4章 デートは休日手当付き?

4-1


 ウィスタリアの花が満開になるころ、シーズンをむかえるために貴族たちが続々と王都やそのきんこうのタウンハウスへとやって来ていた。

 これから初夏にかけて王都で商売をする者にとってはかき入れ時だ。おしのびで街に出て食事や買い物を楽しむ貴族も多い。

 グランシアこうしゃくていは特にこれといって変わりはなかった。

 ジェラルドの母親は領地で過ごされるとのことでお迎えのたくもいらないし、夜会の招待状はどっさり届くが侯爵家が会をしゅさいする予定はないため、使用人が増減することもない。先日のジェラルドのけんせいのおかげでルルはいじめられることなくメイドとして働き、周囲からは主人とのこいゆくなまあたたかく見守られている――……ようではダメだ!


「だからね、父様。商会の今後のことをしんけんに話し合いたいの」


 休日になり、エインワーズ商会に帰ったルルは、久しぶりに父、母、弟と四人でテーブルを囲んだ。

 議題はエインワーズ家の今後について。母が紅茶をれてくれる。


「ハイ! 俺は姉さんが侯爵様とけっこんしちゃえばいいと思います!」

きゃっです。次、父様」

「……と、父さんはできれば店をたたみたくない。ルルにたより切ることになってしまって申し訳ないが、そのおかげで家や家財道具は売らずに済んでいるわけだし……。やっぱり金をかせぐと言ったら、新しい家具で話題を呼んで立ち直るしかないと思うんだ……」

 ダミアンはくしゃくからのとつぜん契約破棄うらぎりこたえたらしく、王都にもどってきてからの父の精神状態はボロボロだった。家長としての自信がすっかりなくなってしまい、テーブルにの字、、を書きながらぼそぼそとしゃべる。


「母様はどう思う?」

「仮にこの建物を手放したとしても、今後の我が家はどうする? って感じなのよね。ルルちゃんが侯爵様のもとでお世話になっている間、このシーズン中に新しいきゃくなり出資者なりをつかまえるべきじゃないのかしら」


 ルルも母と同意見だった。


「と、なるとやっぱりこれよね」


 テーブルの上にでんっと木箱を置く。

 かんしょう材と共に中に収められているのは、父とガラス職人がギリギリまで開発していたガラス製品だ。サンプルとして作られた丸みを帯びたグラスを手に取る。

 にじいろガラス、と名付けられたその品は、とうめいなガラスの表面に金属粉を蒸着させて作ったものだ。乳白色がかった表面に虹のようなまくが張って見え、角度を変えていつまでも見ていたくなるほど美しい。


「絶対に話題性はあると思うのよ。食器だけじゃなくて、しょう品のびんとかに使ってもわいいと思うし……」

「ああ~……、女性向けに品物を作るってこと?」

「エッチング加工してガラスの表面に模様をえがいた品も何年か前に女性の間で流行はやったわねえ。やっぱり社交界でごれいじょうやマダム向けに流行らせることを考える?」

「父さんは家具に使っても可愛いと思う……」


 家族で会議を開きながらも、「でもうちに人をやとゆうがない」「まずは小さなものから始める?」「シーズンが終わってしまうぞ」となやみはきない。

 トーマスはちらりとルルの顔をうかがった。


「侯爵様に頼れないの?」

「――頼るって? 具体的にどうしろっていうのよ」

こわっ、なんで姉さん、そんなけんごしなのさ」


 トーマスはやたらとジェラルドを頼りたがる。弟にとっては商会や姉のピンチを救ってくれた「侯爵様」に悪い感情はないらしい。


「シーズン期間中、興味のありそうな貴族をしょうかいしてもらえたりとかさー。たのむだけ頼んでみたら?」

「…………」


 今のところジェラルドはただ単に借金をえてくれただけのさいけん者というスタイルをとっており、エインワーズ商会の経営方針を決めたり口をはさんだりはしていない。


(俺が金出してやっているんだから俺の命令に従え! 商会の今後は俺が決める! ……とは言わないのよね、ジェラルドって)


 父や母からも好印象である。

 わがままにっているのはルルに対してだけだ。


(多分、頼めばジェラルドは手を貸してくれるかもしれないけど……。でも、あんまり頼りたくない……)


