六花とけて、君よ来い
The journey is not over yet.
三人の旅立ち
春も間近だというのに、その日は雪が降っていた。はらはら、とまるで花びらが散るように、雪片が地面へと落ちていく。
石を積み上げてできた村は、冷たい空気に沈んでいた。息を潜めたくなるような景色の中、リオたちは丘の上の小さな家から外に出て、いざピスタチオグリーンのマイクロバスへと乗り込もうとしていた。
「どうしても今日出発するのですか?」
不安げに言うのは、エカの父。カイは褐色の瞳を曇天に向け、それから心配そうに娘を見た。
「なにもこんな雪の日に行かなくても」
後部座席のスライドドアに手をかけたその娘は、父の心配など煩わしいとばかりに肩を竦める。
「しつこい。行くといえば、行く」
冷めた視線を投げてよこす様は、まさに親の心子知らずといったところか。粗雑な手付きでドアを開け、さっさと車に乗り込もうというのだから、彼女もたいがい乾いている。
とはいえ、出発を遅らせたくないのは、リオもアリィも一緒だった。ここでまごつけば、とても旅立つことなど出来はしない――そう、リオたちは思っていた。
お互いの父親に会うという目的を果たしたリオたちは、しばらくこの村に留まっていた。新たな旅の目的を定めるため、というのも一つ。もう少し父親たちと交流しておきたかったのも、また一つ。
サイたちが使っている家はあまりに小さかったため、そこから少し離れたところにある比較的無事な建物を利用して、寝泊まりすること一月あまり。久しぶりに堪能した家族団欒の日々は、あまりに温く幸福で、そのままここでの日常を続けても良いか、とさえ思うほどだった。
だが、リオたちは、それらを振り切るかのように、今日旅立つことにした。
エカとの約束があったのも理由の一つではある。しかしそれ以上に、平穏な日々がリオたちにある事実を知らしめるのだ。
〝永遠〟は、ここにはないのだ、と。
ここにいる限り、自分たちは世界でたった三人きりなのだ、と。
『〝人間〟を探しに行こう』
アリィがそう言ったのは、一週間ほど前のことだ。空き家のリビングとおぼしき場所に寝袋を敷き詰めて、川の字になって寝る。そんな夜を幾重にも重ねたある日。暗い天井を見上げながら、彼女は自分の考えを話しはじめた。
『父さんみたいなひとたちが他にもいるんなら、きっと私たちみたいな人間がもっといるはず』
『……探してどうするんだ?』
『どうもしない』
こちらが驚いて起き上がってしまうほどに、はっきりとアリィは断言した。それは自分たちが決めることではない、と。
あれほど自分たちの役割で悩んでいた彼女が、そう言った。
『ただ、見つけてあげたいんだ。この世界で、私たちは独りきりじゃないんだってことを、教えてあげたい』
思い出すのは、母を喪ったときのこと。世界にたった二人取り残されたときの気分を、リオはまだ忘れていなかった。
他の人間たちもきっと同じ思いを味わうだろう。今はまだ、造り手たちの庇護下にいるかもしれない。けれど彼らが居なくなったら? この滅びた世界、人間一人だけでいったい何を為せるというのだろうか。
ただ絶望に打ちひしがれることくらいしかできないのではないだろうか。
父と過ごすうちに、その思いは強くなっていた。今一緒にいるからこそ、喪失したときのことが恐ろしい。
アリィもまた同じだったのだろう。だから、そんなことを言い出した。
『それで何かが変わるってわけじゃないだろうけど』
それでも、あのとき自分が欲しかった手を差し伸べてあげたいのだ、とアリィは言った。
そうして、リオたちは旅立つ決意をした。
「あまり無理はするなよ」
バスの前に並んだリオとアリィの正面に立って、サイは言った。
しきりにエカを心配するカイとは違い、リオたちの父は余計なことは言わなかった。ただ穏やかにその旅立ちを見送ってくれている。それでも心配はしているようで、青い瞳には気遣わしげな色が浮かんでいた。
「いつでも帰ってくるといい。私たちはここに居るから」
「……ありがとう」
じんわりと胸が温かくなる。
「手紙、書くね」
目端に涙が浮いているアリィは、車内に目を向けた。運転席の隣に座るペンギンのロボット、その頭上に梟がいる。
母との手紙はどうしていたのだろう、と思ったら、その梟のロボットを通じてやり取りをしていたらしい。
サイは、リオたちの決意を聞いて梟を贈った。困ったときに力になるだろうから、と。手紙のやり取りをするだけでなく、道案内にも役立つそうだ。
「楽しみにしている」
父の笑顔を最後に、リオたちはバスに乗り込んだ。
リオたちが別れを惜しむ間にも、雪は止む様子を見せなかった。儚き雪片は、フロントガラスに触れるや否や水滴へと変化する。濡れたガラスをワイパーで払って、アリィは窓を開けた。
「それじゃあ、いってきます」
「……気をつけて」
父二人は手を上げて応えた。
六花降りしきる中でバスは静かに動き出す。目指すは東。そこにサイの仲間――〝
「……見つかるかな」
この期に及んで不安を口にするアリィに、後部座席からエカが応えた。
「見つかるさ。奴らはそれを望んでいるのだから」
自分の父を〝奴〟呼ばわりする彼女に笑って、アリィはアクセルを踏み込んだ。
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