後日譚183.賢者はスルーして話し合いを進めた

 賑わいを見せた円形闘技場からぞろぞろと人々が出てくる。その人ごみの中に、紛れ込むように歩いていても黒髪黒目の人物はとても目立つ。

 トラブルに巻き込まれないように念のため身の丈以上の杖を肌身離さず持ち、魔法使い然とした格好のその人物は今代のシグニール大陸に召喚された勇者の一人、黒川明だ。

 中性的な顔立ちで、小柄な事もあり女性と間違われる事も多々ある彼だったが、彼の隣には護衛兼恋人であるカレンという女性がいて、手を繋いでいる事もあり余計なちょっかいをかけるような者はいない。


「ヨウタは残念でしたね。最近の彼の成長を間近で見ている者としては優勝してもおかしくないと思ったのですが…………」

「近接戦闘において格上が相手だとどうしようもないですからね。しかも相手は僕たちと同じ転移者ですから、神々から直接加護を授かったというアドバンテージもありませんでしたし」


 順調に勝ち進んでユウトと試合をした後の陽太は準決勝に進出したのだが、そこで同じ異世界転移者と当たってしまった。

 魔法を行使しない物理攻撃の場合でも問題なく戦えるのが『剣聖』の加護だが、武器が破壊されてしまうとどうしようもない。あくまで『剣』を扱う加護のため、加護により授かった『剣技』は封じられ、無手での戦闘に慣れていなかった陽太は最終的に負けてしまった。


「……今回の戦いを見て改めて思いましたが、やはり加護頼りの戦い方は危険ですね」

「そうですね。私の場合は汎用性の高い加護でしたからそこまで使い方が限定されませんでしたけど、武器に関する加護を授かったドラン軍の者は、武器がない時の戦い方も叩きこまれてました」

「そうですか。……やはり僕も近接戦闘をできるようになった方が良さそうですね。魔法を無効化するような相手が一気に詰め寄って来たり、不意打ちされたりしたら間に合わない可能性がありますし」

「そうですね。……あ、ここの建物じゃないですか?」


 人流れに合わせて歩き続けていた二人だったが、行き先は比較的近い所にあった。

 ファマリアの南区は迎賓館やドラン軍から派遣されている駐屯兵たちが生活する兵舎がある。そのため、迎賓館を利用するような者向けのお高めの店もあれば、安くて早くて量が多い兵士向けの店もある。今回明たちが利用するのは後者で、酒も飲める場所だった。

 扉を開くと元気で明るい女性たちの声が二人を出迎えた。


「いらっしゃいませ! 二名様ですか?」

「予約していた明です」

「アキラ様ですね! お席にご案内します」


 明るい笑顔でハキハキと喋る獣人族の女性の首元には奴隷の証である首輪が着けられていたが、他の国々で見た奴隷たちと比べると身なりも整っているし表情も声も明るかった。

 案内の女性の後について歩きながらそれとなく他の店員に目を向けるが、奴隷だからと横柄な態度をとったり、お触りをしたりするような輩は飲み食いしていた兵士に店から追い出され、どこからともなく現れた仮面をつけたエルフに連行されていった。


「騒がしくてすみません、外から来た人が多くって……」

「大丈夫ですよ」


 階段を上がりながらフリフリと目の前を行き交う尻尾に視線が行かないようにそっと視線を逸らしながら答えた。

 二階は個室がいくつか用意されているようだったが、そのまま素通りして三階へと続く階段を上がっていく。


「今日は個室も満室なんですか?」


 二階の部屋から話し声が漏れ聞こえていた。普段であれば個室はあまり使われないので明の後ろにいたカレンが問いかけると、獣人族の女性は「そうですよ。お祭りの影響ですね」と答えた。

 三階の個室は二階とは異なり声が漏れ聞こえてくる事がない。風魔法の使い手が廊下に陣取っていて、それぞれの部屋に魔法を使っているようだ。


「こちらの部屋です。お連れの方は既にお待ちですよ」

「ありがとうございます」


 獣人族の女性によって開けられた扉から一歩中に入ると突然室内の声が聞こえるようになる。それに驚いた様子もなく、明は持っていた杖を一振りして、自分でも結界魔法を使用した。


「ったく、静人のヤロー。俺が出場してんだからちょっとは声を掛けろってんだよ~」

「お酒飲んだんですか……」

「ったりめーだろ! 俺はもう二十歳だからな! 文句言われる筋合いはねーよ!」

「二十歳になる前から飲んでたじゃないですか……」

「うっせぇな。こっちの世界じゃ十五で成人だから問題ね―んだよ」


 明は既に出来上がってしまっている同郷の少年、金田陽太を呆れた様子で見た。

 髪は魔道具によって色が変わっているが、瞳の色までは変えてはいなかった。前世では髪の色だけ変えていたからそこさえ維持できれば気にならないのだろう。


「仮に優勝できても、静人から直接メダルと賞品を貰えるだけで、専属護衛とかの契約の話はなかったと思いますよ」

「うっせーな! 分かんねぇだろ、やってみねぇと」

「嫌、無理でしょ。だってジュリウスっていうエルフがいるんだから」


 明と陽太の話に入ってきたのは、真っ白なローブを着たもう一人の同郷の友人、茶木姫花だった。

 先程まで静かに飲み食いをしていた彼女だったが、陽太とは異なりお酒は飲んでいないようだ。それなのに隣に座って黙々と食事を続けている寡黙な男シルダーにベタベタとスキンシップするのを欠かさない。


「そうですね。あの人に勝てればもしかしたらあるかもしれませんが……年季が違いすぎますよ。魔法の流れ弾をすべて相殺するような集団のトップですよ?」


 人間の寿命とエルフの寿命には大きな隔たりがある。実戦経験だけで考えても大きな差が生まれるのは仕方がない事だ。

 それに加えて世界樹の番人たちは精霊魔法を操る。人間の中でさえ魔法使いは歳を重ねるごとに強くなる、というのが共通認識だ。それが長命種であるエルフともなるとどのくらいの差が生まれるのか想像すら難しい。


「お前たちは俺を慰めてぇのか喧嘩を売りてぇのかどっちなんだよ」

「どっちでもないですよ」

「今日の話はそれが目的じゃないし? たまたま陽太が大会に出場して、たまたま剣が壊されてやけ酒してるだけでしょ?」

「ほんとだったら大会の影響で人が多少少なくなる昼間に話す予定だったんですからね。僕たちは食事しながらで大丈夫ですから、今後について話し合いましょうか」

「って言っても姫花は静人の奥さんたちの出産の立ち合いがあるからあんまり離れられないけどね」

「そこは制限が緩和された転移門をうまく使いましょう」


 騒ぐ陽太を放っておいて、姫花と明が今後について話し始める。

 陽太の相手は彼の護衛であるラックが対応するだろう、とカレンとシルダーもその話に耳を傾けるのだった。

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