第44話 獣人の迷信


 そのあと4人がかりで急いでドラゴンの肝を取り出した。ドラゴンって鱗どころか表面の皮まで硬いのな。4人がかりで肝を傷付けないように慎重に解体したとはいえ1時間くらいかかってしまった。そして当たり前だが体長15mほどのドラゴンから取れた肝は1m以上ある。こんな大きなものを街まで運ぶのは結構な労力になるに違いない。


「よし、今から街へ戻ればギリギリ間に合うはずだ!」


 正直ギリギリじゃあ困るんだよな。ここまで来てその領主様が助からなかったら、いくらなんでも後味が悪すぎる。緊急事態だし、しょうがない。


「それじゃあみなさん、荷物を持って俺の側に来てください」


「ん? あ、ああ」


 俺の意図を分からなそうにしつつも俺の近くに集まってくれる4人。そしてリーダーの腕には今取り出したばかりのドラゴンの肝が抱き抱えられている。


 そして自分から言い出しておいてなんだが、美人な4人の女性に囲まれるのはなかなかにいい気分だ。おっと今はそんなことを言っている場合ではない。


「離れないでくださいね。それではいきますよ」


 おお、さすがに4人も移動するとなると、少しは魔力の消費が感じられるな。


「うお!」


「なんなのニャ!」


「これは……まさか!」


「おお!」





 よしよし俺一人ではなく複数人での転移魔法も問題ないな。


 初めて複数人での転移魔法を試してみたが無事に成功した。実際に複数人での転移が可能なことは感覚では分かっていたが、やはり実際に初めて発動する時は緊張する。


「あの壁、まさかエガートンの街なのか!?」


「嘘ニャ! だってあの山からこの街までどれだけの距離があるのニャ!?」


「すっげえ、なんだよこれ! 兄さんの魔法かなんかか!?」


「やはり今のは失われしロストマジックのひとつである転移魔法……」


 あっ、やっぱりそういう系の魔法なのね。他の魔法やスキルに比べて明らかに便利……ゴホン、いや危険な魔法だものな。こんな魔法がポンポン使われたら暗殺者も商売あがったりだ。


「今の魔法については絶対に秘密でお願いしますね。あとドラゴンを倒したのも謎の人物ということにしておいてくれると助かります」


「あ、ああ、約束する! あんたには感謝してもしきれない! そうだ、領主の家にこれを届けたらすぐに金を渡す! あとは換金できるものもすぐに換金するから少しだけ待っててくれ」


「すみませんが時間にそれほど余裕もありませんので。それと装備の換金とかまでしなくていいですからね! 絶対に今までの冒険者稼業ができる分の装備は残しておいてくださいね!」


 ドラゴンを討伐に来ただけのはずが、A級女冒険者達の身ぐるみを剥いだとか変な噂が出回ってしまっては今後の異世界生活に支障をきたす。てか精神的に俺が死ぬ……


「それではこれで失礼しますね。一刻も早く領主様の病を治してあげてください」


 今度は一人で転移魔法を発動させようとする。


「まっ、待ってくれ! 俺はリリスだ! あんたの名前は!? どこに行けばあんたに会える!?」


 おっとそういえば戦闘や解体に夢中でお互いに名前すら名乗ってなかったな。今はお互い時間もなさそうだし、今度時間のある時にでもゆっくりと話すとしよう。


「マサヨシです。6日後の昼にエガートンの街の冒険者ギルドにお邪魔しますね、それではまた」


「マサヨシだな! あんたは俺達の命の恩人だ! 命に代えてもあんたにもらった借りは必ず返す!」






――――――――――――――――――――――――


 俺の言葉が最後まで届いたかは分からないうちにマサヨシは消えていった。本当にあの山脈までの道のりをこの一瞬で往復していきやがったんだな。


「……夢でも見ていたみたいだニャ」


「……夢じゃねえよ。これが証拠だ」


 俺の両腕にずっしりとした重みがある。俺達の目的であったドラゴンの肝だ。そう、夢なんかじゃない。マサヨシ、あの人が現れなければ俺は死んでいた。それにこのドラゴンの肝も手に入れられずにあいつも死んでいた。あの人は俺達二人の命の恩人だ!


 獣人は恩義にはめっぽう厚いんだぜ! 必ずマサヨシにもらった借りは返すからな!


「さあ、早くあの人のもとへ行きましょう! ここまでしていただいて間に合わなかったでは、マサヨシ様に合わせる顔がありませんわ!それにしてもドサクサに紛れてリリスだけ名前を覚えてもらってずるいですわね」


「まったくだぜ! まあマサヨシ兄さんもまた会う約束をしてくれたんだし、次回はしっかりと覚えてもらうようにしようぜ!」


「お兄ちゃん、はやくまた会いたいニャ〜」


 ははっ、考えることはみんな一緒か。ま、あんな迷信昨日まで俺達の誰も信じてなかったからな。そうか。ここ何年も前から俺達より遥かに強いやつなんていなかったから仕方ねえか。

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