後日譚143.事なかれ主義者は悩みが尽きない
一通りアドヴァン大陸であった出来事を話している間にラオさんとルウさんは食事を終えて、いつものように魔道具『魔力マシマシ飴』を舐めてのんびりしていた。
「そういえば、二人から話があるってモニカから聞いたんだけど何かあったの?」
「あったというか、これからしようかなぁ、って思っている事があるから相談したかったの」
「相談? 僕に?」
「私たちだけじゃ決められる事じゃないし、転移陣か魔動車が使えたら楽だから」
「どっか行きたいって事? どこに行くの」
「お姉ちゃんたちの故郷よ! 小さな町だから観光するような物は何もないけど、シズトくんが良ければ両親に会って欲しいの」
「そのくらい別にいいけど、会った瞬間怒られない?」
前世だと結婚する前にご挨拶するのが普通……だと思う。結婚する前に子どもができてしまっても、結婚する前にご挨拶をするのが一般的だったはずだ。ただ、できちゃった婚とかだと良い印象を持たれない可能性があるとかないとか……。
「怒られるわけねーだろ。むしろアタシらの町は出てったら帰って来ない事なんて普通だからな。帰ってきただけで喜ばれるだろーよ」
「そういうもんなのか……」
前世と違って交通網が発達しているわけでもないし、そんな気軽に行き来できるわけじゃないからそういう物なのかもしれない。
「そういうものよ。まあ、大きな街とかだったらそうでもないかもしれないけどね」
「ふーん……まあ、いいんじゃない? 魔動車を使えばすぐだろうし、転移陣を載せておけば日帰りで行けるでしょ」
「あ、できれば両親の家に転移陣を設置して欲しいの。今後も定期的に故郷で過ごせるようにしたくて……ここだと対等に遊べる友達ができるかは分からないけど、私たちの町だったら気軽に遊べるんじゃないかなって」
「あー……まあ、確かに?」
町の子たちは、子どもたちが大きくなった時でも歳が近い子はいるだろう。ただ、当然僕の奴隷だ。奴隷と主の子ども、という関係性だと子どもたちに悪影響があるかもしれない。
それはラオさんたちの故郷でもあまり変わらないかもしれないけど、少なくとも奴隷と主の子ども、という関係性ではないからまだマシなのかも……?
「町の偉い人がオッケーなら転移陣も設置しちゃっていいよ」
「ありがと!」
「許可が出ればだからね?」
「まぁ、大丈夫だろ。親と町長は仲が良かったし」
ラオさんとルウさんが大丈夫って言うのなら大丈夫か。むしろ両親にご挨拶をする事になる僕の方が大丈夫じゃないけど、いざとなったらラオさんとルウさんに助けてもらおう。
そんな事を思いながら大きな肉をナイフとフォークで切り分けた。
食事が終わるとお風呂の時間だ。今日僕の背中を洗っているのはランチェッタさんの侍女であるディアーヌさんだ。普段は露出が少ないメイド服を着ているからどうしても綺麗な褐色の肌に視線が行ってしまうが、その度に揶揄われるのでグッと堪える。
「ディアーヌさんは故郷に行きたいとかあるの?」
「ないですね。そもそも私は物心がつく頃には王都にいましたし、今も両親は王都にいるので顔を合わせようと思えばいつでも会わせられますし。ああ、シズト様との間に子どもが生まれたら顔を見せに行く事はあるかもしれません」
白い泡がついた褐色の腕がスルッと前側に来たのでぺちんと叩く。油断すると悪戯をしようとするので気が抜けない。
「そっか。ジューンさんは……?」
「私はご存じの通り爪弾きにされていましたからぁ。両親からも疎まれていますしぃ、わざわざ嫌な思いをしに行かなくてもよろしいかと思いますぅ」
鏡越しにお湯加減を見ていたジューンさんに視線を向けると、彼女は困った様な笑顔で答えた。
湯浴み着を着ているとより主張が激しくなる彼女の体は、一般的なエルフと比べるとだいぶ異なり、女性らしい体つきをしている。それが原因で行き遅れていたとか言っていたけど……種族共通の価値観だから仕方ないとは思うけど見る目がないなぁ、とも思ってしまう。
今度は太腿を触れるか触れないかという感じで触ってきた魔の手を叩きつつも話を続ける。
「ラオさんたち以外で、故郷に帰りたいって人いると思う?」
「思っていたらあの場で言うと思いますよぉ? でもぉ、気になるのは分かりますしぃ、今度話す機会があったら聞いてみますねぇ」
「ありがと。僕からも聞いてみるね」
話す相手によって意見を変えるかもしれないし、ジューンさんの好意に甘えてばかりも良くないよね、きっと。
「……それにしても、ラオさんたちの故郷ってどんなところなんだろうねぇ」
「楽しみですね」
僕の呟きに相槌を打ちつつも前に回り込んで揶揄うつもりであろうディアーヌさんから逃げながら、お土産は何にしようかとか、ご挨拶は何が良いんだろう? とか考えるのだった。
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