後日譚188.第二王女は久しぶりに会った
転移門の通行に関する制限の緩和。それはほとんどの国に大きな影響を与えた。それは、シグニール大陸の中でも魔法の研究が盛んな魔国ドタウィッチ王国でも変わらない。
ドタウィッチ王国の首都に設置された転移門の周辺には様々な国からやってきた商人が露店を構えて商いをしている。
また、転移門を活用しているのは商人だけではなく、貴族の関係者も少なくない。最近市場に出回るようになった魔道具を求めてやってきているようだ。
さらには冒険者も多数やってきている。貴族関係者を護衛するためについて来た者もいれば、魔国に点在するダンジョンに挑戦するためにやってきた者もいるようだ。
過去に類を見ないほどの来訪者が一度にやって来ればそれだけトラブルが起きる。
そのトラブル解決のために、ドタウィッチ王国の首都にある魔法学校から風紀委員が駆り出される事も多々あった。
風紀委員の長を務めているドラゴニアからの留学生ラピス・フォン・ドラゴニアは今日も今日とてその身分の高さから貴族関係者のトラブル対応に追われていた。
「門番をしているエルフが何とかしてくれたら楽なのに」
そうぼやいたのはラピスではなく、見回りを共にしていた男子生徒だった。
ラピスは足を止める事も、振り返る事もなく男子生徒の言葉に反応した。
「あくまで彼らは門を守っているだけだわ。転移門の通行許可を出している我が国が責任をもって対処に当たらないと、下手をすると今後利用が出来なくなる可能性もあるのよ」
「ラピス様は良いじゃないですか。我々には使えない転移魔法が使えるんだから」
「そんな事はないわ。転移門があれば魔力の消費を抑えつつフィールドワークに出かける事ができるから、利用できなくなると困るわ」
ラピスは確かに行った事がある場所であるのならば転移する事ができる転移魔法を習得している。だが、習得しているとはいっても流石にドタウィッチからドラゴニア王国まで気軽に転移できる程魔力が有り余っているわけではない。
フィールドワークの対象が朝方から活動をするのでそれに合わせるとなると、日中に魔力切れにならないように節約する事も考える必要があった。
転移門が双方向の行き来ができるようになったおかげでガレオールを経由してドラゴニア王国の首都に行き、そこから王族専用の転移陣を使ってドランへ飛び、そこからさらにファマリアの根元へと行くルートが出来上がった。
毎日の交流が研究を進めるカギだ、と考えているラピスは、転移門が自由に使えるようになってからは欠かす事無くファマリアへ通っている。使えなくなってしまったら詰むわけじゃないが、不便になるのは間違いない。楽を覚えてしまったらもう元には戻れないものだ。
「……無駄話はここまでね。現場へ向かうわよ」
「了解」
魔法によって強化された五感で異常を感じ取ったラピスが促すと、男子生徒も表情を引き締めて現場に向かった。
大なり小なりトラブルを解決回っているとあっという間に時間が過ぎていき、日が暮れ始めた。
「ここまでね。戻るわよ」
「はーい」
二人一組で回っていたのだが、授業に出る必要があったため途中で男子学生は離脱し、代わりにほんわかとした雰囲気を伴った女子生徒がラピスと一緒にパトロールをしていた。彼女は間延びした返事をすると、ラピスに近づいた。一緒に転移するためである。
ラピスは魔力を節約するためにしっかりと呪文を詠唱し、身の丈ほどある気の杖を振って魔法を発動するとその場から転移した。転移先は風紀委員が使っている部屋だった。王城でもあり学び舎でもある城の上の方の階に設けられたその部屋の窓からは街並みを一望できる。
室内には数人の生徒がいたが、その内の一人がラピスが戻ってくると「ラピス様」と声をかけた。
「面会希望の方がいらっしゃってます」
「私に?」
「はい。リーンハルト・フォン・キルヒマンと名乗っています。転移門で会いやすくなったから挨拶に来た、との事でしたが……お知り合いのようですね」
「ええ、まあ」
名前を聞いた瞬間に珍しく表情が変わったラピスの変化を女子生徒は見逃さなかった。
これは何やら面白そうな事が起きそうだ、という思いが顔に出ていたのでラピスは「盗み聞きは許さないわよ」と釘を刺した。
「随分前からいらっしゃっていたのですが、頑なにラピス様の手を煩わせたくないから手が空いた時でいい、と仰っているので報告が遅れました。申し訳ありません」
「そういう人だからあなたが気にする必要はないわ」
「今からお会いになるんですか?」
「丁度手が空いた所だから」
そう言うとラピスは魔法で転移する事なく、歩いて来客が待たされている部屋へと移動した。
扉の取っ手に手をかけ、開けようとしたところで逡巡するかのような様子だったが、一度深呼吸をしてから意を決した様子で扉を開けて中に入っていった。
部屋の中は美術品がいくつか飾られており、部屋の中心にはテーブルを挟んで椅子が向かい合わせに置かれている。
部屋の手前側に置かれた椅子に座っている人物はラピスが入ってきた事に気付いた様子はなく、振り返る事はない。
ラピスがその人物を隣を通り過ぎて椅子に座っても反応はなかった。どうやら読書に集中しているようだ。暇つぶし用に持ってきたであろう書物が机の上に積まれている。どれもラピスは見覚えがある書物だった。
机の上に会った本から目を離して目の前の人物に視線を向ける。
男性にしては小柄で線が細く、顔立ちも端正ではあるが男らしくはない。どちらかというと中性的で、女性に見えなくもなかった。
意志が弱そうなタレ目がちの茶色の目は、今読んでいる本の文章を追っているのかしきりに動いていて、時折マッシュヘアーの髪が気になるのかガシガシとかく。
彼の名はリーンハルト・フォン・キルヒマン。キルヒマン伯爵家の三男坊で、ラピスの婚約者だ。ただ、婚約者と言っても留学中でほとんど交流もない名ばかりの婚約者である。どう声をかけようか、とラピスが悩んでいる間にリーンハルトは『ドライアド観察記録 その2』と書かれた本を読み終えたのだった。
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