後日譚213.子狐は見透かされている

 エミリーにずるずると引き摺られて魔道具『転移陣』がある部屋へと連行されたエドガス。エミリーの部屋では両親が待っていた。

 ガタイが良い狐人族の男性が父親のエリオネルだ。彼は苦笑交じりにエドガスを見ていた。

 若々しく、可憐な見た目の狐人族の女性が母親であるクラリーだ。彼女は呆れたように我が子を見ていた。

 最初に口を開いたのはエリオネルだった。


「行ってらっしゃい」

「お父さんたちたちもついでに見に来る?」

「必要ないよ。エミリーがとっても大事にされていて幸せだって言う事はしっかりと伝わっているから」

「そうね。それよりエドガス。失礼な事がないように気をつけなさい。他国ではアクスファースの常識は通じないわよ」

「分かってるよ」


 襟首を掴んでいる姉の手から何とか逃れようとしていたエドガスだったが、母親に対して返事をしたところでエミリーがやっと手を離した。


「きっとシズト様は転移先で待っているだろうから、くれぐれも変な事をしないでよね」

「分かってるって。さっさと行こうぜ」

「本当に大丈夫かしら」


 心配そうな様子のエミリーを気にした様子もなく、エドガスは転移陣に魔力を込めた。

 昨夜とは異なり、魔法陣から放たれていた光が徐々に強まっていく。一際強く輝いたかと思ったら、彼の五感が環境が激変した事を捉えた。

 最初に視界に映ったのは小柄なドライアドたちに纏わりつかれている黒髪黒目の男性だった。エミリーの夫であり、エドガスの義兄となったシズトである。


「あ、戻ってきた。向こうは大丈夫だった?」

「はい。やっぱり何事もありませんでした。どうやら弟が勝手にこっちに来ようとしたみたいで……」

「そっか。えっと、エドガスくんだっけ? なんか用だったかな?」

「別に。姉ちゃんの様子が気になった、だけ………」

「……どうしたの?」


 シズトが不思議そうに首を傾げるが、エドガスはシズトの背後にいる存在に気を取られて答える事ができなかった。

 彼の背後には世界樹ファマリーが聳え立っていて、その根元には先程まで何か真っ白な丸い物体があったのだが、それが体を起こしてエドガスを鋭い眼差しで見ていた。

 なぜあんな大きくて危険な気配を漂わせている魔物がいるのか、とシズトを睨みつけたかったが、目を逸らしたらやられるのではないか? と思うほどの強烈な殺気がフェンリルから向けられていて視線を動かす事も出来ない。


「大丈夫? ……ああ、フェンリルか。大丈夫だよ、契約を結んでるから僕たちに危害を加える事はないから。……あれ、レヴィさんが近くにいるのに外に行かないなんて珍しいな」


 シズトが不思議そうに首を傾げながらフェンリルにアイテムバッグから取り出した肉と酒を献上している金髪の女性を見ていたのだが、エミリーが「時間は大丈夫ですか?」と声を掛けられてハッとした様子で近くに控えていたエルフに視線を向けた。


「すでにお待ちです」

「あんまり待たせるのは良くないよね。ごめんね、エドガスくん。ちょっと挨拶に来た人の対応があるからまた今度ゆっくり話そうね。そういう訳だから、この子も入れていいから覚えておいてね」


 去り際、周りを囲んでジロジロとエドガスの様子を見ていたドライアドたちにシズトが声をかけると、彼女たちは「「「はーい」」」と返事をした。

 小走りで大きな屋敷へと戻っていくシズトを見送ったエミリーは、未だにフェンリルを警戒しているエドガスに話しかけた。


「いつまでそうしてるのよ。こっちの事が知りたいんでしょ? 案内してあげるからしゃんとしなさい!」

「いや……大丈夫なのかよ、アレ」

「基本的に問題ないわ。レヴィア様の命令にはだいたい従うし」

「でもさっき――」

「アンタの態度が目に余ったんじゃない? 私、最初に言ったわよね? シズト様が出迎えてくださるから失礼がないように気をつけなさいって。それなのにアンタと来たら……はぁ」


 深くため息を吐いたエミリーだったが、そこから先は言葉にもならないようだった。


「とにかく、ここでは思考すら読み取られると肝に銘じて変な事を考えないように注意しなさい。私から言えるのはそれだけよ。そんな事より、昨夜あれだけ来たがっていた場所に連れてきたわけだけど、ここで何をするつもりなのよ」

「なにをって……姉ちゃんが心配で……」

「昨日会った時に何を心配する要素があったのよ」

「奴隷から解放される代わりに無理矢理結婚させられたんじゃないかとか……」

「そんな事をする人じゃないわよ。それに、どうせアンタの事だからそれは建前で外の世界に出たいとか思ってたんじゃないの?」

「そんなことねぇよ!」


 嘘である。エドガスの心の中には実際、姉を心配する気持ちはあったが、その大部分は冒険心やら自分の力を試したいという気持ちが占めていた。

 最近は次期町長としての自覚が芽生え始めていたのだが、それでも簡単に遠くの他国へ行けると言っていた魔道具が目の前に会ったら使ってみたいと思う程度には『町の外に出て冒険者になって力を誇示したい』という思いを捨てきれずにいた。

 エミリーは疑惑の眼差しをエドガスに向けていたが、いつまでも転移陣の近くで駄弁っていても仕方がないと切り替えて、エドガスを案内する事にした。


「奴隷たちの扱いを知るんだったら手っ取り早いし町に行くのもありかしら? ああ、でもその前にシズト様の近くで働いている人たちに合わせた方が早いわね」


 そんな事を一人でブツブツ呟きながらエドガスの手首を掴むとグイグイと引っ張って別館と呼ばれている比較的小さな建物の方へと歩いて行く。

 その間もエドガスはフェンリルを警戒しているのかチラチラと世界樹の根元の方を見たが、フェンリルはエドガスを気にする様子もなく、酒と肉をペロッと平らげた後は真っ白な毛玉となっていた。

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