 身体からだはらえ的にせまられるからではなく。

 お金も仕事も、何もかもジェラルドにそんする羽目になるのはけたいのだ。しかし、代わりにがあるかというと何もない。

 家族の期待を受けたルルは、不承不承ながら「あまり期待はしないでよ」とうなずいた。


 エインワーズ家家族会議を終え、ルルは侯爵邸に帰るために速足で街を歩く。

 父はしきまで送ろうかと言ってくれたが、まだ明るいしだいじょうだと断った。むすめのルルが借金のカタに働かされているようなじょうきょうになってしまっていることに罪悪感があるようだ。どこの家庭も、としごろの娘はそろそろとつぎ先が決まっていてもおかしくない。


(わたしの友達もほとんどみな、相手がいるしなぁ……)


 同じ中流階級家庭に嫁ぐ子もいれば、下級貴族の元に嫁ぐ子もいる。

 友人たちからは「エインワーズ家が借金で困っているのはわかっているけれど、実家やこんめいわくをかけられないからえんじょはできない、ごめんなさい」と謝られたものだ。

 彼女たちの言うことはもっともだし、責めるつもりはない。そこは気にしていないのだけど……。

 ぼーっと歩いていたルルは前方不注意だった。すれちがった男性にかたが当たってしまう。

 ぶつかったのはルルの方だが、


「うわっ」

「危ない!」


 体格差のせいでこちらがバランスをくずしてしまった。男性はよろめいたルルの身体をとっき寄せて支えてくれる。


「すみません、レディ。大丈夫ですか」

「大丈夫です。す、すみません……」


 見知らぬ若い男性に密着することになってしまったルルはあわてた。

 すらりと背が高く、仕立てのいいジャケットを身に着けた、良家の子息風の青年だ。

 やわらかそうなちゃぱつやさしそうなおもち。ジェラルドのようにきらきらしい美形ではなく、上品でほっとするようなふんの持ち主だ。

 そんな人がなぜかルルの顔をじいっと見つめてきた。


「あの……?」

「……もしかして、ルルちゃん……?」

「え?」

「ああ、やっぱり! ルルちゃんでしょう、エインワーズ商会の!」

(……だれだったっけ)


 取引先のご子息だったかしら、とまどうルルに青年はしょうする。


「……無理もないか。卒業してからだいぶつし、僕も面変わりしちゃったから……。同じクラスだったロイだよ。ロイ・コールドスミス。覚えてないかな」

「…………。……ああ! コールドスミス商会の!」


 ロイの顔ではなく家名の方で覚えていた。

 コールドスミス商会も家具はんばいを家業とする、いわばライバル商会だ。仕事もプライベートも特に交流はない。ロイが自分のことを覚えていたことにおどろいたくらいだ。


「久しぶりだね、ルルちゃん。……あの、商会の方は大変だって聞いたけど大丈夫かい?」

「あ、うん。えっと、心配ありがとう」


 商会同士の付き合いですでにある程度の事情は知っているらしい。

 気遣わしげな表情をかべるロイに、ルルはかいつまんでこれまでのけいを話した。どうせ、グランシア侯爵家が借金をかたわりしてくれていることなどどこかかられてしまうだろうと思い、今はジェラルドの元に身を寄せているのだと正直に話す。


「ジェラルドって、あの、ジェラルド・フィリー!?……あ、フィリーってのはめいだったんだっけ……」

「ええ、そう。そのジェラルドよ。メイドとして雇ってもらっているの」

「メイド!?」


 ロイは絶句してしまっていた。

 学校に通っていた時、ルルの家はゆうふくな部類に入っていた。そんなルルがメイドをして

いるなんて信じられないのだろう。


「……コールドスミス商会は順調なようだと聞いているわ。いずれはミスター・ロイがあとぐんでしょう?」


 皮肉っぽい口調になってしまわないように努めながらルルはロイのきんきょうを聞く。

 エインワーズ商会がすい退たいしていく代わりに台頭したのがコールドスミス商会だ。元・エ

インワーズの職人も何人もようけいやくを結んでいるようだとうわさで聞いている。


「ミスターだなんて。そんなにんぎょうな呼び方じゃなくて、子どもの時のようにロイって呼んでよ!」


 ルルのみょうえんりょみぞを感じ取ったのか、ロイは慌てていた。

 呼び捨てし合うような仲ではなかったように思うのだが、確かに落ちぶれたルルが「ミスター」なんて呼ぶとひがんでいると取られるかもしれない。ありがたくロイと呼ぶことにする。


