【8月5日 嘘】
塚本には奥さんと子供がいるのを知ったのは、3度ほど身体を重ねた後であった。本人から打ち明けられたのではなく、会社の同期の子が話していたのを聞いてしまった。そのことを信じられず、その日の夜にメッセージで訊こうと思ったが、手が震えて結局できないでいた。
二人で居るときに塚本に聞いたら、「そうだよ、だから土日は基本会えないんだよね。ごめんよ」と悪びれもなく言われてしまった。
その場で無理して、気丈なふりをした。
だけど、何もかも分かっていた塚本は後ろから抱きしめてきた。
「あのさ、苺依。ちゃんと好きだよ。本当に」
ほんとうに?
「二人の時間を大事にしたい。もっと苺依を知りたい」
知って、大事にして、もっと。
「苺依の前だけなんだ」
私の前だけ?
「俺は誰の前に居ても、ほんとうの自分を見せられない。いつも誰かが、俺じゃない俺を求めていると気づく。俺は演じ続けなきゃならない。舞台の上にいるだけなんだよ。一人で」
塚本がどんな表情なのか、苺依には分からない。なのに、その湿り気のある声に騙されて、苺依は振り返り塚本の背中に腕を回した。
「だから、びっくりしているんだ。苺依の前では嘘をついてない。嘘の自分じゃなくて、とても情けない自分で居られる」
そう言うと、塚本はさっきより強く抱きしめてくれた。
「かっこ悪いですね」
苺依は腕を解いて、塚本に唇を重ねた。
その時、きっと自分ならこの人のことをと思ってしまったのだろう。
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