一身上の都合で(悪辣)侯爵様の契約メイドになりました

深見アキ/ビーズログ文庫

序章


「どうした? ふるえているぞ」


 となりに座るジェラルドのこくはくな声に、ルルはびくりと身をすくませた。

 外はよいやみ。ランプをともしただけの室内は、つい今しがたまで彼が飲んでいたシェリー酒の香りが甘く立ち込めている。

 身体からだしずみ込むほどやわらかいソファで、かたいそうなきょで座る男女わたしたち

 ジェラルドの方はボタンをひとつふたつ外したしどけない姿で、湯を浴びて少ししっとりとれたぎんぱつなまめかしい。ランプのほのかな明かりが彼の整った顔に複雑ないんえいを落とし、性格を知っているはずのルルでさえ目をらしてしまうほどの色気があった。

 対するルルは、レースがふんだんに使われたいささそうしょく過多なお仕着せ姿だ。仕事中なので長いアプリコット色のかみもきちんとってある。

 エプロンの上でにぎりしめていたルルの手にジェラルドが自分の手を重ねた。

 青いひとみを細め、低い声でルルの耳元でささやく。


「今さらおじづいたのか? 『しい』と言ったのはお前の方だろう。やりたくないのなら俺は別に構わないが……」

「や、やるわよ! やればいいんでしょ。わかっているわよ」


 ぞわっとしそうなほどせんじょうてきな声をるように言い返す。


「やればいい? 喜んでやらせていただきますのちがいだろ」

「……喜んでやらせていただきます!」

みだな。……ほら、来いよ」


 ジェラルドがりょううでを広げる。

 わざとらしいほど熱っぽく見つめられ、ルルはやけくそになって腕に飛び込んだ。首に腕を回し、胸に顔をうめしゅうに震える身体を𠮟しっして声をしぼす。


「ジェ、ジェラルド様っ、とっても素敵ですぅ~……」

「…………は?」


 決死のかくで発した言葉に返ってきたのは実に冷ややかな声だった。

 次いで長い長いためいきと宣告。


「減給」

「なんで!」

「俺をゆうわくできたらボーナスを出してやると言ったが、……ひどすぎる演技力だな。やる気が何も感じられない」

「なんで減給なのよ! ボーナスは!?」

「今ので出すわけないだろ。むしろ借金に加算したい」

「はぁっ!? じゃ、ただのはじのかき損……っ」

「不満なら、もう一度やり直すか? それとも」


 にんまり笑ったジェラルドがルルのあごに手をかける。


「手本が必要か?」


 キスされるのかと思っておおあわてで飛びのいた。そんな反応を小馬鹿にするように笑われ、くっ、とみしたルルは、今すぐにこの男の顔をたおして出ていきたいしょうどうと戦う。

 ああ、もう! このえらそうな笑い方も、きらきらした銀髪も、女である自分よりも整いすぎている顔も何もかもがにくたらしい!

 ……そもそも、どうしてきらいな男にびを売る羽目になったのか。

 事のはじまりは一週間前。借金取りに囲まれていたところをこの俺様に助けてもらったことから、ルルの受難は始まった。


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