「ロイは今何をしてるの?」

「商会を継ぐために勉強中なんだ。うちの弟はまだ小さいから、順調にいけばあと数年で僕にだいわりかな。だから、僕、発言権もあって……」


 ルルの目をまっすぐに見たロイは言った。


「ルルちゃん、良かったらうちにおいでよ」

「えっ?」

「借金のカタにメイド業なんて……、ルルちゃんの才能がもったいなさすぎるよ! きみはア

イデアマンでエインワーズ商会で生き生きと働いてる女の子だったのに、あんな性格の悪い男の元で働かされているなんてひどすぎる!」


 性格の悪い男……。


「あ、でも、素行は子どもの頃よりはましになっているというか……」

「そんなの当たり前だよ! 外ではねこかぶって、家の中では暴君のように使用人たちをせっかんする貴族だっているらしいじゃないか!」


 大丈夫なのかと本気で心配されてしまう。

 ロイにとってはジェラルドが喧嘩に明け暮れ、相手をぼこぼこにするほどにようしゃのない性格だったという印象がかなり強いようだ。そして負けん気の強かったルルが従わされていると聞けば、良くない想像をしたらしい。


「きみがあの男に借りてるっていうお金は……、がんって工面するよ。だから、今すぐうちに」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。わたしなら大丈夫だから。たいぐうはそんなに……悪くないの」


 セクハラ命令のことはだまっておく。そこに目をつぶれば、日給三万も出してくれるところなんて他にない。日用品は支給されるし、まかないもじゅうぶんだ。


「少しずつだけど順調にお金も返せているし、何より、わたしもちゃんと返済する気があるから、ここでロイにお金を出してもらうのは違うと思うわ。お金の借り先があっちこっちに変わるのもどうかと思うしね」

「僕はきみに貸しを作る気なんて……」

「でも、コールドスミス商会はまだお父様のものでしょう? あとぎが勝手にお金を使い込んだりしたらおこられちゃうわよ」


 小さな子どもをたしなめるように笑うも、ロイはまだなっとくがいっていないようだった。よほどジェラルドの心証は悪いらしい。


「だったら、早く借金が返せるように協力するよ」

「協力?」

「うん。エインワーズ商会の品をうちのはんに乗せるんだ。……共同開発というか……、さんに入ってもらう、みたいな形になってしまうかもしれないけど。うちの商会は貴族とのパイプも太いし、契約だって取りやすいよ。そうしたら、ルルちゃんの借金返済の足しになるんじゃないかな」


 なるほど。

 エインワーズ商会の看板はもう落ちぶれている。コールドスミス商会の名前を借りて商売をするわけだ。……悪くないかもしれない。

 ロイの提案にルルの気持ちは前のめりになった。


「この話、父様に相談してみてもいい? あと一応、ジェラルドにも……」

「もちろん。ゆっくり考えてもらって構わないから。……ごめんね、本当ならお茶でもゆっくりしたいところなんだけど、このあと打ち合わせがあって……。またれんらくするよ、い返事を待ってる」

 そう言って片手を上げてさっそうと去っていく。さわやかなこうすいにおいがその場に残った。




*****




 グランシア侯爵邸に帰ったルルを待ち構えていたのはオリアンとハリエットだった。

 使用人用の通路にいた二人は、ルルの私服姿を上から下までながめまわす。


「……まあ、いいか」

「ええ、派手でも地味でもないし、これでいいんじゃないかしらぁ。かみがただけ直したら?」

「そうね。ルル、あんたちょっと後ろ向いて」

「えっ、何……?」


 下ろしていた髪にバレッタか何かをつけられる。訳がわからないルルは背中を押されて元来た道を歩かされた。


「あの、わたし、帰ってきたばっかりなんだけど……?」


 例の八番街での事件以降、親しく話をするようになったハリエットと、彼女と仲のいいオリアンが「まあいいからいいから」とぬるいほほみを浮かべている。

 屋敷の裏口に連れて行かれたルルの前に現れたのはジェラルド――なぜか彼の服装はラフなシャツにジレを重ねただけのしょみん風の格好。ぎんぱつかくそうとしたらしく、ハンチングぼうの中に収めていた。

