後日譚184.事なかれ主義者は口に合う物を探した

 いやぁ、びっくりした。まさか武闘大会の一般の部に陽太だけじゃなくてレヴィさんの元婚約者であるユウトもいるとは……。『龍の巣』以来だから数年くらい会ってなかったけれど、特にトラブルを起こす事もなく大会が終わったら帰っていったそうだし、良かったと思うべきだろうか?

 うーん、と考え事をしつつも姿勢を維持するのを忘れない。

 今現在、迎賓館で行われているパーティーの主役として参加しているからだ。

 迎賓館の中でも一番大きい部屋が訪問者で結構手狭に感じるくらいには人が多い。中庭も解放したけれど、向こうは向こうで賑わっている。


「あんまり考えてもしょうがないのですわ。もう向こうは平民なのですわ~」

「まさか出奔しているとはねぇ」


 実家では肩身の狭い思いをしていたのだろうか?

 貴族の生活を捨てて冒険者になった彼は、自分の力を鍛えてBランク冒険者になっていたらしい。

 元々戦闘に関する加護の中でも汎用性の高い『火魔法』という加護を授かっていたそうだし、もう一つ使える『加護』を持っていたから短期間でBランク冒険者になっていても不思議じゃない、とレヴィさんが言っていた。


「元々現当主のドラコ侯爵の不興を買ってしまって次期当主の座からも引きずりおろされてしまっていたそうですわ。それに関しては私との婚約解消が引き金になっていたそうだから思う所もあるのですけれど、向こうにも落ち度はあったからお互い様だと思うのですわ。そういう訳で、実家に残っていても次男の下で働くしかない未来しか残されていなかったから、冒険者として立身出世を目指すのは、加護を授かった爵位を継げない者たちによくある事なのですわ」

「なるほど……?」

「シズトも他人事ではいられないのですわ。子どもたち全員に同じ物を与える事は出来ないのですわ~。与えられなかった子たちの未来を考えてあげるのも大事な仕事なのですわ」


 僕は貴族じゃないんだけど……。という言葉は飲み込んで、大人しく頷いておく。

 僕がどう思おうと傍から見るとファマリアを含めた不毛の大地を統治している領主貴族だし、今着ているのは世界樹の使徒と同じ服だ。多くの人が自分よりも立場が上の者と見ているから、今もこうしてのんびりと音楽を聴きながら人々が躍っているのをボケッと眺めていられる。

 都合のいい時だけ肩書を利用したいなぁ、なんていう思いが大部分を占めているけれど、やるべき事はしっかりやっておかないと子どもたちが苦労する、と言われてしまうとやるしかない。


「……だからと言って政略結婚は考えてないからね。自由恋愛推奨派だから」

「分かっているのですわ~」


 政略結婚が行われるのは、爵位を継げない子息や令嬢は他の貴族の所に送って少しでも良い生活を送らせる親心、という意見もあったけれど、僕の子どもたちには肩書に縛られずに自由に生きて欲しい。

 そのためならどんな事だって身に着けよう。…………とは思うんだけど、やっぱりダンスは僕にはまだ早いんじゃないかなぁ。


「頑張るのですわ~」


 魔道具『加護無しの指輪』を首から下げているレヴィさんが朗らかに笑った。




 大勢の人に見られながらした初めてのダンスは、大きな失敗をする事もなく終える事ができた。

 その後は予定があるからと早々に退散して屋敷に戻った。他の人からダンスの申し込みなんてされたら困るから。


「それでは、乾杯の音頭をとらせていただくのですわ~。グラスの準備は良いのですわ? シズトの二十歳の誕生日を祝して、乾杯! ですわ~~~」


 レヴィさんの高らかな宣言と共にお酒が淹れられたグラスを掲げる面々。コップとコップをぶつけるイメージがあったけれど、この長机じゃできて両隣の人くらいか。

 ラオさんは「やっと酒が飲めるなぁ!」なんて事を言いながら上機嫌で一気にグラスを飲み干すとお代わりを注いでいた。食事の時はお酒を飲もうとしない僕に遠慮してお酒を飲んでいなかったらしい。

 ラオさんの妹であるルウさんも、ラオさんほど豪快ではないけれどお酒を飲むスピードが速い。

 お酒のせいで奴隷になってしまった狼人族のシンシーラはグラスではなくジョッキっぽい大きなガラス製のコップで飲んでいた。

 他の皆は祝いの席だから一杯だけ、という感じで飲んでいるけどこの三人は釘を刺しておいた方が良いかもしれない。


「皆あんまり飲み過ぎちゃだめだよ。赤ちゃんもいるんだし」

「問題ねぇよ。いざとなったら他の人をたよりゃーいいんだから」

「そうそう、時々は発散しないといけないわよね」

「シズト様のおかげで乳母には困らないじゃん」

「あー……なるほど」


 今も授乳に関してはお嫁さんたちの中で協力している事もあればドランからやってくる乳母を頼る事もある。お酒を飲んだら母乳に影響がある、というのは習った気がするから主にシンシーラに向けて口酸っぱく注意していたけれど、時間が経てばまあ、という感じだったような気もするし……うん。

 いざとなったら以前作った『酔い覚ましの首輪』を皆に使って貰えばいいかな? いや、でもあれはたぶんちょっとはアルコールが残っちゃうからなぁ……。


「シズト様、全然飲んでないデス! お祝いのお酒いっぱいあるからどんどん飲むデスよー!」

「ちょ、待って待って! こぼれるから! 待て!」


 いつもよりもテンションが高く、顔が真っ赤になっているパメラがまだ飲み干していないグラスの中に追加を注ぐパメラを制止して、慌ててお酒を口に含んだ。

 …………これはあんまり好きじゃないなぁ。

 顔に出ていたのか、シンシーラが椅子を持ってやってきて僕のすぐ隣にやってきて「代わりに飲むから口に合う物を探すじゃん」と僕のグラスを瞬く間に空にしてくれた。

 その後、パメラがあれもこれもと持ってきたボトルを色々試しながら、パタパタと振られる尻尾を捕まえてモフモフして過ごすのだった。

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