちゃけリリスさん達とのダンジョン攻略は十分楽しめたし、この人達がボスを倒して付近の街や村が助かるのならそれでいい。ただしリリスさん達を馬鹿にしたり、悪い噂を流そうとしたら、威圧スキルを使って釘を刺すけどな。


「はっ、そうやってあとで依頼報酬の一部でも要求するつもりか? 悪いが依頼報酬は俺達のものだ!」


「そうだ、てめえらは俺達がボスと戦っているのを黙って見ていろ!」


「いや、別にそんなことはしねえよ。悪いことは言わないから少しだけでも休んでから行けって。なんならあんたらが安心できるように、俺達は別のフロアにいるからよ」


「信用できるか! おら、さっさと行くぞ!」


「……いっちまったな」


 疾風迅雷パーティがリリスさんの制止を押し切ってボス部屋に入ろうとしている。普通に考えたらAランク冒険者のリリスさん達がそんなことをするはずがないことくらいすぐにわかりそうなのに。


 ほとんど休息を取ってない様子だから、冷静な思考ができていないのか、寝ていないハイテンション状態でおかしな思考になっているのかもしれない。俺もゲームや漫画に没頭して徹夜した時に、かなりおかしなテンションになることはよくある。


「まあ彼らもBランク冒険者ですから、15階層くらいのボスには負けることはないでしょう。たとえ勝つのが難しくても、引き際くらいは見極められるでしょう」


「……どうだかな。理由はわからないが、相当切羽詰まっているように見えたぞ。ここまで来るのにだいぶ無理していたみたいだしな」


「さすがにここから先は自己責任だから俺達が何か言ってもしょうがないな。一応ボス部屋には入れるが、別のパーティの戦闘中に入るのは冒険者として問題行為だからな。助けを呼ばれたらボス部屋に入って手助けをするでいいんじゃないのか?」


「了解だニャ!」


「ああ、それでいいと思うぜ」


「了解です!」

 

 このくらいの規模のダンジョンのボス戦なら、ボス部屋から撤退することは問題なくできるらしい。これがもっと大きなダンジョンの下層では、一度入ったらボスを倒すかパーティが全滅するまで出られない極悪なボス部屋もあるようだ。

 

 俺達は大人しくボス部屋の外で待機している。助けを求められたら、すぐにボス部屋に入って加勢するとしよう。

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