第97話 これが普通なんだよな


「どこも楽しかったね。家系ラーメンも中華料理もとても美味しかったし」


「そうね、横浜も見るところがいっぱいあってよかったわね」


 横浜周辺を観光したあとは鎌倉の宿でのんびりと過ごしている。どの料理もとても美味しかったし、観光地も楽しかった。


 でも横浜といいつつ横浜駅には家系ラーメン発祥の店以外は特に何もないんだな。みなとみらいとか中華街は横浜駅から少し離れているようだし。


「たまには旅行してゆっくりするのもいいわね〜この宿は温泉も有名らしいから行ってみようかしら」


「そうなんだ。せっかくだし少し暑いけど俺も入ろうかな」


 幸い日も沈んでだいぶ涼しくなってきた。結構歩いて汗もかいたし夏の温泉も悪くないだろう。


「見事に誰もいないな」


 浴場の案内に従って外に出てみると、そこには広くて立派な露天風呂があった。しかし、夏だからか平日だからかわからないが、今露天風呂に入っているのは俺1人だった。


「うおあああ〜効くなあ〜」


 疲れた後に温泉に入るほど気持ちいいことはないよな。今日一日の疲れが温泉に染み出していくみたいだ。


「よし、ここなら大丈夫だろ」


 風呂桶を持ってきて温泉をすくって露天風呂のドアから一番離れた場所に風呂桶を持ってきた。温泉に入りつつ、たとえドアから誰かが入ってきても見えないように俺の身体でさえぎる。

 

「フー助、お待たせ」


「ホー!」


 そう、実はこの旅行は親子2人ではなく、フー助はずっと俺の頭の上にいながら旅行を楽しんでいた。


 さすがに羽とかもあるし、大浴場の中に入れるわけにはいかないから、桶の中に温泉の湯を満たして小さなお風呂を作ってあげた。


 というかそもそもフクロウってお湯とかは大丈夫なのだろうか? ネットでは水浴びはすると書いてあったから水は大丈夫なのだろうけど、お湯は大丈夫なのか?


「ホー♪」


 風呂桶の中でとても気持ちよさそうにくつろぐフー助。やだこの子、めちゃくちゃ可愛いんだけど!


 くそ、風呂の中だから携帯は持ってきていない。フー助が風呂桶の中でくつろいでいるこの姿を動画に残しておきたかったのに!


 いつもフー助には俺の部屋でお留守番をしてもらっているからな。こういう機会にのんびりとしてもらおう。


 それからしばらくの間は他のお客さんも来なかったので、フー助もゆっくりと温泉を楽しむことができたようだ。






 そして次の日、鎌倉で有名な大仏を見たり、鶴岡八幡宮などを観光してきた。日本史にそこまで興味のない俺でも、歴史の教科書に載っているくらい有名なお寺や大仏などを、実際に見て回るのは意外と楽しかったな。


 お昼は江ノ電を使って江ノ島へ移動し、そこで有名な生シラス丼を食べた。生シラスは初めて食べたのだが、茹でられたシラスとは味も食感も全然違ってとても美味しかった。


 そのまま江ノ島を観光し、一番上まで登って江ノ島の景色を一望した。さすがに湘南の海ということもあってサーフィンをしている人や海で泳いでいる人もいっぱいいたな。


 最後に江ノ島の近くにある有名なバスケットボール漫画のアニメのオープニングで出てくる踏切に寄ってみた。俺が母さんと一緒に横浜と鎌倉に旅行に行くと言ったら渡辺がわざわざ教えてくれたのだ。


 結構古い漫画やアニメだけれど、めちゃくちゃ面白かったから一気に見てしまったんだよな。踏切の奥には湘南の美しい海と水平線がどこまでも続いている。本当にアニメのままの風景がそこには広がっていた。


 まあ母さんから見たら、なんでただの踏切をそんなに一生懸命に写真を撮っているのかわからなそうだった。まあ漫画やアニメの聖地巡礼なんてそんなものだよな。




「はあ〜2日間で結構歩いたわね。母さんクタクタよ」


「今回の旅行は結構歩いたね。前の旅行みたいに、ひたすらのんびりと温泉につかるのもいいけど、今回の旅行みたいに観光地をひたすらまわるのも楽しかったよ」


 母さん的にはいつも仕事で疲れているから、温泉でのんびりと過ごすほうがよいのかもしれない。でも俺は今回の旅行みたいなほうが楽しかったな。


 それにしても旅行中に特にトラブルがなくて本当によかった。せっかくの母さんとの旅行中になにかあったら嫌だもんな。


「……もうすっかり元気になったみたいね」


「え、なにが? 別に最近は病気になったりしてないけど」


「数ヶ月前くらい前にすごく元気がなかった時期があったじゃない? 正義が一気に痩せて今の格好になる前くらいのころよ」


「……ああその頃か」


 露原達いじめグループのいじめが一番酷かった頃だ。母さんにはいじめられていることがバレないように必死で隠していたのだが、少し気付かれていたらしい。


 担任にも相談できないような状況で、ひとりで働いてくれている母さんにはいじめを相談することがどうしてもできなかった。


「正直に言うと少し学校でいろいろあったんだ。でもそれはもう解決したから大丈夫だよ」


「親としては解決する前に教えてほしいけれどね」


「……次からはちゃんと言うようにするよ。そのかわりに母さんも何かあったらすぐに教えてね。お金のほうはそれほど心配しないで大丈夫だから、無理に残業とかしないでいいからね」


「単に人が少ないから残業しているだけよ。最近は正義が食費を抑えてくれているから助かってるわね」


 最近は異世界の食材を使ってだいぶ食費が浮いているからな。食費をだいぶ低く見積もって更に浮いている分については何かあった時のために貯蓄してある。


「それに身体の調子もいいし、前よりも楽になったくらいだわ。正義もせっかくの夏休みなんだし家のことは気にせず楽しんできなさい。あ、でも成績が上がったからといって油断しすぎるのはだめよ。勉強も多少はしておきなさいよ」


「はは、わかってるよ」


 夏休みはまだ始まったばかりだ。母さんには少し悪いけどいろいろと遊びに行かせてもらおう。

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