第36話 山の麓にある村


 エガートンの街で屋台やワイバーン料理を満喫して街を出る。どちらもとてもいいお店だったし、転移魔法でまた来るとしよう。


 しかしワイバーンであれだけ美味しいならば、いったいドラゴンはどれほどの味なのだろうか。一応事前にダルガさん達にいろいろと話を聞いたところ、ドラゴンの肉は非常に美味であるとされているが、全くと言っていいほど市場に出ることがないらしい。


 ドラゴンはそもそも素材としてもとても珍しく、鱗一枚ですら市場に現れれば大騒ぎになるらしい。そんな中、その肉を食するなどという行為は王族や上級貴族の娯楽中の娯楽になるそうだ。王女であるサーラさんもまだドラゴンを食べたことはないらしい。


 そして鱗や牙、爪や骨だけではなく、その血や肝は秘薬などの精製に使用され、ドラゴン全身の素材が余すことなく使われるそうだ。ドラゴンは人を襲って喰らうが、人里近くに現れることは非常に稀で、数十年に一度高くそびえる山の頂上付近に巣を作り住み着くことがあるらしい。


 俺が今回討伐しようとしているドラゴンもエガートンの街の北部にある山脈に3年ほど前から住み着いていると聞いている。当然、そのドラゴンの素材を求め、多くの冒険者達が一攫千金の夢と龍殺しの名声を求めて北の山脈へ挑んだが、まだ討伐を果たした者はいない。


 大魔導士の力を継承した俺ならおそらく倒せると思うが、無理だと判断したら即時撤退する予定だ。美味しいものは食べたいが、命を懸けるつもりなど毛頭ない。ドラゴンを倒すことができなくとも、逃走したり転移魔法の発動する時間を稼ぐことなら間違いなく可能なはずだ。




 エガートンの街を出てから更に数時間走った後、ようやく山脈の麓にある小さな村が見えてきた。ルクセリアやエガートンの街のように立派な壁はなく、木でできた柵が村のまわりを囲っている。


 村の中に入るのも特に許可証を見せる必要もなく、入ることができた。村の中に入ると、俺と同じような武器と防具を身につけた冒険者のような身なりをした人達が結構いたから、ドラゴンに挑戦、あるいは大半はこっちの方だとは思うが、ワイバーンを狩りに行くのだろう。




「おお、兄ちゃん、立派な鎧を着けてワイバーン狩猟かい? まだ宿が決まってなかったらうちに来なよ! 晩飯も込みだし安くしておくよ!」


「さあいらっしゃい、いらっしゃい! 今日獲れたばかりのワイバーンの串焼きはいかがだい? ワイバーンの串焼きが食べられるのはこのあたりではうちだけだよ!」


 小さい村の割にはあちこちに店や客引きがいてだいぶ賑わっていた。おそらくこの村を拠点に北の山脈を目指す冒険者達を狙って商売をしている観光地のような場所なのだろう。


 宿屋に武器や防具屋、食料の調達など魔物と戦いに行くために必要なものがこの村で全て揃うことになる。屋台や酒屋など、冒険者が好ましい店なども多くあるし、なかなか楽しい村じゃないか。


「おっとそこのカッコいいお兄さん! これから北の山脈に入るなら携帯食料や調理器具なんてどうだい?」


 俺も村を歩いてたら客引きのおじさんに声をかけられた。カッコいいだなんてお世辞だとわかっていても嬉しいことを言ってくれるじゃないか。太っていた頃にはお世辞ですらそんなこと言われたことがなかったからな。


「何があるんですか?」


 お世辞のトークに誘われておじさんのお店を見てみる。当たり前だが、街の店よりも小さく、家の一部屋を商店に改造したような感じだ。


「ウチは干し肉やパンみたいな携帯食料品を売ってるよ。全部うちで作ったもんだ。あとは外で使いやすい包丁やまな板みたいな調理器具なんかもあるよ!」


 確かに棚にはたくさんのパンや干し肉などが並んでいる。サーラさん達と初めて会って外で野営をした時も、この店のパンや干し肉みたいな物を食べたな。


 だが俺には収納魔法があり、しかもこの収納魔法は収納した時のままで時が止まっている。つまりは携帯食料などなくても、普通の料理を収納魔法でしまえばそれで問題解決である。


「んっ? すみません、これはなんなんですか?」


「おっ、お兄さん、お目が高いですね! これはうちの店で一番の商品である魔道具の調理用コンロですよ」


 30cm四方の正方形の箱のようなものに魔法陣が刻まれ、その上に鍋などが置けるように金属の板が十字に固定されている。


「おお、これが魔道具なんですね」

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