後日譚201.見習いメイドの日常

 ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地に聳え立つ世界樹ファマリー。その根元には不毛の大地の所有者であるシズトとその家族だけが暮らせる屋敷がある。

 その近くには小さな屋敷があった。その小さな屋敷で暮らしているほとんどの者がシズトの奴隷であるが、中には例外もいる。その例外の一人であるアンジェラは今日も朝日が昇るよりも早く目が覚めた。

 体を起こして可愛らしいネグリジェを脱ぎ、両親から貰った運動着に着替えた彼女は寝癖をつけたまま部屋を出た。

 まだ朝日が昇っていないので廊下は当然暗いが、彼女は電気をつける事もなく、足音を立てる事もなく歩く。

 廊下を進み、階段を下りた彼女はそのまま外に出た。遠くの空がだんだんと明るくなり始めているが、まだ周りの畑は静かだ。

 世界樹の根元には丸い毛玉と化している魔物フェンリルがのそっと体を起こし、ピンク色の髪の毛の人物を視認すると再び丸まって眠りについた。

 アンジェラは大きく伸びをしてから準備運動を始めた。無言でするのは周りを眠たそうに徘徊しているドライアドたちへの配慮だろう。


「ん、これでよし」


 すくすくと伸びている手足を大きく動かして静人から教わった『ラジオ体操』をし終えた彼女は、今まで抑えていた魔力を放出した。それに反応して土の下からニョキッと数人のドライアドが頭だけだしたが、ジーッとアンジェラを見た後すぐに引っ込んだ。

 畑と畑の間に作られた道を結構な速さで走る彼女に、いつの間にか並走する影が一つ。

 先程まで本館の屋根の上で周囲の警戒をしていたエルフの男性ジュリウスだった。走っていようと世界樹の周囲に広がる畑全体を探知するのは彼にとって造作もない事だったので朝のランニングに付き合っているようだ。


「アンジェラ、もう少し速度を上げないとトレーニングにならんぞ」

「はいっ」


 元気よく返事をしたアンジェラは、寝癖で所々跳ねているピンク色の髪を風に靡かせながらさらに速度を上げた。

 アンジェラの強化された両足が土を蹴る時、蹴られた場所が凹むがジュリウスが掛けた場所は綺麗なままだった。


「どうやってるんですか?」

「精霊魔法との応用で、空を蹴ってる」

「じゃあ私には出来ませんね」

「風魔法を覚えればあるいはできるかもしれん。が、まずは基礎作りからすべきだ。日の出までさらに速度を上げろ」

「はいっ」


 そうして、ジュリウスの指示通りに駆け続けたアンジェラは、日の出と共に朝のランニングを終えた。

 別館にも小さいが浴室はある。そこで汗を流すと共に寝癖を直した彼女はメイド服に袖を通した。袖と裾が長いタイプのメイド服だ。

 着替え終わる頃には太陽が顔を出していて、台所からはいい香りが漂ってくる。


「バーンくん、おはよう。もうできる?」

「できんじゃない? 知らんけど」


 台所にいたのは酷い火傷の跡がある首輪を着けた少年だった。

 鍋の中に入っている汁物の味見をすると、調味料を付け足していた。

 以前までのアンジェラだったら味見と称しておこぼれを貰っていたのだが、もうそんな事はしない。

 回れ右をした彼女は他の同居人たちを起こして回った。

 朝にめっぽう弱いダークエルフのダーリアと、部屋を訪れると脱走するボルドに時間を多少取られるのだが、ジュリウスに稽古をつけてもらっている身体強化魔法を駆使する事によって時短する事ができるようになっていた。


「へ、部屋で食べるから……! も、持ってくるだけでいいから……!」


 アンジェラに捕まった人族の男性ボルドは、目を合わせようとしないままそう言った。無理矢理同席させるのも良くないよね、と思ったアンジェラは彼を部屋に戻し、一通り声をかけたので食堂に向かう。

 バーンと彼を慕う少女三人が増えた事で賑やかになった食卓で彼女もご飯を食べながら、部屋に残してきた男性も一緒に食べればいいのに、なんて事を思うのだった。




 日中は出産を終えたばかりのセシリアから侍女の心構えと振舞いについて学びつつ、実際に実践する。


「普通の侍女は土いじりはしないけど、ここではする可能性が高いから覚えておきなさい」

「はい!」

「普通の侍女は走り回ると怒られるけど、ここでは走る必要がある時もあるわ。長いスカートでも走れるようにしておきなさい」

「はい!」

「普通の侍女は戦闘能力は必要ないけれど、ここで働く場合は求められる事もあるわ。自衛はできるように……って、そこら辺は手ほどきを受けてたわね」

「はい!」

「ラオ様やルウ様だけなら私も教える事はあったでしょうけど、ジュリウス様が教えているのなら綿w氏が教える事はないわね。そのまま精進しなさい」

「はい!」


 アンジェラに許されているのは二つ返事で了承する事だけ――という訳ではないが、とにかく元気に「はい!」としか返事をしない。とりあえずやって見て無理だったら考えるタイプだった。


「あとここでは主人を諫める侍女ばかりだけど、他の所だと下手したら首が飛ぶわ。気をつけなさい」

「はい!」


 他の所で働くくらいなら冒険者になるな、とは思うがそれは口にしないアンジェラだった。

 そうして日中、侍女の仕事について回っていた彼女だったが、ずっと仕事をしていたわけではない。

 時折暇を持て余したパメラがやってきては遊びに付き合うように駄々を捏ねたり、昼間はあまり活動的ではないダーリアに捕まっては一緒に昼寝をしたりしていた。

 本当はずっと任された仕事をしていたかったが、通りすがりのシズトが「やっぱり子どもは遊ぶ事が仕事だよね」「休む事も大事だよね」と言いながら時々一緒に過ごしてくれるから大人しく従うのだった。

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