 訳がわからないでいるルルをジェラルドの元に押しやった二人はうやうやしく頭を下げる。


「いってらっしゃいませ、ジェラルド様」

「ご苦労だった。行くぞ、ルル」

「……行くってどこに?」


 こんわくするルルの手をジェラルドが取って歩き出す。お手手つないで散歩……というわけでもないだろう。ハンチング帽に手をやったジェラルドは「デートだ」と言った。


「デート!?」

「思えば、再会してすぐにきゅうこんしたのはちょっととうとつすぎたと思ってな。こうやって交流する時間を持つのも悪くはないだろう?」

「……まあ、そうね。つうの男女はデートとかするものよね。さそわれてOKしたらの話で、こんなふうに無理やり連行されるのとは違うと思うけど」


 ハリエットたちはどうやらジェラルドの指示でルルを捕まえてこいと言われたらしい。

 不満そうな顔をしているルルに対し、ジェラルドは強気だ。


「ボーナス、しくないのか」

「わたし、今日は休日よ」

「それなら休日手当もはずんでやる」


 そこまで言われたらルルに断る理由はない。「文句ないな」とジェラルドはほこったように笑った。


「どこに行くの? あなたがそんなラフな格好をしているってことは、高級店じゃないのよね?」

「ああ。四番街の方にはよく行くか?」

「四番街……は、あまりないわね。確か、あの辺りって貴族がお忍びで遊びに来てることが多いんでしょう?」


 高級住宅街の二番街からも行きやすく、ウインドウショッピングを楽しめるようなブティックやカフェが多いと聞く。街中デートと言えば四番街は定番中の定番スポットだ。


「令嬢たちから評判がいいと聞いていて、一度行ってみたいと思っていた店があるんだ」

「……じゃ、そのご令嬢といっしょに行けばよかったんじゃない?」

「ほほう、やきもちか?」

「違うわよ。そのご令嬢たちはあなたとデートがしたかったんじゃないかなって思っただけで」

「心配するな。俺は誰とでもデートをするようなけいはくな男じゃない」

「だから違うってば」


 やきもちなんかいてないのにジェラルドのいいようにかいしゃくされてしまう。

 からかわれてむすっとふくれたルルに対し、「お前を連れて行かないと意味がない場所なんだ」とジェラルドはみょうに自信満々に笑っていた。



「うわ~~~! かわいい~~~!」


 ルルはキラキラした目で展示だなに顔を近づけた。

 ――連れてこられたのはドールハウスの販売店だった。

 いっけん風のこぢんまりとした店で、へきめんたなに家や部屋を模した箱庭が並べられている。

 ベッドが配置された『しんしつ』に、レースやはながらの布をあちこちに使った『女の子の部屋』。色とりどりの小さなドレスが収められた『クローゼットルーム』など、見ていて全くきない。さながら小さなショールームだ。


「すごいわ! こんなに小さいのになんてせいこうに作られているの!? このクローゼットなんて、今流行りの屋根風装飾ペディメント付きのデザインだし、つやし用のニスまでって仕上げているところにこだわりを感じるわね」


 子どものままごと遊び用ではなく、大人の女性がコレクションして楽しむ品だ。お値段もそれなりにするが好きな人にはたまらないだろう。貴族の女性たちがお忍びでたずねる人気スポットと聞いて納得の店だった。


「本当にかわいい……。ずっと見ていられるわ」


 うっとりとドールハウスに見入ってしまう。


「好きなだけ見ていていい。この時間は貸し切りにしてあるからな」

「貸し切……、えっ貸し切り? わざわざ!?」

「別に大したことじゃない。そのほうがゆっくり見られていいと思ったんだ」


 貴族あるあるというか、エインワーズ商会でも貸し切りにしておいてくれと言う貴族はたまにいた。飛び上がって驚くようなことではないのかもしれないが……。


「好きだろ、こういうの」

「ええ、好き! 大好き!」


 勢い込んで答える。

 その勢いに押されたようにジェラルドは目をまばたき、「だと思った」と笑った。優しいがおにルルは思わずどきっとしてしまう。


(しまった……。わたしったらなんて単純な!)


 ジェラルドにからかわれて膨れていたくせに、店に入ったしゅんかんから興奮して喋りっぱ

なしだ。なのにジェラルドははしゃぐルルをかんように受け止めてくれている。


「あ、ありがとう。その、……てきなところに連れてきてくれて」

「別に、俺がお前と一緒に出かけたかっただけだから気にするな。慣れない職場で頑張っているようだし、これまで家のことで気を張っていただろうから、いききができたのなら良かった」


 笑顔に続き、畳みかけるように優しい言葉までかけられ、ルルの心臓は再びねた。

 あくらつがおを知っているはずなのにときめいてしまうなんて、……なんだかくやしい!と声には出さずにもだえる。

 きっとこれはまたルルをからかっているだけに違いない。そう思う反面、


(……わたしの喜ぶようなところに連れてきてくれたりとか、そもそも借金を肩代わりしてくれたりとか……。優しいやつ、なのよね)


 意地悪なところはあるがいやな奴ではないと思い始めていた。むしろ、どうしてルルなんかにこんなに良くしてくれるんだろうかと感謝してもしきれない相手だし、「結婚相手としていったい何の不満があるんだ」と周囲から言われて当然だ。


(それなのに、どうしてわたしはジェラルドの好意をなおに受け取れないんだろう)


 わたしが意地を張っているだけなのか。それとも、子どもの頃にキスされたことを根に持ち続けているから?


(違う。もっと何か、こいつのことがだいきらいになる理由があったはずで――……)


「――このマントルピース、うちのタウンハウスのものと似ているな」


 ジェラルドはルルが照れて黙りこんでしまったと思ったらしい。

 喋りやすい話題を提供してくれてほっとした。ルルは慌てて話に乗る。


「応接間にあるやつね。確かにちょうこくの感じとかは似ているかも」

「銀食器は本物の銀か? ずいぶん細かく再現しているんだな……」


 木製のマントルピースの上には小さなしょくだい。そして、木製の小さな果物が盛られてい

る銀食器が置いてある。話していると、店内にひっそりとひかえていた夫人が遠慮がちに声をかけてきてくれた。この店のあるじの奥方らしい。


「銀は混ぜ物でございますよ。ですが、銀食器の製作自体は細工職人さんにお願いしておりますの」

「へええ……。細工職人さんってこういう仕事もするんですね」

「はじめは木材を加工したものにそうして作っていたんですけど、貴族の方の間で評判になるうちに、より本物らしさを求められましてね。そうしたら、コールドスミス商会さんが職人さんをちゅうかいしてくださったんですよ」

「コールドスミス商会が……!」


 こういう繫がりの作り方や営業方法もあるのかと感心してしまった。


(やっぱり、商売に関しては向こうの商会の方が上手だわ)


 ロイが自分で言っていたように販路や伝手はたくさん持っていそうだ。ちょうど話題に上がり、良いタイミングだと思ったルルは、ジェラルドに話を切り出すことにした。


「あの。実はね、コールドスミス商会のむすのロイから、エインワーズ商会の品をコールドスミス商会の販路に乗せたらどうかって提案してもらっているの」

「いつの間にそんな話を?」

「本当についさっきよ。屋敷に帰ってくる前にぐうぜん会ったの。それで、少しでも早く借金を返したいし、わたしはこのお話を受けたいと思っているんだけど」


 ジェラルドは思案顔をした。


「……エインワーズ家は確かダミアン伯爵からの援助話を断られたと言っていたな」

「ええ、そうなの。今はあなたのおかげで商会をできているけれど、コールドスミス商会の伝手を使えば新しい顧客をつかめるかもしれない。商会を維持できるだけのもうけを出せるのか、それとも借金返済のための足しにしかならないのかはわからないけれど、うちの商会の今後を考えるにはいいチャンスだと思うの」

「そういうことなら俺がなんとかしてやる。俺は経営のことにごちゃごちゃと口を出すつもりはなかったが、わざわざよその商会の手を借りるくらいなら、誰か興味を持ちそうな貴族を紹介してやるよ。それでいいんだろう?」

「…………」


 なんだろう。


「そうじゃない」という気持ちがルルの中にうずいた。

 ジェラルドの紹介なら変な相手ではないだろうし、わざわざロイの手を借りなくともジェラルドにお任せしてしまえばいい。トーマスだってジェラルドの伝手を使えばいいと言っていたではないか。


「だけど……、できればあなたのコネじゃなくて、自分たちの力で仕事を取れるようになりたいというか」

「お前の今の仕事は俺のメイドだろ。なことに時間をくな」


 無駄。

 ガン、と頭をなぐられたような気持ちになった。

 今日のデートで、ルルはなんとなくジェラルドとのきょが近づいたように感じていた。


「ふん。まあ、そんなに言うならやってみろ」とか、「失敗して俺に泣きつく羽目にならないといいな」とか。意地悪なことは言われるだろうが、賛同してくれるだろうと勝手に思い込んでいたのだ。

