後日譚175.事なかれ主義者はいろいろ心配
小国家群への対応は、早く終わる所もあれば時間がかかるところもある。だから「移動中にジューンさんの仕事の見学をする」事もできる時とできない時があるとの事だった。
オクタビアさんの『小国家群巡り』を後回しにする事も考えたけれど、出産時期はまだまだ先なので先に終わらせてしまおう、という事で基本的には空いた時間にジューンさんと合流して一緒に仕事をする事になっている。
「シズトちゃんがいるとぉ、話が淡々と進んで助かりますぅ」
「そうなの?」
「そうなんですよぉ。多分シズトちゃんの貴重な時間を割くわけにはいかない、って意識が働くんでしょうねぇ。いつもは話し合いがついた事でも蒸し返す人がいるんですけどぉ、すごく大人しいっていうかぁ……そもそも今日は出席してませんでしたねぇ」
ジューンさんの仕事の内の一つが、都市国家を運営するにあたって必要な決め事を承認する作業だ。
ただそれは、事前に話し合いをした上で最終的な可否を問うものだそうだ。
その際にジューンさんは話の流れのまとめを聞いた後、最終意見を賛成派、反対派それぞれの立場から聞き決断を下すそうだけど、基本的にはそこまで話に上がってくる段階で反対派はいなくなっているのが普通だそうだ。
ただ、中には強情な者も数人いて、決断をするための話し合いが伸びてしまう事もあるとの事だったし、ジューンさんの決定に不服を申し立てる人もいたそうだ。
ジューンさんは「見た目的に嫌われやすいんですよねぇ」と苦笑を浮かべて言っていたので、結構決定に対して何か言われる事が多かったんじゃないだろうか、と邪推したけれど、ジューンさんがその人たちに特に何かした訳じゃなさそうなので僕も特に何も言わない事にした。
「これからできる限り出席するようにするね」
「ありがとうございますぅ。ただぁ、手が空いていて暇な時だけで良いですからねぇ」
そう言ったジューンさんは、僕とついでにレモンちゃんの頭を優しく撫でた。
僕がトネリコの議会に同席した影響かは分からないけど、トネリコでも特に大きな波乱はなく淡々と話し合いがまとまっていった。予定調和というものだろうか?
ジューンさんの手元を覗き込む形で資料を読ませてもらったけれど、ジューンさんの決定に異を唱える事はしないし、どうしてそうなったのかも聞かない。余計な事に口を出して時間が延びるのも申し訳ないからね。
ただ、どういう話があり、どういう流れでそういう結論に至ったのかは議会が終わった後、夕食の準備を手伝いながらジューンさんに説明してもらった。
「特に世界樹の卸先は慎重に決めてるんですよぉ。一つの所に固定化してしまうと良からぬことになりかねませんからねぇ」
「なるほど」
「ただぁ、転移門で大陸間の行き来が可能になった事もあってぇ、変な事を考える商人は軒並み排除されたと思いますけどぉ。転移門の通行の制限を緩和するっていう話が現実のものになればぁ、商人の間での競争はより激しくなるという予想が報告されてますぅ」
「それはランチェッタさんも言ってたねぇ。軍事面で悪用するような国は出て来ないだろう、って話だったから望まれているなら、って検討してるけどやっぱり影響は大きいよね」
「そうですねぇ。商業以外の部分でも人が出入りすればそれだけトラブルは起きると思いますしぃ、シズトちゃんが以前言ってたように今までの交易路に多大な影響が出るでしょうねぇ」
「そこは作った僕が気にする事じゃないってランチェッタさんが言ってたけど、どうしても気にはなるよね。やっぱり制限は緩和しない方が良いかなぁ」
「難しい所ですねぇ。こればっかりはシズトちゃんの感情の問題ですからぁ」
「……まぁ、そうだね。感情とか置いといて、利便性だけで考えたら僕も撤廃した方が良いよね」
「エント様の布教にもつながりますからねぇ」
「確かに。……とりあえず、覗き見しているランチェッタさんに聞いてみるよ」
さっきから褐色肌の女性が厨房の出入り口でこっちの様子を覗きこんでいるのは隠れるつもりのないディアーヌさんのおかげで分かってたからね。
夕食の準備はエミリーとジューンさん、それからお手伝いの子たちがいれば十分すぎるという事で僕は退散し、厨房の出入り口でディアーヌさんを睨みつけているランチェッタさんのもとへと向かった。
今日はガレオールに行って政務をしていた様子で、豪華なドレスを着ている。胸元が大きく開いていて、大きな胸がこぼれそうだと心配になるけれど、そういう服だそうだ。
暑がりな彼女のために『適温ドレス』を作ったんだけど、最近は出産後でも特に変わりはない、という事を表すためにわざと露出の多い服を着ているんだとか。
屋敷の中では丸眼鏡をしている彼女は、大きくて真ん丸の灰色の目で僕を見上げてきた。
「どこで話すのかしら?」
「もうすぐ夜ご飯だし、皆の意見も聞きたいから食堂でいいんじゃない?」
「分かったわ。それじゃあ行きましょうか」
「うん。……ディアーヌさん、体調はどう?」
「全然何ともございませんよ。まだ一カ月ほどしか経ってませんから。ランチェッタ様もシズト様も心配性ですね」
「万が一の事があったら怖いからね」
出来れば仕事はせずに家でのんびりと過ごしてほしいけれど、ランチェッタさんの側仕えである事に誇りを持っている彼女は聞く耳を持たないだろう。
こればっかりはランチェッタさんに気を付けてもらうしかないなぁ、なんて思うけどランチェッタさんは仕事にのめり込んで周りが見えなくなる人だからなぁ。でも、他国の中枢にエルフを送り込むわけにもいかないし……。
「そんな目で見なくてもちゃんとディアーヌ事は見ているわよ!」
「そうですね。普段だったらこの時間も気にせず政務をこなしていらっしゃいましたから。ただ、今日は私に休めと言いつつ自分は休憩を取ろうとしませんでしたが」
ジトッとした目で僕が見ると、ランチェッタさんは「早く帰るためなんだからしょうがないでしょ!」というと足早に食堂の方へと歩き始めたので、僕たちも彼女に続くのだった。
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