今は。

望月 星都 ‐もちづき せと‐

今は。

学校が嫌いだ。

入学当初から、私はいじめの対象だった。

物理的な暴力を受けている訳では無い。言葉の暴力だ。

私は所謂“陰キャ”というやつらしい。確かに人よりコミュニケーション能力は低く、ボソボソと話すのはやはり陰キャの象徴と言えるだろう。しかしそれだけでいじめられているわけではなかった。


最大の原因は私がレズビアンであるということだった。

初恋は、小学生の時に来た教育実習生だった。どうして女の人なのに一緒にいるとドキドキしてしまうんだろう。実習期間が終わって、異様に寂しく、また会いたい感じるのはどうしてだろう。それが恋だと気づいたのは中学生の時。また、女の子にドキドキしてしまった。人と話すのに緊張したから?陰キャの私でも仲良くしてくれたから?それだけじゃないと確信したのは、その子に彼氏が出来た時。ただの友達なら喜ぶべきなのに、私はどうしてかとても悔しく、悲しかった。それがきっかけで過去の教育実習生への気持ちも、今の友達への気持ちも、恋だと気づいた。


当時の私はクラスメイトの女の子、佐原さんに恋をしていた。佐原さんとは特別仲が言い訳でもなく、ほとんど話したこともないような人だからただ目で追うことしか出来なかったけれど、誰かに話を聞いてもらいたくてSNSを始めた。

相談に乗ってくれる友達がいない私にとってSNSは唯一の頼れる場所だった。レズビアンである私を世界の誰かが認めてくれて、話を聞いてくれる。完全に安心しきっていた私はSNSの投稿を続けていた。

それがダメだった。


レズビアンだということが周りにバレてしまったのだ。

周りからは「気持ち悪い」「私たちのこともそんな目で見ていたんだ」「近寄るなレズ」と毎日毎日言われる日々。もともと居場所のなかった私にとって学校はもっと嫌いな場所になってしまった。


家も嫌いだ。

高校生の幼稚な性欲を満たしたために生まれた私。父親は知らない。母親と呼ぶには幼すぎるその人も昔から常に家にいなかった。

帰ってくるなり私や物に当たり、食べ物を投げつけてまた出かける。そんな幼少期を過ごした私は幼稚園や保育所にも通わせられず、まともに人と話すことがなかったため、小学校でも周りに馴染めなかった。


中学生になっても、高校生になっても、周りに馴染めず、陰キャと罵られる毎日。それは全て家のせい、と思いたいがもともとの私の性格のせいでもあると自覚した時は悔しくて、自分が嫌になって、情けない泣き声を枕の上に漏らした。

今になってもあの人は私に関しては無関心。ましてや自身のことに関しても、もうどうでもいいと言わんばかりにやつれてしまっていた。挙句の果てに「アタシがこうなったのも全部アンタのせいよ!」なんて叫びつける。それでも学費を払ってくれるのは、やはり周りからの印象を気にしたものだろうか。


高校2年生の6月。家でも学校でも居場所がなく、もう生きていても意味が無いし、生きるのに疲れてしまって、いっそ死んでしまおうかと思っていた時のこと。ある、1人の転校生がやってきた。中途半端な時期だな、と基本他人に興味が無い私でも少し興味を引かれた。


「片瀬由貴です。よろしくお願いします。」

落ち着きがあり、かつ真っ直ぐ通る声は教室全体に響いた。

切れ長な瞳が印象的な整った顔立ち。つややかな黒髪のストレートショートカット。彼女が教室に入ってきた瞬間、私を含めクラスのほとんどの人が息を飲んだ。


それから片瀬さんはクラスの色々な人に声をかけられたが、馴れ合いを嫌っているのか、転校してから1ヶ月経っても誰かと一緒に笑っている姿を見たことがない。クラスの人もそんな片瀬さんを見て察したのか、日に日に声をかける人は少なくなっていった。


ある日、担任の気まぐれで席替えをすることになった。偶然にも私は片瀬さんと隣の席になった。席を移動した後「よろしく」と一言だけ伝えるとすぐに目線を前に戻してしまった。私も「よろしく」といつものボソボソ声で言ったが、果たしてそれが聞こえていたのか聞こえていなかったのか。


席替えから数日経っても授業以外で接点のなかった片瀬さんだったが、ある日ぐっと距離が縮まった。午後4時をすぎているのにも関わらずまだ昼間のように明るい空の光が差し込み、空いた窓から運動部の掛け声が聞こえてくる教室で、私は1人机に突っ伏して泣いていた。定期的にあるのだ、泣きたくなるほど虚しく感じる時が。それを、片瀬さんに見られてしまったのだ。


「どうしたの。」

そう声をかけてきた。

「別に…何も…」

と、強がったが片瀬さんには無駄だったようだ。

「強がってるなら我慢しなくていい。話した方が楽になることもあるし、貴方が良ければ話を聞く。」

私は片瀬さんのその言葉に甘えてしまった。

今までのこと全てを話してしまった。


そして私は最後に聞いた。


「…死んでもいい?」


その言葉に驚きもせず、片瀬さんは淡々とこう答えた。


「そう聞ける相手がいる貴方はまだ生きている価値があるんじゃない」


反射的に「えっ」と声を漏らした。そんな私を気にもせず、片瀬さんは続けてこう言った。


「そう聞ける相手すらいない人は生きるか死ぬかの選択肢を自分だけに委ねられて、死ぬ時は誰にも知られず死んでいくの。そんな人より貴方は恵まれていると思う。でも、結局決めるのは貴方だから私がどう答えようと関係ない。貴方がそう聞くってことは、まだ生きていたいと心のどこかで思っている。それとも、誰かに存在することを認めて欲しい。そう思ってるからじゃないの」


私は瞳に涙を浮かべながら、片瀬さんを真っ直ぐ見つめた。

どうしてそんなことを言うんだろう。私の心を全て見透かしたみたいに。

どうしてまだ生きていていいと思わせるような言葉を言うの。


その後は何も言わない。

ただそっとハンカチを目元に添えてくれる。

あぁ、私にはまだこの人がいる。まだ生きていていいんだ。

そう思わせてくれたのは片瀬さんが初めてだった。


「…片瀬さん…」

「何…?」

「私の…友達になってくれませんか…?」

「…貴方が私でいいのなら」


てっきり馴れ合いを嫌っているのだと思っていたが、私のお願いを聞いてくれたのだから、それは私の思い違いだったのかもしれない。


以来、私は残りの高校生活のほとんどを片瀬さんと過ごした。

お互い「由貴」「咲良」と呼ぶようになり、私達は親友と呼べるほど仲良くなった。


それから数年後。今は私の大切な彼女である。

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今は。 望月 星都 ‐もちづき せと‐ @mochizuki_07

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