 商会の今後をうれう気持ちを無駄の一言で片付けられたルルはいかりにふるえる。


「無駄で悪かったわね。でも、わたしにとってはその無駄な時間が大切なのよ」

「……無駄という言い方が気にさわったのか? だが、素直に俺を頼れば済む話だろう」

「わたしはあなたに頼り切りになりたくないのよ」


 資金も契約もすべてジェラルドに依存して、いつか放り出されたらどうするつもりなのか。ジェラルドが永遠に我が家を助けてくれる保障なんてない。本当に結婚する相手ならともかく、ルルは求婚を受けるつもりはないのだから。

 ……そうだ、どうしてこんなにもジェラルドの好意を信じられないのか。思い出した。


『ジェラルド・フィリーがルルちゃんに「本気にするなよ、馬鹿女」って伝えてほしいって言ってたんだけど、……なんのこと?』

 ジェラルドが学校をめた日。ルルへの直接のあいさつはなかったが、たまたま行き会った一人の生徒にルルへの伝言を残したらしいのだ。

 なんのことを言われたかわかったルルはカッと頭に血を上らせた。

 本気にするなよ、馬鹿女。つまり、「よめにしてやる」なんてじょうだんに決まっているだろバーカという意味だ。「本気になんてするわけないでしょ! 本当にむかつく奴なんだから!」と言い返したいのに、その言い返したい相手は学校からいなくなってしまった。

 勝手な宣言をして、勝手にいなくなって。

 そんな相手のことを信じられるわけがない

「商会のことはメイド業の時間外にやるわ。それなら仕事に差し障りもないし、あなたに迷惑をかけなければ構わないでしょう?」

「そんなに俺を頼りたくないのか? 俺にはコールドスミス商会とやらがエインワーズ家の利益をかすっていく未来しか見えない。お前、調子のいいことを言われてだまされているんじゃないのか」

「騙されてなんか……」

「いいから黙って俺の言うことだけ聞いてればいいんだよ」


 この話はこれで終わりだと言わんばかりにピシャリとシャットアウトされる。

 出資者だからジェラルドの発言権が強いのは当たり前だが、何もかもやる前から無駄だと言われたルルは悔しくて食い下がった。


「……なんでもしますからやらせてください」

「はっ。なんでも?」

「エインワーズ家の娘として仕事がしたいんです。お願いします。コールドスミス商会と仕事をさせてください」

「なんでもするというのならキスでもしてもらおうか。『大っきらいな』俺に対してそこまでするかくがあるなら許可してやってもいいぞ」


 キスって。この男は本当にことごとくこちらを馬鹿にしている。

 どうせルルはできないとタカをくくっているんだろう。「できるわけないでしょ、馬鹿じゃないの!」と言ってあきらめると思っているのだ。

 こんがんを鼻で笑い飛ばされ、頭にきたルルはジェラルドのむなぐらを摑んだ。

 ぐいっと体重をかけて引っ張る。

 びをして、ジェラルドのくちびるはしギリギリのところにキスをした。


「…………男に二言はないわよね?」


 ジェラルドはぜんとしていた。


「お、お前、何してるんだ、今っ」

「キスをしたら認めてくださるんですよね? これで文句はないはずですので、コールドスミス商会とのお話を進めさせていただきたいと思います。メイド業に支障を出さないようにいたしますし、一日でも早く借金を返せるように努めます」

「お、おい、ふざけるなよ、そこまでしてあいつの所に行きたいのか」

「ロイの所に行きたいんじゃない。わたしは、うちの商会のためになるように働きたいだけ」

「だからそれは俺がなんとかしてやると言っ」

「あんたのことなんか信用できない。……いつ、あんたの気が変わって、昔みたいに人を罵倒していなくならないとは限らないもの」

「昔みたいに……? 何の話だ、おい、ルル!」


 いんぎんに頭を下げたルルは怒りのままに店を飛び出す。珍しく心の底から動揺しているらしいジェラルドが引き留めるようなことを口にしているが知ったことじゃない。


(キスくらいで馬鹿じゃないの)


 ……昔のわたしもあんなふうにみっともなく取り乱していたんだろうか。ルルは苦い気持ちになった。



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