後日譚202.人見知り奴隷は必要に迫られてしているだけ
シズトが暮らしている本館のすぐ近くに建てられた小さな屋敷には様々な人物が生活している。
種族も立場も多種多様だったが、お互い協力して暮らしていた。
暇があれば一緒に出掛けたり、お喋りをしてのんびりと過ごす事もある彼らだが、中には社交的ではない者もいる。
その筆頭がボルドという人族の男だった。
肌は病的なほど白く、身長も子どものように低い彼は、極度の人見知りだった。それは奴隷になっても変わらず、うまく働く事すらできていなかったのだが、シズトの所に拾われてからは本来の手先の器用さを発揮する事ができていた。
ボルドの主であるシズトから「部屋から出なくてもいいよ」と許可を正式に貰った彼は、基本的に外に出ず、部屋の中で魔道具の制作をせっせとしていた。
孤独な作業に慣れっこだった彼は、今日も魔石に魔法を付与していたのだが、どこからともなく声が聞こえた。
「そろそろお嬢ちゃんが来るが、逃げなくていいのか?」
「ああ。もう諦める事にした」
「まあ、逃げ切れんくなってきたしな」
「トークの力を使っても逃げ切れないって、最近の子どもはすごいな」
「あのお嬢ちゃんがすごいんだと思うぞ」
ボルドが会話をしているのはベッドの近くの壁に立てかけられた鉄の剣だ。
一見普通の鉄の剣だが、実際はシズトが魔道具化した剣だった。
ダンジョンから出る『呪いの装備』と呼ばれている魔道具のように、他者の体を操る事ができるという点から危険視されたラオとノエルによってアイテムバッグの肥やしになるはずだったところをボルドの部屋で保管する事になった。
奴隷の気持ちスラ尊重してくれるシズトであれば、人見知りのボルドの部屋には勝手に入らないだろう、という事で彼に預けられていた。
人は苦手なボルドだったが、トークソードとの会話は苦にならないようで、トークソードの事は『トーク』と呼んで親交を深めている様だった。
「これからどれだけすごくなるか楽しみだな」
「そーだな!」
そう話している所で扉がノックされた。
ボルドがどうしようかとまごついている間に、トークが「どーぞ!」と返事をした。
扉を開けて姿を現したのはピンク色の髪が特長的な女の子アンジェラだ。
彼女は魔道具『浮遊ワゴン』を押しながら入ってきた。ボルドはいつの間にか家具の影に隠れ、そこからアンジェラの様子を窺っている。
「ボルドさん、おはようございます。トークさんも」
「お、おは……よう……」
「おう、おはよう。お嬢ちゃんは今日も元気だな!」
「シズト様のおかげです」
アンジェラの首には、シズトから貰った首飾りタイプの魔道具があった。それのおかげでアンジェラは今の生活を続ける事ができている、としっかりと理解していた。
「なるほどな! だからお嬢ちゃんは奴隷じゃないのにシズト様の傍で仕事してんだな!」
「はい! 少しでもお役に立ちたいので!」
「役に立つって言うんだったらもっと身近な存在になるのもありかもしれんけどなぁ」
「そうですね。恐れ多い事ですが、シズト様がお望みであればそれも選択肢の一つだと思います」
「お嬢ちゃんにはそのつもりがないって事かい?」
「えっと……正直まだよく分からないです。シズト様の事は素敵な男性だな、とは思ってます」
「まー、しっかりしてるって言ってもまだ子どもだもんなぁ。シズト様に嫁ぐんだったらあと九年は独り身でいる必要があるだろうし、案外その間にもっと好きな人が出来るかも知んねぇしな!」
「そうですね」
か細い声で返事をしたボルドの事は気にせず、トークのお喋りにその後もしばらくの間付き合ったアンジェラは「食べ終わったら部屋の外に出しておいてください」と言って、浮遊ワゴンを置いて出て行った。
それでもしばらくの間、ボルドは家具の影から出て来なかったが、アンジェラが階段を下りて行く気配を感じてやっと出てきた。
「今日はあいさつできたなぁ。人間の成長は早いな!」
「いや、あの子と比べたら俺は遅い方だと思うよ」
成長を続けているアンジェラと比較したらボルドが変わったのは逃げなくなった事と挨拶を返すようになったことくらいだった。もちろんボルドもアンジェラ想像できない程の努力をしている事は分かっているのだが、比べずにはいられないようだ。
それにボルドの成長した理由は必要に迫られてだった。逃げる事は無理だと悟り諦めただけだったし、挨拶を返したのも、前回挨拶を返さなかったら返ってくるまで居座られたからだ。
アンジェラ曰く「挨拶は基本中の基本だからそのくらいはしなさい」との事だった。
また居座られるくらいなら、例えほとんど声が出ていなかったとしても挨拶をした方が良いだろう、という考えでやむにやまれぬ事情でする事になっただけだった。
幸いな事に身体強化をしていたアンジェラには聞こえていたようなので、このくらいならできそうだった。
朝食を手早く食べ終えたボルドは、廊下に誰もいない事をトークと共に慎重に確認した後、急いでワゴンを部屋の外に出した。
「これが毎日三回あるのか……」
「いつかは慣れるさきっと」
「そんな日が来るんかなぁ」
来ないような気がする、と心の中で呟いたボルドは、その後もトークとお喋りをしながらせっせと魔石に魔法を付与し続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます